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恋の成就は先着順 (1)
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製織町クライスベルクは王都から見て南西に位置し、ヘルトニッヒからは馬車で約一週間ほどの距離である。
シモンの父が治めるデュッケル領と隣接した領内にあり、放牧の盛んなデュッケル領との交易は決して少なくないらしい。そうした背景があるため、ケスマン商会の本部がクライスベルクに置かれていることを覚えていなかったのが、シモンには気恥ずかしかったようだ。
平原の中にあるヘルトニッヒとは違い、クライスベルクがあるのは、なだらかな丘陵地帯だ。なだらかとはいえ、起伏のある道の移動は馬に負担がかかる。そのためクライスベルクに近づくにつれて馬を休ませなくてはならない頻度が上がり、地図上の距離の割には移動に時間がかかった。
もっとも、急ぐ旅ではないので誰も時間は気にしない。
のんびり休んで、のんびり進む。
実に牧歌的だ。
のどかな風景の中で馬を休ませ、ヒンメル商会の商会長から土産として渡された焼き菓子をかじりながら人間たちも休憩する。ヘルトニッヒで仕入れたりんご酒を旅行用の木製カップにそそいで、ミリーが全員に配った。
アンジーは「ありがとう」と笑顔で受け取り、炭酸の泡が弾ける甘酸っぱい味を楽しみながら、シモンに質問した。
「ねえ、シモンさん」
「うん?」
「シモンさんは、ヒルデ嬢が見つかったらどうするつもりなんですか? 求婚するの?」
「え。いや、まさか。そんな急には……」
シモンは面食らったように口ごもり、じわじわと頬を紅潮させた。
それを見て、アンジーは呆れ顔になる。
「じゃあ、しないんですか?」
「そりゃ、いずれはしたいけど、初対面でいきなりって無理でしょう」
「無理ってことはないと思いますけど」
「無理ですよ……」
アンジーはミリーと顔を見合わせて、肩をすくめた。
「なら、求婚は後回しにするとして、最初はどうするつもりなんですか?」
「どうしたらいいんでしょうね……」
「うっそ、何も考えてなかったんですか⁉」
「そういうことに、なりますね」
アンジーはミリーと顔を見合わせ、二人同時に深くため息をついた。
「まず、そこから考えておきましょうよ。今ならまだ時間がたっぷりありますから」
「うーん……」
シモンはしばらく考え込む顔を見せた後、頭をかきむしって背中を丸めてしまった。
「ちょっと、ねえ、シモンさん。何をそんな悩むことがあるんですか」
「私の悩みなんて、女の子と簡単に仲よくなれるアンジーにはわかりませんよ……」
すねている。これはもう明らかに、大変わかりやすくすねている。
アンジーは何だか面倒くさくなってきたが、人間というものはこの状態で放置するとたいてい気持ちをさらにこじらせて、ろくな結果にならないものだ。シモンにわからないよう小さくため息をついてから、努めて明るい声で話しかけた。
「あのね、シモンさん。いいことを教えてあげましょう」
「何ですか?」
いじけた表情のままではあったが、シモンは顔を上げた。
「恋愛っていうのはね、基本的には早い者勝ちなんです」
「そうなんですか?」
「そうです!」
アンジーは力強くうなずいて見せてから、具体的な事例について話し始めた。
シモンの父が治めるデュッケル領と隣接した領内にあり、放牧の盛んなデュッケル領との交易は決して少なくないらしい。そうした背景があるため、ケスマン商会の本部がクライスベルクに置かれていることを覚えていなかったのが、シモンには気恥ずかしかったようだ。
平原の中にあるヘルトニッヒとは違い、クライスベルクがあるのは、なだらかな丘陵地帯だ。なだらかとはいえ、起伏のある道の移動は馬に負担がかかる。そのためクライスベルクに近づくにつれて馬を休ませなくてはならない頻度が上がり、地図上の距離の割には移動に時間がかかった。
もっとも、急ぐ旅ではないので誰も時間は気にしない。
のんびり休んで、のんびり進む。
実に牧歌的だ。
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アンジーは「ありがとう」と笑顔で受け取り、炭酸の泡が弾ける甘酸っぱい味を楽しみながら、シモンに質問した。
「ねえ、シモンさん」
「うん?」
「シモンさんは、ヒルデ嬢が見つかったらどうするつもりなんですか? 求婚するの?」
「え。いや、まさか。そんな急には……」
シモンは面食らったように口ごもり、じわじわと頬を紅潮させた。
それを見て、アンジーは呆れ顔になる。
「じゃあ、しないんですか?」
「そりゃ、いずれはしたいけど、初対面でいきなりって無理でしょう」
「無理ってことはないと思いますけど」
「無理ですよ……」
アンジーはミリーと顔を見合わせて、肩をすくめた。
「なら、求婚は後回しにするとして、最初はどうするつもりなんですか?」
「どうしたらいいんでしょうね……」
「うっそ、何も考えてなかったんですか⁉」
「そういうことに、なりますね」
アンジーはミリーと顔を見合わせ、二人同時に深くため息をついた。
「まず、そこから考えておきましょうよ。今ならまだ時間がたっぷりありますから」
「うーん……」
シモンはしばらく考え込む顔を見せた後、頭をかきむしって背中を丸めてしまった。
「ちょっと、ねえ、シモンさん。何をそんな悩むことがあるんですか」
「私の悩みなんて、女の子と簡単に仲よくなれるアンジーにはわかりませんよ……」
すねている。これはもう明らかに、大変わかりやすくすねている。
アンジーは何だか面倒くさくなってきたが、人間というものはこの状態で放置するとたいてい気持ちをさらにこじらせて、ろくな結果にならないものだ。シモンにわからないよう小さくため息をついてから、努めて明るい声で話しかけた。
「あのね、シモンさん。いいことを教えてあげましょう」
「何ですか?」
いじけた表情のままではあったが、シモンは顔を上げた。
「恋愛っていうのはね、基本的には早い者勝ちなんです」
「そうなんですか?」
「そうです!」
アンジーは力強くうなずいて見せてから、具体的な事例について話し始めた。
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