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ケスマン商会 (2)
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シモンは商会長の言葉の中に少し気になったことがあり、確認のため質問した。
「アンジェリカ嬢はそんなにお母さまと似てるんですか?」
「似てますねえ。二人ともすらりと背が高くて、背格好がほぼ一緒だから、後ろ姿だとよく見間違えてしまうくらいです」
「そんなにですか」
「はい」
商会長は懐かしそうに目を細めた。どうやらケスマン商会は、シュニッツ商会と交流が深そうだ。
「娘さんもきれいなだけでなく、ヒルデ夫人と同じく快活でかわいらしい人なんですよ。まったくドナート商会がうらやましい」
「ドナート商会が?」
「ああ、アンジェリカ嬢はあそこの坊っちゃんと婚約したんです。美男美女でお似合いのカップルですよ。うちにあのお嬢さんと年回りの合う息子がいれば、絶対に先を越したんですがね。実に残念です」
商会長が嘘いつわりなく残念そうな顔をしてみせたところへ、さきほど用事を言い付かった職員が入り口の扉を叩き、戻ってきた。商会長はシモンに目顔で謝罪し、職員に声をかける。
「どうだった?」
「やはり、おりませんでした」
「そうかそうか、ありがとう」
職員がシモンに一礼してから部屋を出ていくと、商会長はシモンに向き直って口を開いた。
「脱線して申し訳ありませんでしたね。今お聞きのとおり、やはりうちにはお探しのかたはいないようです。お力になれず、申し訳ない」
「とんでもない。突然の訪問にもかかわらず丁寧に対応してくださって、感謝します」
シモンはソファーから腰を上げ、商会長と挨拶を交わした。
その後も少しばかり社交辞令を交わした後、ケスマン商会を後にした。
シモンは考え込んだ様子のまま、寄り道せずにまっすぐ宿に戻った。
シモンはそのまま宿で、ケスマン商会の商会長から聞いた話と、これまでにアンジーと会話した内容をひとつひとつ思い起こしてみた。
シュニッツ商会の商会長夫人の名は、ヒルデだと言う。そしてそのヒルデ夫人は、娘のアンジェリカと容姿がよく似ていて、特に後ろ姿だと見間違うほどらしい。
シモンが思い人の名を知ったのは、彼女が呼びかけられている場に居合わせたからだ。彼女は後ろから「ヒルデ!」と何度か呼びかけられてから振り向いた。そのとき呼びかけたほうは確か小さく「あ」と声をもらさなかっただろうか。少しだけ不思議に思った記憶が、シモンにはある。
けれども呼ばれて振り返った彼女は、呼びかけた中年女性に笑顔で歩み寄り、一緒に何か話しながらどこかへ歩いて行った。だからシモンは、彼女の名がヒルデだと思ったのだ。
でも、もしあの中年女性がヒルデ夫人と見間違えて呼んだのだとしたら────。シモンの思い人はその娘のアンジェリカだということになる。
そしてアンジーは間違いなく「自分の父はシュニッツ商会の商会長だ」と言っていた。姉のミリーの他に兄弟は兄二人だけだ、とも。つまりアンジーは末っ子というわけだ。ケスマン商会の商会長は、アンジェリカ嬢のことを「末のお嬢さん」と言っていた。ということは、アンジーがアンジェリカと同一人物なのではないか。
初めて会ったときに雰囲気がよく似ていると感じたのも、当然だ。同じ人物なのだから。
やっと思い人を捜し当てたのに、それと同時に自分は失恋したことをシモンは悟った。
アンジェリカ嬢には婚約者がいる、とケスマン商会の商会長は言っていた。
シモンはがっくりと肩を落としてうなだれた。
「アンジェリカ嬢はそんなにお母さまと似てるんですか?」
「似てますねえ。二人ともすらりと背が高くて、背格好がほぼ一緒だから、後ろ姿だとよく見間違えてしまうくらいです」
「そんなにですか」
「はい」
商会長は懐かしそうに目を細めた。どうやらケスマン商会は、シュニッツ商会と交流が深そうだ。
「娘さんもきれいなだけでなく、ヒルデ夫人と同じく快活でかわいらしい人なんですよ。まったくドナート商会がうらやましい」
「ドナート商会が?」
「ああ、アンジェリカ嬢はあそこの坊っちゃんと婚約したんです。美男美女でお似合いのカップルですよ。うちにあのお嬢さんと年回りの合う息子がいれば、絶対に先を越したんですがね。実に残念です」
商会長が嘘いつわりなく残念そうな顔をしてみせたところへ、さきほど用事を言い付かった職員が入り口の扉を叩き、戻ってきた。商会長はシモンに目顔で謝罪し、職員に声をかける。
「どうだった?」
「やはり、おりませんでした」
「そうかそうか、ありがとう」
職員がシモンに一礼してから部屋を出ていくと、商会長はシモンに向き直って口を開いた。
「脱線して申し訳ありませんでしたね。今お聞きのとおり、やはりうちにはお探しのかたはいないようです。お力になれず、申し訳ない」
「とんでもない。突然の訪問にもかかわらず丁寧に対応してくださって、感謝します」
シモンはソファーから腰を上げ、商会長と挨拶を交わした。
その後も少しばかり社交辞令を交わした後、ケスマン商会を後にした。
シモンは考え込んだ様子のまま、寄り道せずにまっすぐ宿に戻った。
シモンはそのまま宿で、ケスマン商会の商会長から聞いた話と、これまでにアンジーと会話した内容をひとつひとつ思い起こしてみた。
シュニッツ商会の商会長夫人の名は、ヒルデだと言う。そしてそのヒルデ夫人は、娘のアンジェリカと容姿がよく似ていて、特に後ろ姿だと見間違うほどらしい。
シモンが思い人の名を知ったのは、彼女が呼びかけられている場に居合わせたからだ。彼女は後ろから「ヒルデ!」と何度か呼びかけられてから振り向いた。そのとき呼びかけたほうは確か小さく「あ」と声をもらさなかっただろうか。少しだけ不思議に思った記憶が、シモンにはある。
けれども呼ばれて振り返った彼女は、呼びかけた中年女性に笑顔で歩み寄り、一緒に何か話しながらどこかへ歩いて行った。だからシモンは、彼女の名がヒルデだと思ったのだ。
でも、もしあの中年女性がヒルデ夫人と見間違えて呼んだのだとしたら────。シモンの思い人はその娘のアンジェリカだということになる。
そしてアンジーは間違いなく「自分の父はシュニッツ商会の商会長だ」と言っていた。姉のミリーの他に兄弟は兄二人だけだ、とも。つまりアンジーは末っ子というわけだ。ケスマン商会の商会長は、アンジェリカ嬢のことを「末のお嬢さん」と言っていた。ということは、アンジーがアンジェリカと同一人物なのではないか。
初めて会ったときに雰囲気がよく似ていると感じたのも、当然だ。同じ人物なのだから。
やっと思い人を捜し当てたのに、それと同時に自分は失恋したことをシモンは悟った。
アンジェリカ嬢には婚約者がいる、とケスマン商会の商会長は言っていた。
シモンはがっくりと肩を落としてうなだれた。
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