7 / 29
ざまぁされちゃったヒロインの走馬灯
7
しおりを挟む
あるとき彼は、珍しく一日家を留守にした。
帰ってくると、何やらうれしそうな顔でポケットから小さな包みを取り出し、私に差し出した。
「これ、きみに似合うと思って」
私は礼も言わずに包みを受け取り、中身を確かめるとカッとなって彼に突き返した。それは金貨ほどの大きさの、見事な彫りのカメオのブローチだった。
「いらない」
「えっ……」
ジョルジュの顔からは笑みが消え、あわてた表情で「でも」と何かを言いかけたけれども、私はまなじりをつり上げて、彼の言葉を遮って責める口調で言いつのった。
「いらないわよ、こんなもの! こんな暮らしをしていて、いつ、どこで使うっていうの。だいたい、いくらしたのよ。返してきなさいよ!」
私は慣れない家事に疲れ、常にかつかつの家計に悩まされていた。
見るからに高そうなこのブローチのお金が手もとにあれば、どれだけ楽になるだろうかと思ったら、ジョルジュを罵倒する言葉がとまらなくなってしまった。
彼は泣きそうな顔をしていた。
「ごめん。喜んでほしかっただけなんだ。ごめん……」
しぼり出すような声でつぶやかれた彼の言葉に、ようやく私の怒りは少し冷えた。
怒りが冷えてくると、何だか彼がかわいそうになってきた。丸一日かけて、彼はこの贈り物を探してきたのだろう。最近ずっとイライラしている妻の喜ぶ顔が見たかったのだろう。
喜んでくれるかな、と期待を込めて手渡した彼に、私のかけた言葉は────。
そこまで考えて、ジョルジュの絶望にまみれた悲痛な表情を見上げたら、怒りは蒸発したように消えてなくなり、代わりに無性に悲しくなってきた。急に静かになったと思ったら、ほろほろと涙を流し始めた私を見て、ジョルジュは動転して抱きしめてきた。
意固地になって黙りこくってしまった私を、ジョルジュはただ抱きしめて、いつものように「ごめん」と繰り返しながら背中をさすった。
彼の腕の中で気持ちが落ち着いてくると、私はぽつりぽつりと彼に自分の不満を訴えた。
お金がない。とにかく、お金がない。通いの女中を解雇すればその分のお金は浮くが、こんな片田舎ですぐに次の働き先が見つかるわけもなく、彼女は路頭に迷うだろう。だから、それはしたくない。
ブローチよりも、お金がほしかった。
ジョルジュは私を抱きしめる腕の力をゆるめずに、うん、うん、と相づちを打ちながら話を聞き、ときおり「ごめん」と謝った。
家計のやりくりが私の悩みの大きな部分を占めているとわかると、彼は「お金の管理は僕がしよう」と言った。元王子さまなんかに火の車の家計管理ができるのか疑わしく思ったけど、彼は見事にやってのけた。そればかりか、わずかながらではあるが貯金もできるようになったのだ。
ジョルジュは、私が癇癪を起こすたびに抱きしめて、辛抱強く話を聞いてくれた。そしてその都度、できる範囲で私の不満を解決してくれた。
結婚して半年も経った頃にはもう、私が癇癪を起こすことはなくなっていた。
豊かな暮らしからは縁遠くとも、私は確かにしあわせになっていた。
もともと私は、母と二人で質素に暮らしていたのだ。質素な暮らしは少しも苦にならない。
私の機嫌がよければ、ジョルジュもしあわせそうだった。
私は恋を知らないけれども、この頃にはすっかりジョルジュは私の「大切な人」になっていた。
ジョルジュへの気持ちがさらに変化するのは、彼の都落ちの裏事情を知ったときのことだった。
帰ってくると、何やらうれしそうな顔でポケットから小さな包みを取り出し、私に差し出した。
「これ、きみに似合うと思って」
私は礼も言わずに包みを受け取り、中身を確かめるとカッとなって彼に突き返した。それは金貨ほどの大きさの、見事な彫りのカメオのブローチだった。
「いらない」
「えっ……」
ジョルジュの顔からは笑みが消え、あわてた表情で「でも」と何かを言いかけたけれども、私はまなじりをつり上げて、彼の言葉を遮って責める口調で言いつのった。
「いらないわよ、こんなもの! こんな暮らしをしていて、いつ、どこで使うっていうの。だいたい、いくらしたのよ。返してきなさいよ!」
私は慣れない家事に疲れ、常にかつかつの家計に悩まされていた。
見るからに高そうなこのブローチのお金が手もとにあれば、どれだけ楽になるだろうかと思ったら、ジョルジュを罵倒する言葉がとまらなくなってしまった。
彼は泣きそうな顔をしていた。
「ごめん。喜んでほしかっただけなんだ。ごめん……」
しぼり出すような声でつぶやかれた彼の言葉に、ようやく私の怒りは少し冷えた。
怒りが冷えてくると、何だか彼がかわいそうになってきた。丸一日かけて、彼はこの贈り物を探してきたのだろう。最近ずっとイライラしている妻の喜ぶ顔が見たかったのだろう。
喜んでくれるかな、と期待を込めて手渡した彼に、私のかけた言葉は────。
そこまで考えて、ジョルジュの絶望にまみれた悲痛な表情を見上げたら、怒りは蒸発したように消えてなくなり、代わりに無性に悲しくなってきた。急に静かになったと思ったら、ほろほろと涙を流し始めた私を見て、ジョルジュは動転して抱きしめてきた。
意固地になって黙りこくってしまった私を、ジョルジュはただ抱きしめて、いつものように「ごめん」と繰り返しながら背中をさすった。
彼の腕の中で気持ちが落ち着いてくると、私はぽつりぽつりと彼に自分の不満を訴えた。
お金がない。とにかく、お金がない。通いの女中を解雇すればその分のお金は浮くが、こんな片田舎ですぐに次の働き先が見つかるわけもなく、彼女は路頭に迷うだろう。だから、それはしたくない。
ブローチよりも、お金がほしかった。
ジョルジュは私を抱きしめる腕の力をゆるめずに、うん、うん、と相づちを打ちながら話を聞き、ときおり「ごめん」と謝った。
家計のやりくりが私の悩みの大きな部分を占めているとわかると、彼は「お金の管理は僕がしよう」と言った。元王子さまなんかに火の車の家計管理ができるのか疑わしく思ったけど、彼は見事にやってのけた。そればかりか、わずかながらではあるが貯金もできるようになったのだ。
ジョルジュは、私が癇癪を起こすたびに抱きしめて、辛抱強く話を聞いてくれた。そしてその都度、できる範囲で私の不満を解決してくれた。
結婚して半年も経った頃にはもう、私が癇癪を起こすことはなくなっていた。
豊かな暮らしからは縁遠くとも、私は確かにしあわせになっていた。
もともと私は、母と二人で質素に暮らしていたのだ。質素な暮らしは少しも苦にならない。
私の機嫌がよければ、ジョルジュもしあわせそうだった。
私は恋を知らないけれども、この頃にはすっかりジョルジュは私の「大切な人」になっていた。
ジョルジュへの気持ちがさらに変化するのは、彼の都落ちの裏事情を知ったときのことだった。
1
お気に入りに追加
63
あなたにおすすめの小説

