上 下
6 / 46

港町シュラウプナー (2)

しおりを挟む
 しばらくそうしてふざけあっていたが、ふとミリーは笑みを消して真剣な顔つきになり、次の町での注意事項をアンジーに話し始めた。

「今向かっているのは、北の港町シュラウプナーです」
「うん。魚料理のおいしい町!」
「そうですね。でも、今お話ししたいのはそこじゃなくて。港町って、王都と比べると治安が悪いんですよ」
「へえ」
「だから絶対に、絶対に、絶っ対にひとりで知らない場所へ行ったりしないでくださいね」
「はい、姉さま」

 アンジーが素直にうなずいたのを見て、ミリーは頬をゆるめた。

「『世界で最も罪深い一区画』なんて言われてる、危険な場所まであるんですよね……」
「なにそれ面白そう」
「アンジー!」
「ごめんなさい」

 つい名称に興味を引かれてよけいなことを口走ったアンジーは、本気で怒った目をしたミリーに叱りつけられ、思わず反射的に首をすくめて謝罪の言葉を口にしていた。

「でも、何がそんなに罪深いの?」

 叱られてもなお興味津々なアンジーに、ミリーは「うーん」と眉根を寄せながら、どう説明したものか思案する。

「たとえばアンジーみたいな美少年が護衛もつけずに迷い込んだら、あっという間にさらわれて奴隷にされちゃうような場所ってことです」
「え、こわっ」

 実のところ「世界で最も罪深い一区画」とは、シュラウプナー市内にある歓楽街のことだ。
 シュラウプナーは港町であり、港町とはすなわち船の出入りする町のことであり、船が出入りすれば当然、乗組員である船乗りたちが町を訪れることになる。そうした船乗りたちに需要が高いのが、歓楽街だ。そして歓楽街につきものなのが、娼館である。しかし娼館などという場所は人身売買で成り立っているようなものだから、治安のよい場所であるわけがない。

 シュラウプナーの歓楽街は、ほかのどの港町に比べても多種多様な娼館が取りそろえられていることで知られている。そこが「世界で最も罪深い」と言われるゆえんなのだ。

 しかしミリーは、箱入り娘のアンジーにそうした詳しい説明をするつもりはなかった。
 とにかく「絶対に近寄ってはいけない、こわい場所がある」ということだけ理解してくれれば、それでよかった。娼館の多様性について具体的な説明を求められても困るし、無垢なアンジーには聞かせたくもない。

 いくらか青ざめて口もとを引きつらせているアンジーの表情を見て、脅しがきちんと効いていることがわかったミリーはほっと安堵のため息をつき、小さく笑みを浮かべた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

男装の公爵令嬢ドレスを着る

おみなしづき
恋愛
父親は、公爵で騎士団長。 双子の兄も父親の騎士団に所属した。 そんな家族の末っ子として産まれたアデルが、幼い頃から騎士を目指すのは自然な事だった。 男装をして、口調も父や兄達と同じく男勝り。 けれど、そんな彼女でも婚約者がいた。 「アデル……ローマン殿下に婚約を破棄された。どうしてだ?」 「ローマン殿下には心に決めた方がいるからです」 父も兄達も殺気立ったけれど、アデルはローマンに全く未練はなかった。 すると、婚約破棄を待っていたかのようにアデルに婚約を申し込む手紙が届いて……。 ※暴力的描写もたまに出ます。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

【完結】「政略結婚ですのでお構いなく!」

仙桜可律
恋愛
文官の妹が王子に見初められたことで、派閥間の勢力図が変わった。 「で、政略結婚って言われましてもお父様……」 優秀な兄と妹に挟まれて、何事もほどほどにこなしてきたミランダ。代々優秀な文官を輩出してきたシューゼル伯爵家は良縁に恵まれるそうだ。 適齢期になったら適当に釣り合う方と適当にお付き合いをして適当な時期に結婚したいと思っていた。 それなのに代々武官の家柄で有名なリッキー家と結婚だなんて。 のんびりに見えて豪胆な令嬢と 体力系にしか自信がないワンコ令息 24.4.87 本編完結 以降不定期で番外編予定

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

処理中です...