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エピローグ 世界を照らす灯火

・エピローグ 1/5 - モルペウスの天秤 -

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 都を大混乱に陥れたあの天秤はモルペウスの天秤と名付けられ、まあ当然ながら政府に押収されてしまった。

「初めは我が国を妬んでの、陰謀か何かかと疑ったのだがね……。いやアレは、とんでもない代物だったよ、グレイボーンくん」
「正体がわかったのか?」

 バロック次官が言うには――

「あれは厳密に言うところの古代超遺物アーティファクトではなかった」
「そうなのか」

「らしい。蒼爪の塔の学者先生方が言うには、あれはここではない別の世界から流れ着いた特別な品らしい。その証拠にマナの伝導率がこちらの世界の約7倍、さらに微少な希少粒子が――――であるそうなのだよ」
「なるほど」

 専門用語が多くて全くわからんが、次官が言うにはそういうことらしい。
 用あってバロック邸を訪れた俺とリチェルは、先ほどから時間つぶしにお茶をご馳走になっていた。

「すごーいっ、お兄ちゃん、わかるのーっ!?」
「いや、ワカランチンだ」

「あははーっ、リチェルもー! リチェルも、ワカランチンチンです!」

 そう言ってリチェルは屈託なく隣の兄に笑う。
 これはツッコミを入れたら負けのやつだろう……。
 ワカランチンチンについてはスルーしておいた。

「君は時々そうやって、無教養の者のふりをするところがある」
「いや――」

「リチェルくん、この兄はね、本当はわかっているのだよ」
「おお……さすが、リチェルのお兄ちゃん! リチェルもね、実は、そう思ってたーっ! お兄ちゃん、頭いいもん!」

 いや、まったくわからんのだが……。
 今から5ヶ月前、都に大損害を与えたあのモルペウスの天秤が『理屈の通じない超常的な何か』であることくらいしか、俺には何もわからん。

「教授とトマスは、未攻略領域の遙か彼方からアレを回収したんだったか。ついてないな、教授も」

 教授は1年の謹慎処分となった。
 別に意図して悪さをしたわけではないのだが、都に与えた被害があまりに大き過ぎた。

 死傷者は約60名弱。
 さらにトラムの2割がモンスターにより破損し、火事場泥棒が相次いだ。
 経済の被害は次官が頭を抱えるほどだ。

 これは異国によるテロだと、そう訴える陰謀論者も少なくない。
 そう考えたくなるのが人情だった。

「うむ……モルペウスの天秤がこの世界に流れ着いた時点で、いつかは起こるべくして起こる事態だったのだろう。……私が出世のために事件を起こしたと、そう疑う輩も少数いるがね」
「次官ならやりかねない」
「お、お兄ちゃーんっ!? それはー、言っちゃダメーっ!」

 リチェルに怒られてしまった。
 思えばリチェルはこの一年でだいぶ大人っぽくなった。

 年上に囲まれて学び、常識人のコーデリアをルームメイトにして成長したのだから、それも当然だろう。

「はっはっはっ、まあ存分に有効活用させていただいたよ。官僚の頂点・大臣政務官の席まで、後一歩というところだ、フッフッフッ……」
「さすがはバロック次官だ、ちゃっかりしている」

「うむ。……しかし、今日は時間の進みがいやに遅い日だ……。つかぬことを聞くが、11時の鐘は鳴ったかね?」
「うーうん、まだだよー」

「本当かね……?」
「ほんとーだよ。まーだだよーっ」

 今日の次官はずっとこの調子だ。
 落ち着きがなく、いつも以上に早口で、それでいて見るからに明るい。

「そうか……。おおっ、そうだ! モルペウスの天秤が具体的にどんな力を持っていたのか、興味はあるかね!?」
「ある」

「そうかね、君ならそう言うと思ったよ!」
「ああ。外の霧は単純明快だったが、中のあれはまるで、安っぽいホラー小説のようだった」

 リチェルはこの話に興味がなさそうだ。
 そんなリチェルのカップが空になっていたので、ティーポットを俺が握ると、控えていた家政婦さんが飛んで来た。

 家政婦さんは俺とリチェルのカップに茶を注いでくれた。
 精製された白砂糖がスプーン6杯、リチェルの紅茶に入れられるのを眺めながら、次官とのお喋りを続けた。

「結局なんで、都がモンスターだらけになってしまったんだ? あの霧はなんなんだ?」
「あの霧か。あれは誤作動の結果だそうだ」

「誤作動? あれが誤作動だと……?」
「いかにも。モルペウスの天秤は、都をモンスターだらけにするつもりなどなかった。そう蒼爪の塔の学者は言っている」

「ならあの天秤は、なんのための道具だったんだ?」

 今思い返せば、事件の幕引きもあっさりとしていた。
 天秤の破壊により都の霧が晴れ、モンスターたちは軍と冒険者により各個撃破された。

「あれは人に夢を見せる装置らしい」
「夢だと……?」

「モルペウスの天秤は、起動者が望む夢の世界を作り出す! さらにユニークなのは、周囲の者も巻き込むところだ!」

 リチェルには理解不能だろう。
 そう思ったんだが、隣に顔を寄せてみると、ワクワクとした様子で俺を見つめ返して来た。

「それ、楽しそうっ! リチェル、リボンちゃんの背中に乗る夢、見たいっ!」
「確かにそれは楽しそうだ」

「えへへー、お兄ちゃんも乗せてあげるー!」
「リボンが鐘突き台にかじり付かないように、よく注意しておかないとな」

「あとあとっ、それがあればっ、お父さんとお母さんも、説得出来るかも!」
「説得? なんの説得だ?」

「結婚!!」
「あ、ああ……確かにな。だけど結局夢だ、現実じゃない」
「うむ、私は応援しているよ、リチェルくん。法律面のサポートが必要な時はいつでも頼りたまえ」

「わぁっ、ありがとーっ、ジュリオのおじさんっ!! リチェルとお兄ちゃん、結婚出来るっ!?」
「ああっ、出来るとも!」

 いや余計なことを言わないでくれ、次官……。
 ファンタジー世界よろしく、こっちじゃ異父兄妹でもそういうのは可能らしいが、そういうわけにもいかないだろう……。
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