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竜将軍大会第四回戦:ヌードファイター・クルシュ VS カペラ座のロシュ
・掛け払いのマーチ
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第四回戦まで上り詰めたところで私の日常はさほど変わらなかった。
朝起きて、食事を間にはさみながら夕方までひたすら稽古に打ち込んで、風呂に入り、街をぶらついて、夕食を食べて、ティティスと会ってから、早くに寝る。
毎日足繁くティティスが屋敷を訪ねてきて、私に商会運営の報告をしてくれるようになったこと以外は、何も私の生活に変化はなかった。
「この前、1巻を1000冊刷ったって言ったでしょ? あれ、全部はけたから!」
「な、何……? マジかよ……」
「すごいよね、1000冊だよ、1000冊! 1つ銀5だから、金500の売り上げ高になるんだよ!」
いや、私の代わり映えのしない毎日とは対照的に、私たちの商会では日々目まぐるしく事態が動いていた。
三回戦で私が商会に入れた金が、金150。
試合の賭けでティティスが手にした金が、まさかの金300。
計・金450は、もはや彼女の手元にない。
「ねぇクルシュ、どっかにお金持ちの友達いない?」
「そんなのお前くらいなもんだよ……」
「はーー……お金欲しい……」
全てを投資に回してもなお、ティシュ商会は顧客の発注に応えられなかった。
そう、ティティスとクルシュの商会だから、ティシュ商会だそうだ。
雨が降ったらなんかグチャグチャになってしまいそうな名称だが、そんなことを気にするのは、私と聖帝くらいのものだろう。
「掛け払いを止めてもらうわけにはいかねーのか?」
「そんなの無理無理無理のムーリン・バレーだよ! キョウの小売店は、どこもかしこも掛け払いで成り立ってるの!」
キョウの商人は掛け払いを好む。
商品を納品しても、毎月4週目の土曜の日まで、ビタ一文払おうとしないという。
つまり我らティシュ商会がいくら絵巻を刷ったところで、月末まで売上金が返ってこないということだった。
「ホスロー殿にはもう借りられないのか? お前の親だろ?」
「今月はもう無理だって……。今月の掛け金が入った後なら融資してくれるって……」
「掛け払いで印刷はできないのか?」
「無理。聖帝様はそういうところだけはケチ臭いの……」
漫画を刷れるような高度な印刷機は、全て聖帝の所有物であり、そういった印刷屋は国営で管理されているという。
「そうだな、だったら……俺に一計がある」
「えっ、マジッ?! どうするのっ!?」
「イーラジュ様の秘蔵の酒を、質屋に入れりゃいい」
「…………は?」
「それを運転資金にして、月末になったら質を取り返して、元の場所に戻せばいい」
「は、はぁぁぁーっっ?!! 頭おかしいでしょ、アンタッ?!!」
「大丈夫だ、バレなきゃ――」
と、外廊下側のふすまに振り返ると、そこにイーラジュ様の影があった。
「よう、おもしれぇ話してんじゃねぇか、バカ弟子よ? その話、もうちっと詳しく聞かせてくれねぇかねぇ……?」
飲みもしない酒だというのに、飲兵衛はご立腹だった。
「……頼む、師匠。千竜将軍秘蔵の酒を質に入れさせてくれ」
「庭木に首くくりつけんぞ、このクソ弟子がっっ!!」
「なら金貸してくれ。もっと必要だ」
部屋に飛び込んできた師匠に、私たちは手のひらを突き出した。
「はぁぁ……っっ、こんな厚かましい弟子、てめぇが初めてだぜ……。バカ野郎も多かったが、おめぇは天地創造級の大バカ野郎だっ!」
イーラジュ様は外廊下に出て私たちに手招きをした。
「もしかしてお酒くれるのっ!?」
「やるか、バカ娘っ! 酒はやれねぇ……! だが、美術品なら、いくつか貸してやんよ……。ついてきな」
師匠が芸術をたしなむ風流人で助かった。
私たちは師匠のお宝を質屋に入れて、かつかつだった運転資金を工面した。
そんな金欠と稽古付けの日々が過ぎ去っていった。
・
それからまた数日の時が流れ、次の試合まであと4日といった頃。
屋敷にカロン先生が訪ねてきた。
カロン先生は続編の制作に毎日忙しくしていたが、最近ココロさんに絵を教えにやってくるようになった。
「イーラジュ様、少しだけお暇をいただいて、よろしいでしょうか……?」
「んなこと、いちいち確認すんなって言ってんだろ、ココロォ。友達と遊んできな」
「ありがとうございますっ! ではカロンさん、こちらへどうぞ」
「おらがきて、ご迷惑でねぇべか……?」
「とんでもない! あのカロン先生にお時間を割いていただけるなんて、私光栄です……」
カロンは風呂に入ってからここにくるようになった。
友人であるココロさんに恥をかかせないためだろう。
元のカロンを知る私たちからすれば、偉大なる第一歩だ。
「友達ってのはよ、いいもんだなぁ……」
「同感だ。少し前まで、漫画以外になんの興味も示さん女だったからな」
「俺が言ってんのはココロの話だ。ああやってワガママを言ってくれんのが、俺ぁ嬉しいのよ」
「ココロさんラブかよ……」
「うっし、せっかくの休暇だ! ぶちのめしてやっからかかってきな!」
「……いつまでも俺が、お前の足下にはいつくばると思うなよ」
「はははっ、青二才が何言いやがる! 俺と対等に張り合おうなど5年は早いわっ!」