私が、良いと言ってくれるので結婚します
あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。
しかし、その事を良く思わないクリスが・・。
【完結】欲しがり義妹に王位を奪われ偽者花嫁として嫁ぎました。バレたら処刑されるとドキドキしていたらイケメン王に溺愛されてます。
美咲アリス
恋愛
【Amazonベストセラー入りしました(長編版)】「国王陛下!わたくしは偽者の花嫁です!どうぞわたくしを処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(にっこり)」意地悪な義母の策略で義妹の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王女のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?

【完結】「政略結婚ですのでお構いなく!」
仙桜可律
恋愛
文官の妹が王子に見初められたことで、派閥間の勢力図が変わった。
「で、政略結婚って言われましてもお父様……」
優秀な兄と妹に挟まれて、何事もほどほどにこなしてきたミランダ。代々優秀な文官を輩出してきたシューゼル伯爵家は良縁に恵まれるそうだ。
適齢期になったら適当に釣り合う方と適当にお付き合いをして適当な時期に結婚したいと思っていた。
それなのに代々武官の家柄で有名なリッキー家と結婚だなんて。
のんびりに見えて豪胆な令嬢と
体力系にしか自信がないワンコ令息
24.4.87 本編完結
以降不定期で番外編予定

誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。

病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで
あだち
恋愛
ペルラ伯爵家の跡取り娘・フェリータの婚約者が、王女様に横取りされた。どうやら、伯爵家の天敵たるカヴァリエリ家の当主にして王女の側近・ロレンツィオが、裏で糸を引いたという。
怒り狂うフェリータは、大事な婚約者を取り返したい一心で、祝祭の日に捨て身の行動に出た。
……それが結果的に、にっくきロレンツィオ本人と結婚することに結びつくとも知らず。
***
『……いやホントに許せん。今更言えるか、実は前から好きだったなんて』

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

王太子の愚行
よーこ
恋愛
学園に入学してきたばかりの男爵令嬢がいる。
彼女は何人もの高位貴族子息たちを誑かし、手玉にとっているという。
婚約者を男爵令嬢に奪われた伯爵令嬢から相談を受けた公爵令嬢アリアンヌは、このまま放ってはおけないと自分の婚約者である王太子に男爵令嬢のことを相談することにした。
さて、男爵令嬢をどうするか。
王太子の判断は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる