視力0.01の転生重弩使い 『なんも見えんけど多分味方じゃないからヨシッ!』

ふつうのにーちゃん

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再びイザヤへ

・再びイザヤへ - 封じられたイザヤ学術院 -

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 霧の発生源がイザヤ学術院なら、モンスターの発生源もまたイザヤ学術院だった。
 真綿のように厚くやわらかそうな霧の彼方から、たった今、何か巨大な者がヌーッと現れる現場を俺は目撃した。

 距離は約200メートル先。
 ロングボウでも狙撃困難な遙か彼方だ。
 俺たちは大通りを進んで、イザヤを目指しているところだった。

「ロウドックッ、撃ちなさいっ!!」
「おうっ!!」

 ソイツにセラ女史が輝く印を刻むなり、俺はその遠目に見てもでかい塊に、ロウドックより譲り受けた重弩をぶち込んだ。

 全軍停止して10秒ほど様子を見ると、女史が刻んだ輝く印がモンスターごと消滅した。

「はははっ、間違えたな、女史! 俺はそんなに父さんに似て――ヘブゥッッ?!」
「間違えてなどいません、貴方の聞き間違えでしょう。私はロウドックの息子と言ったのです。よくやりましたね、ロウドックの息子」

 いきなり平手打ちされたかと思えば、その次はやさしく頭を撫でられた。
 セラ女史は飴と鞭の使い分けが巧みだ……。

 この人はマレニアの教官にならなかったら、調教師か何かになっていたのではないか……。

「へぇー、俺にはそうは聞こえなかったが? 確かにアンタは、俺と父さんを間違えたようだ」

 だがこっちは元社畜だ。
 洗脳まがいの社員教育には慣れている。

 このまんまいいようにされるのもしゃくなので、俺はいつものように言い返してやった。

「き、君っ、正気かねっ!? その人を怒らせるのはよした方がいいっ!」

 すると悲鳴を上げたのは、護衛の議員先生方だった。

「そうだとも青年! 教え子だった我々が言うっ! その人はっ、人の皮をかぶった大蛇なのだよっ!」

 まあ、異論ない。

「グレイボーンくん、言葉は相手を見て使おう……!」

 まあ、そうかもしれない。

「ああ、私は今でも夢に見るよ……。アマガエルに変えられて、ザリガニと同じ水槽に入れられる夢をね……」

 女史ならやりかねない。
 いや、やる。間違いない。

「先生方も女史には苦労させられてたんだな」
「と、とんでもない! わ、我々が教えていただたいたのだよ!」
「あの時水槽に入れられたのだって、私が下級生の女子にイタズラをしたのが……あ、これ、オフレコでね、グレイボーンくん?」

「もちろんだ。若ければそういうこともある」

 議員といったら昼は議事堂で居眠りして、夜は夜で豪邸や議員宿舎でふんぞり返っているイメージだったんだが……。
 なんだろうか、急にわき起こるこの親近感は……。

 こうして知ってしまえば、彼らはただの大先輩であり、同じ被害者だった。

「ロウドックさんのお子さんなんだって? いや、懐かしいなぁ……。頼れるいい人だったよ」
「飴食べるかね?」

 知り合いの息子と知ってか、その大先輩たちが次々と隣に寄って来た。

「欲しい。おーい、リチェル! このおじさんが飴ちゃんをくれるそうだぞー!」
「えーっ、ほんとぉーっ!? 飴ちゃん、食べるぅー!」
「ちょっとお待ちになってっ、わたくしのことっ、お忘れではございませんことーっ!?」

 議員先生方は普通のいいおじさんたちで、コーデリアは護衛というよりただの腹ぺこだった。


 ・


 一行はイザヤ学術院の正門を目指して進んだ。
 その通りは昔、ジュリオとトマスと一緒によく歩いた懐かしい通りだ。

 それが今ではモンスターが闊歩する霧の通りになっている。
 俺の役目は正面の敵の排除で、霧からモンスターが現れるたびに狙撃を命じられた。

 背後と両翼は軍と議員先生たちが守ってくれた。
 結界剥がし担当のリチェルたちは中央で守られ、カミル先輩もそこで温存された。

「貴方がいると楽ですね。顔と人格以外は好ましいのですから、困ったものです」
「素直に褒めてくれ」

 正面の敵が即消滅するとあって、進軍はそう難しくなかった。
 俺たちはついにイザヤの正門前、分厚い霧の壁まで到着した。

「では私たちで結界を剥がします。引き続き、護衛は任せましたよ?」
「はっ、この命に代えましても!」

 俺たちは結界が解除されるまで、これから壁となって時間を稼ぐ。
 非戦闘員を連れて来ている以上、突破は許されない。

「何をやっているのです、グレイボーン。貴方もこっちです」
「んぐ……っ?!」

 ところがセラ女史に襟首を後ろから引っ張られた。
 お前は結界剥がしチーム側だと。

「おい、気でも狂ったか? 俺に魔法の才能はない」
「ですがこうも言うでしょう。バカとハサミは使いようです」

「バカで悪かったな……」
「とにかくこちらに来なさい! ほら、あそこの人から道具を受け取って」

「どの人だ? 見えん」
「世話の焼ける男ですね……!」

 セラ女史に引っ張られて霧の壁に近付いた。
 女史はご年輩の魔法使いの前まで俺を連れゆくと、忙しそうに俺を捨てて行った。

「坊や、セラ教官に気に入られてるのね~♪」
「んなわけないだろ……」

「はい、こちらをどうぞ~」

 ご年輩からは妙な物を渡された。
 もんじゃ焼きのヘラみたいなやつと、小さな手ぬぐい。
 それと透明の液体が入った小瓶だった。

 なるほど。
 で、これで俺にどうしろと……?

「いいですか、皆さん。これから結界剥がしを始めます。初見の方々はよく見ておくように。グレイボーン・オルヴィン、貴方はこちらへ!」
「あ、ああ……?」

 引き返して来た女史に引っ張られて、霧の結界の前に連れてゆかれた。
 この距離ならば女史の実演を見逃すこともなかった。

「この液体は俗称、結界剥がし液と呼ばれる品です。まずはこれを布に少量染み込ませ、対象に塗り付けます。……はい、その後30秒ほど待ちましょう」

 結界剥がし、液……?
 何だそれ? そんな物があるのか?
 なんか、想像していた流れと違う……。

 もっとこうファンタジーっぽく、みんなで結界に手とかかざして、光のなんかとかビビビーとか出したりして、そうやって解除するものとばかり思っていた……。

 ところが全然違った。

「コロコロ……飴ちゃん、おいしー」
「わたくしまで沢山いただいちゃってすみません。ああ、お砂糖の味がしますわ……」

 結界剥がし液は時間を停止させた。
 塗られた部分だけ霧の粒子が動かなくなり、まるで時が止まったかのように見えた。

「次にこの、結界剥がし銀のヘラを使います」

 俺にはどう見てももんじゃ焼きのヘラにしか見えないが、そういう名前らしい。

「これをこうやって、魔力をかけながら、薄皮を下から剥がし取るように、こそぐと……」

 銀のヘラが固まった霧の壁をこそいだ。
 すると青白くて薄くパリパリとしたものが剥離して、足下に落ちていった。

 落ちたそれはシャリシャリと綺麗な音を響かせる。
 そして粉末となったそれらは、青白い粒子となって少しずつ蒸発してゆく。

「この通り、結界の一部が剥がれます。2~3時間ほどこの作業を続ければ、どんな結界であろうとも強制的な解除が可能。どうか皆様、よろしくお願いいたします」

 なかなか綺麗であることは認めよう。
 だけどこれ、ただの肉体労働じゃないか……。
 ちょっとずつ削って壊すとか、地味過ぎだろ……。

「ほわーっ、楽しそうーっ!」
「わ、わたくしもっ、ちょっとだけやってみたいですわ……っ!」

 そうか……?
 これから3時間近くも、延々とシール剥がしみたいな作業をやらされるんだぞ……?
 俺なら5分で飽きるわー……。

 結界。英語にするとシール。
 だからシール剥がし液ってか……?
 なんだこのダジャレみたいなアイテム……。
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