ざまぁされちゃったヒロインの走馬灯

海野宵人

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ざまぁされちゃったヒロインの走馬灯

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 あるとき彼は、珍しく一日家を留守にした。
 帰ってくると、何やらうれしそうな顔でポケットから小さな包みを取り出し、私に差し出した。

「これ、きみに似合うと思って」

 私は礼も言わずに包みを受け取り、中身を確かめるとカッとなって彼に突き返した。それは金貨ほどの大きさの、見事な彫りのカメオのブローチだった。

「いらない」
「えっ……」

 ジョルジュの顔からは笑みが消え、あわてた表情で「でも」と何かを言いかけたけれども、私はまなじりをつり上げて、彼の言葉を遮って責める口調で言いつのった。

「いらないわよ、こんなもの! こんな暮らしをしていて、いつ、どこで使うっていうの。だいたい、いくらしたのよ。返してきなさいよ!」

 私は慣れない家事に疲れ、常にかつかつの家計に悩まされていた。
 見るからに高そうなこのブローチのお金が手もとにあれば、どれだけ楽になるだろうかと思ったら、ジョルジュを罵倒する言葉がとまらなくなってしまった。
 彼は泣きそうな顔をしていた。

「ごめん。喜んでほしかっただけなんだ。ごめん……」

 しぼり出すような声でつぶやかれた彼の言葉に、ようやく私の怒りは少し冷えた。
 怒りが冷えてくると、何だか彼がかわいそうになってきた。丸一日かけて、彼はこの贈り物を探してきたのだろう。最近ずっとイライラしている妻の喜ぶ顔が見たかったのだろう。
 喜んでくれるかな、と期待を込めて手渡した彼に、私のかけた言葉は────。

 そこまで考えて、ジョルジュの絶望にまみれた悲痛な表情を見上げたら、怒りは蒸発したように消えてなくなり、代わりに無性に悲しくなってきた。急に静かになったと思ったら、ほろほろと涙を流し始めた私を見て、ジョルジュは動転して抱きしめてきた。
 意固地になって黙りこくってしまった私を、ジョルジュはただ抱きしめて、いつものように「ごめん」と繰り返しながら背中をさすった。

 彼の腕の中で気持ちが落ち着いてくると、私はぽつりぽつりと彼に自分の不満を訴えた。
 お金がない。とにかく、お金がない。通いの女中を解雇すればその分のお金は浮くが、こんな片田舎ですぐに次の働き先が見つかるわけもなく、彼女は路頭に迷うだろう。だから、それはしたくない。
 ブローチよりも、お金がほしかった。

 ジョルジュは私を抱きしめる腕の力をゆるめずに、うん、うん、と相づちを打ちながら話を聞き、ときおり「ごめん」と謝った。
 家計のやりくりが私の悩みの大きな部分を占めているとわかると、彼は「お金の管理は僕がしよう」と言った。元王子さまなんかに火の車の家計管理ができるのか疑わしく思ったけど、彼は見事にやってのけた。そればかりか、わずかながらではあるが貯金もできるようになったのだ。

 ジョルジュは、私が癇癪を起こすたびに抱きしめて、辛抱強く話を聞いてくれた。そしてその都度、できる範囲で私の不満を解決してくれた。
 結婚して半年も経った頃にはもう、私が癇癪を起こすことはなくなっていた。

 豊かな暮らしからは縁遠くとも、私は確かにしあわせになっていた。
 もともと私は、母と二人で質素に暮らしていたのだ。質素な暮らしは少しも苦にならない。
 私の機嫌がよければ、ジョルジュもしあわせそうだった。
 私は恋を知らないけれども、この頃にはすっかりジョルジュは私の「大切な人」になっていた。

 ジョルジュへの気持ちがさらに変化するのは、彼の都落ちの裏事情を知ったときのことだった。
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