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マレニアの二学期

・誕生の夜 - この指輪をお前に貰ってほしい -

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「恋人にするかはさておいて、彼女よりも妹を優先することはあるかもしれんな」

 そう俺が宣言すると、買い物を終えたのかリチェルたちが合流した。

「うわぁーー、公衆の面前で何言ってるんだし、この人ー……」
「お兄ちゃんっっ! リチェル、お兄ちゃんのこと、信じてたっ! リチェルがお兄ちゃんの彼女っ!」

 だいぶ意訳があるが、まあいい。
 成長すればいずれ気も変わる……。
 そういうもんだ……。

「グレイ、こっちは半額に出来たよ」
「え、半額……? マジか……」

「昔、父上にこつを習ってね」

 美形で、誠実で、金持ちで、都の土地勘があり、おまけに値引き交渉上手、か……。
 モテる要素しかねーな、コイツ……。

「ありがと、ボンちゃん! オレ、これで立派な泥棒になるよー!」
「泥棒じゃなくてスカウト装備だよ。刃物は危ないから、慎重に使おうね?」

「カミル様に教わるからへーきだもーん」
「あっ、そうだった! カミルお姉ちゃんっ、それっ、もっと弾いてーっ!」

「オレもカミル様の演奏聴きたい!」
「い、いや、でも、だいぶブランクが……」
「お願い、お姉ちゃんっ! すっごく、綺麗だったからっ、もっと聴きたいの!」

 やはり買って正解だった。
 先輩が演奏を始めると、リチェルとレーティアだけではなく、通りがかりの人々が足を止めて旋律に耳を寄せた。

 アコーディオンの音色は暖かく、オシャレで、なんというかレトロでこの都に似合う。

「グレイ、君は何か必要な物はないのかい?」
「俺……? ああ、自分のことを忘れていたな……」

「君ね……。よければ僕がガイド役になるよ」
「それは助かる。そうだな、では……ニスと黒色火薬が欲しい」

「か、火薬……っ?!」
「花火で使うやつだ。ないか?」

「ないと思うけど、一応、ニスと一緒に探してみようか……」
「助かる」

 ちょっと行ってくると一言伝えて、俺とジュリオはバザールを回った。
 リチェルたちは先輩のアコーディオンに夢中だった。


 ・


「あるもんだな」
「あ、ああ……なぜかあったね……」

 黒色火薬とニスが手に入った。
 俺たちは楽器屋に引き返し、リチェルたちの姿を探した。

「あー、あの子たちならあそこの店よー」
「すまんな、商売の邪魔をして」

「そうでもないわ。あの演奏でフルートが1本売れたの、またお願いしたいくらいだわ」
「そりゃ凄い」

 楽器屋を離れて、リチェルたちがいるという店に向かった。

「あーっ、男同士で手繋いでるーっ!」

 最初に気付いたのはレーティアだった。

「そうだが、何か問題でも?」
「いや、問題しかないよ……っ、グレイ……ッ」

「だがつまらんその見栄のために、俺が迷子になったらどうする?」
「そ、それはそうなんだけど……恥ずかしいよ、グレイ……」
「うわぁぁ……カワイソー……」

 俺はジュリオの左手を解放し、リチェルたちと合流した。
 しかしリチェルは俺を歓迎してくれなかった。
 何か欲しいものでもあるのか、物干し竿のような何かを握っている。

「リチェル、それが欲しいのか?」
「あ、お兄ちゃんっ! これっ、これ見てっ、かわいいっ!」

 それは杖だった。
 材質は重さからして錫。
 それがピンク色にメッキされて、先っぽには青いガラス玉がはめられていた。

「これ、欲しい……」
「む……うむ……」

 これは見た目9割、性能1割ってところだな。
 これならマレニア支給の杖の方がずっといい。
 それにまだ渡されていないが、リチェルにはハンス先生の杖もある……。

「お兄ちゃん、買って!」
「いや、待て。これよりいいものが……あー、どこかに落ちているかもしれんぞ……? たとえばそう、実家とか……?」

「リチェル、これがいい……」
「リチェルよ、それは見た目はとてもいいが、魔法使いの杖としてはイマイチだ」

 もし俺がリチェルにこれを買ってやったら、ハンス先生とあの杖はどうなる……?

「買って、くれないの……? こんなにかわいいのに……。レーティアちゃんには、買ったのに……?」
「そーだそーだーっ、買ってやんなよーっ!」

 お前まで余計なことを言うな……っ。
 いや、この杖は買えん。
 インテリアにはなるが、こんな物を持って迷宮には行かせられん。

「グレイ、僕たちから提案がある」
「確かにあの杖はリチェルちゃんに持たせるべきではないね。そこでだけど」

 困り果てていると、カミル先輩とジュリオが助け船を出してくれた。
 カミル先輩は俺の手を取り、何か箱のような物を握らせた。

 それは紺色の化粧箱で、開けてみると中には青く澄んだサファイアの指輪が入っていた。

「リチェルの指にはでかいぞ……?」
「だが十分に気をそらせる。お値段もなんと、銀貨30枚だ」

 サファイアにしては嫌に安いな……?
 傷があるわけでもなく、偽物にも見えない。
 少なくともこの屈折率は宝石のそれだ。

「リチェル、そんな物より俺からプレゼントしたい物があるんだ」
「やだ、リチェルこれがいいっ!」

「この指輪をお前に貰ってほしい」
「うわ……っ、普通、そういう言い方する……?」

 なんか茶々が入ったが無視して、リチェルの手を取り、ぶかぶかの指輪をはめた。
 いや、全くはまってないんだが。

「あっ?! お、お兄ちゃん……っ。これを、リチェルに……っ?」
「あの渡し方、誤解しないかい……?」
「ああ、僕なら誤解するかもしれない……」

 茶々がうるさい……!
 だがリチェルは指輪を貰ってご機嫌だ。

 助かった……。
 これでハンス先生の杖の出番も奪われず、冒険に持って行くには危険な杖を排除出来た。

 めでたし、めでたし、だ……。

「大人になったら指に合うよう、サイズを調整してもらおう」
「うんっ! リチェル、お兄ちゃんのお嫁さんになるっ!」

「そうかそうか、大人になったらな!」
「うんっ、うんっ!! 絶対、なるっ!!」
「ねー……止めなくていいのー……? リチェルのやつ、ガチの顔だけどー……?」
「将来ツケを払うのは彼だ。僕にはもう言葉が見つからないよ」

 心配いらない。
 いつかリチェルは自立して、兄を省みなくなる。
 俺は銀貨を払い、最愛の妹にかわいいサファイアの指輪をプレゼントした。

「さて、用事がないならそろそろ場所を変えるか?」
「うんっ! えへ、えへへへ、えへえへえへぇ……♪」

「リチェル、駅まで案内してくれ」
「グレイ」

「なんだ、ジュリオ、邪魔するな」
「忘れてないかい? コーデリアさんのことを」

「……あ」

 危うくコーデリアを置き去りにして、別の場所に遊びに行くところだった。
 早い時間に出かけたのもあって、時刻はまだ昼過ぎ。

 もう少し仲間とつるみたい気分だった。
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