視力0.01の転生重弩使い 『なんも見えんけど多分味方じゃないからヨシッ!』

ふつうのにーちゃん

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マレニア在籍二年目、一学期

・『ハラペ家の野望』烈風伝 - 脱ぐな -

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 四月末、安息日を翌日に控えた夜。
 コーデリアのやつが突然、男子寮の俺たちの部屋を訪ねて来た。

 人の喜怒哀楽に鈍い俺にも、応対に出て5秒で彼女の様子がおかしいと気づいた。
 コーデリアは現れた俺にただ小声を上げるだけで、一向に口を開く様子がなかった。

「あ……っ」

 コーデリアの背中に手を回して部屋の中に連れ込んだ。
 抵抗しない彼女をイスに座らせて、向かいの席に腰掛ける。

 ベッドで横になっていたガーラントさんが来客用のコップとポットを持ってきて、コーデリアが落ち着けるように水を入れてくれた。

「ありがとうございます……」
「ガーラントさんは気が利くな、意外と女たらしの才能があるのかもしれん」

「ない」
「さてどうかな」

 コーデリアは素直にその水を口にして、それで少し落ち着いたのか、小さく息をついた。

「俺、風呂、行く」
「もう入っただろ? 俺と一緒に」

「今日は、二度風呂の、気分」
「そうか。ガーラントさんは風呂が好きだもんな」

 『ん』とだけ答えてガーラントさんは部屋を出て行った。

「いいルームメイトですわね……」
「ああ、すごくいい人だ」

 コーデリアの声にいつもの張りがない。
 よっぽど言い出し難いことでもあるのか、彼女はそれっきり、また黙り込んでしまった。

 よっぽどの用件なのだろう。
 わざわざ夜中に男子寮に忍び込んでくるなんて、かつて女子寮に行こうとした俺にドロップキックを入れた彼女とは思えない。

「言いにくいなら当てようか? お前の悩みと言ったら――」
「お金を……貸して下さい……」

 推理するまでもないが、コーデリアの悩みと言ったら実家と金の問題だ。

「ああいいとも。いくら要る?」
「金貨20……いえ、40枚ほど……」

「わかった、明日すぐに用意する」
「ごめんなさい……」

「気にするな。クエストでコツコツ貯め込んだのはいいが、これといった用途が思い浮かばなかった金だ」

 そう伝えると、コーデリアは大粒の涙をこぼしてすすり泣きだした。
 ぼやける俺の目に涙は見えなかったが、子供みたいに両手で目元を拭い、止まらない涙に鼻水をすする姿が見えた。

「そんなに泣くな。らしくなくて調子狂うぞ」
「だって……わたくし、自分が、情けなくて……っ。ごめんなさい、ごめんなさい……」

「何言ってんだ、俺たちは友達だろ」

 どうも見ていられない。
 俺は席を立って彼女の隣まで行くと、背中を撫でて落ち着かせようとした。

「本当の、友達は……っ、友達から大金なんて……っ、借りません……っ」
「だが友達が友達を助けるのは当然だろ」

「わ……わたくし……覚悟を、決めてまいりましたの……」
「ああ、よくがんばって無心してくれた」

「違いますの……っ! わ、わた、わたくし……っっ」

 制服を脱ぐような絹擦れの音がした。
 覚悟って、そっちの覚悟かよ……。

「いや待て」
「止めないで下さいませ……! 何も差し出せないわたくしにはっ、こうする他にありませんの……っ!」

「わかったっ、覚悟はわかったからよせっ!」

 ぼやける俺の視界に、要求してもいないのに肌色を増やそうとするコーデリアを止めた。

「脱がせて下さいましっ!!」
「脱ぐなっ!」

「脱ぐ他にもうっ、わたくしには道がありませんのっ!!」
「リチェルとレーティアの面倒を見てくれているのはお前だろっ! 感謝してるっ、だから止めろ脱ぐなっ!!」

「嫌です!!」
「なんでだよっ!?」

「わたくしはもう止まりませんのっ! 何がなんでもっ、ここは脱がせていただきますのっっ!!」
「止めろって言ってんだろっ、ちょ、あーっっ?!!」

 パニック状態のコーデリアを落ち着かせるのに、俺はしばらく悪戦苦闘するはめになった……。


 ・


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁぁ……っ」
「ん、んん……っ、本当に、強情な殿方ですね、貴方って方は……っ、は、はぁっ、はぁぁ……っ」

 誤解がないように言うが、俺はなんとかコーデリアの純潔を守り抜いた。
 なまじ相手はファイター部門で去年の成績3位の生徒だ……。

 意地でも脱ごうとするコーデリアと、それを阻止せんとする俺の戦いは、まるで少年誌のバトルマンガのようだった。

 脱がせ封じ!
 脱がせ封じ返し!
 脱がせ封じ返し封じ!
 脱がせ封じ返し封じ返し!

 ブロックをブロックしてブロックする両手だけの死闘は『ホワタタタタアターッッ』といったかけ声が似合うほどの、張り合いのある熾烈な戦いだったと言えよう……。

「わたくし、はぁっはぁっ、義理堅い女ですのよ、はぁっ……」
「はぁっはぁっ、そんなの、口にしなくても、わかるっての……っ」

「どんな手段を使ってでもっ、このご恩をっ、はぁっはぁっ、返して差し上げますから覚悟してなさいませっ!!」
「望むところだ、コーデリア・ハラペッ! てかガーラントさんが帰って来る前に早く上着を着ろっ!」

 今さら言われて恥ずかしくなったのか、コーデリアは部屋の端まで逃げてから、言われた通りに服を着た。

 目さえよかったら、きっと美味しい光景が広がっていたのだろう。

「聞くまでもないが、また実家に金を送るんだよな?」
「はい、またお父様が、無謀な投資を始めてしまいまして……」

「わかった。金は俺が直接渡す、父親に会わせてくれ」
「え……?! う、うちに、来るんですの……っ!?」

 浪費家の親なんて誰だって見せたくない。
 しかしさっきの大泣きは尋常じゃなかった。
 会って浪費を止めさせないと、次は泣くだけじゃ済まないかもしれない。

「断らせはしないぞ。会って俺が一言言ってやる」
「グレイボーン……様……」

「いちいち泣くな。様付けもするな。そんな顔じゃリチェルたちのところに戻れないだろが……っ」
「ですけどグレイボーン様……貴方は、貴方はそう、最高のお友達ですの……っ。必ず、必ずやこのご恩をお返しいたしますわ……っ」

「あーーっっ、脱ぐなっ、脱ぐなっつってんだろぉぉーっっ?!」

 その跡はコーデリアと夜の散歩に出かけた。
 当然ながら寮には門限があったが、彼女の名誉を考えれば、そんなもの蹴り破ってまかり通ればいいことだった。

 明日、金を持って彼女の両親に会いに行く約束をして、俺たちは寮の外壁をよじ登り、それぞれの部屋へと帰った。
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