イーラジュ様は休みだが、今日も大闘技場では試合がある。
今日の試合は私にとっても重要なものだった。
朝起きて、食事を間にはさみながら夕方までひたすら稽古に打ち込んで、風呂に入り、街をぶらついて、夕食を食べて、ティティスと会ってから、早くに寝る。
毎日足繁くティティスが屋敷を訪ねてきて、私に商会運営の報告をしてくれるようになったこと以外は、何も私の生活に変化はなかった。
「この前、1巻を1000冊刷ったって言ったでしょ? あれ、全部はけたから!」
「な、何……? マジかよ……」
「すごいよね、1000冊だよ、1000冊! 1つ銀5だから、金500の売り上げ高になるんだよ!」
いや、私の代わり映えのしない毎日とは対照的に、私たちの商会では日々目まぐるしく事態が動いていた。
三回戦で私が商会に入れた金が、金150。
試合の賭けでティティスが手にした金が、まさかの金300。
計・金450は、もはや彼女の手元にない。
「ねぇクルシュ、どっかにお金持ちの友達いない?」
「そんなのお前くらいなもんだよ……」
「はーー……お金欲しい……」
全てを投資に回してもなお、ティシュ商会は顧客の発注に応えられなかった。
そう、ティティスとクルシュの商会だから、ティシュ商会だそうだ。
雨が降ったらなんかグチャグチャになってしまいそうな名称だが、そんなことを気にするのは、私と聖帝くらいのものだろう。
「掛け払いを止めてもらうわけにはいかねーのか?」
「そんなの無理無理無理のムーリン・バレーだよ! キョウの小売店は、どこもかしこも掛け払いで成り立ってるの!」
キョウの商人は掛け払いを好む。
商品を納品しても、毎月4週目の土曜の日まで、ビタ一文払おうとしないという。
つまり我らティシュ商会がいくら絵巻を刷ったところで、月末まで売上金が返ってこないということだった。
「ホスロー殿にはもう借りられないのか? お前の親だろ?」
「今月はもう無理だって……。今月の掛け金が入った後なら融資してくれるって……」
「掛け払いで印刷はできないのか?」
「無理。聖帝様はそういうところだけはケチ臭いの……」
漫画を刷れるような高度な印刷機は、全て聖帝の所有物であり、そういった印刷屋は国営で管理されているという。
「そうだな、だったら……俺に一計がある」
「えっ、マジッ?! どうするのっ!?」
「イーラジュ様の秘蔵の酒を、質屋に入れりゃいい」
「…………は?」
「それを運転資金にして、月末になったら質を取り返して、元の場所に戻せばいい」
「は、はぁぁぁーっっ?!! 頭おかしいでしょ、アンタッ?!!」
「大丈夫だ、バレなきゃ――」
と、外廊下側のふすまに振り返ると、そこにイーラジュ様の影があった。
「よう、おもしれぇ話してんじゃねぇか、バカ弟子よ? その話、もうちっと詳しく聞かせてくれねぇかねぇ……?」
飲みもしない酒だというのに、飲兵衛はご立腹だった。
「……頼む、師匠。千竜将軍秘蔵の酒を質に入れさせてくれ」
「庭木に首くくりつけんぞ、このクソ弟子がっっ!!」
「なら金貸してくれ。もっと必要だ」
部屋に飛び込んできた師匠に、私たちは手のひらを突き出した。
「はぁぁ……っっ、こんな厚かましい弟子、てめぇが初めてだぜ……。バカ野郎も多かったが、おめぇは天地創造級の大バカ野郎だっ!」
イーラジュ様は外廊下に出て私たちに手招きをした。
「もしかしてお酒くれるのっ!?」
「やるか、バカ娘っ! 酒はやれねぇ……! だが、美術品なら、いくつか貸してやんよ……。ついてきな」
師匠が芸術をたしなむ風流人で助かった。
私たちは師匠のお宝を質屋に入れて、かつかつだった運転資金を工面した。
そんな金欠と稽古付けの日々が過ぎ去っていった。
・
それからまた数日の時が流れ、次の試合まであと4日といった頃。
屋敷にカロン先生が訪ねてきた。
カロン先生は続編の制作に毎日忙しくしていたが、最近ココロさんに絵を教えにやってくるようになった。
「イーラジュ様、少しだけお暇をいただいて、よろしいでしょうか……?」
「んなこと、いちいち確認すんなって言ってんだろ、ココロォ。友達と遊んできな」
「ありがとうございますっ! ではカロンさん、こちらへどうぞ」
「おらがきて、ご迷惑でねぇべか……?」
「とんでもない! あのカロン先生にお時間を割いていただけるなんて、私光栄です……」
カロンは風呂に入ってからここにくるようになった。
友人であるココロさんに恥をかかせないためだろう。
元のカロンを知る私たちからすれば、偉大なる第一歩だ。
「友達ってのはよ、いいもんだなぁ……」
「同感だ。少し前まで、漫画以外になんの興味も示さん女だったからな」
「俺が言ってんのはココロの話だ。ああやってワガママを言ってくれんのが、俺ぁ嬉しいのよ」
「ココロさんラブかよ……」
「うっし、せっかくの休暇だ! ぶちのめしてやっからかかってきな!」
「……いつまでも俺が、お前の足下にはいつくばると思うなよ」
「はははっ、青二才が何言いやがる! 俺と対等に張り合おうなど5年は早いわっ!」
イーラジュ様は休みだが、今日も大闘技場では試合がある。
今日の試合は私にとっても重要なものだった。
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