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マレニアの二学期
・マレニアの二学期 - 冒険に行こう -
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ジーンのことは残念だったが、それはそれ、これはこれ。
1学期の迷宮実習で好成績を上げた俺は、ある許可証の発行をマレニアに申請した。
「羨ましいですわ……。その許可証があれば、わたくしも学びながら働けたというのに……」
「ふっ……いいだろう?」
「くぅぅーーっっ、羨ましい羨ましいっ、とってもっ、羨ましいですわーっっ!!」
「時々子供っぽいな、お前……」
その許可証には『この者はマレニアの学年10位以内に入った猛者につき、仕事を斡旋するように』と、お墨付きの文面が記されている。
学びながら実戦経験も積みたいという、血気盛んな生徒がかつていたんだろう。
とにかくこれがあれば若者であろうと舐められない。
請けられる仕事がランクに縛られる冒険者業界で、良い仕事を斡旋してもらえる夢の許可証だった。
「お兄ちゃん、気を付けてね……?」
「心配させてしまったか? 大丈夫だ、最初は簡単な仕事をもらうことにする」
ちなみに念願叶ってここは女子寮、リチェルたちの部屋。
テーブルの向かいにはコーデリア、右隣にはうつむくリチェルがいる。
「リチェル、心配……。お兄ちゃん、すごく強いけど……周り、見えないし……心配……」
「大丈夫だ。それより今度、お兄ちゃんと服でも買いにいかないか?」
「い、いい……。リチェル、お兄ちゃんと一緒に居られたら、それだけでいいもん……」
買い物より一緒に過ごせる休日がいい。
それがリチェルの望みだった。
本来なら叶えてやりたいところだったが、今はそうもいかない。
「リチェルちゃんはわたくしにお任せを」
「ありがとう。コーデリアがいて助かった……」
「親友のためですもの! さっさと事件を終息させて、むさ苦しい男子寮に帰れですのよっ!」
「出来ればずっとここに居たいんだが?」
「うんっ! リチェルもそれがいいっ、そうしよっ!」
「それは叶わぬお願いですわ! 特例であるのを、お忘れなく!」
「俺はただ、妹とずっと一緒に居たいだけなのに……」
「えへへ……リチェルもーっ!」
さて、そろそろ冒険者ギルドに行くか。
俺は許可証をしまい、席を立って重弩を抱え上げた。
「目を離すなよ?」
「ええ、お任せを」
コーデリアが無償でリチェルを護衛してくれることになった。
金貨を渡そうとしても、彼女はかたくなに受け取らなかった。
「いつ、終わる……? 終わったら、お迎えに行く……」
「それは仕事次第だな。終わったら土産を買ってすぐに帰るよ」
「おみやげ、いらない……。早く帰って来てね……?」
「心配し過ぎだ。ではな」
リチェルたちの部屋を出て、女だらけの女子寮を堂々と歩き、近場の冒険者ギルドに向かった。
・
近場と思って油断していた……。
冒険者ギルドにたどり着くのに、まさか1時間弱も迷子になるとは……。
それも自分の足ではなく、見るに見かねた親切な少女に、道案内をしてもらうことになってしまった。
「ありがとう、本当に助かった」
「気にすることねーよっ、うちのおっとうも、冒険者だったんだっ!」
「そうだったか。詳しいわけだ」
「がんばれなーっ、迷子のにーちゃん!」
「ははは……参ったな。ああこれ、よかったら――」
「いらね! 生きて帰って来い!」
その子は謝礼も受け取らずに立ち去った。
俺は後ろを振り返り、近場の冒険者ギルド支部に入った。
受付はカウンターっぽいあそこだろうか。
人影があったのでその人に許可証を突き付けた。
「マレニア魔術院の一年生のグレイボーンだ、仕事をくれ」
「うちは宿屋、ギルドは反対側だよ」
若干あっけに取られたような、しゃがれたお婆さんの声だった。
「すまん、機会があったらまた来る」
「はいよ。はぁ、変な子だねぇ……」
建物を出て、向かいの建物に入り直した。
「マレニア魔術院の一年生のグレイボーンだ、仕事をくれ」
そしてさっきとほぼ同じことをした。
すると店内にたくさんの笑い声が広がった。
「あいよ、どんな仕事をお探しで?」
「そうだな……単独で出来る仕事がいい。よくある危険地帯での薬草採集とか……」
「その目でか?」
「ああ、何か問題でも?」
「お前、弱視の重弩使いグレイボーンだろ? どうやってその目で、薬草を見つけるんだ?」
受付がそう俺に聞くと、また周囲から笑いがこだました。
あまり雰囲気のよくない店だった。
「目が悪いとよくわかったな」
「ダイダロスの有名人だからな、お前は。で、どうやってその目で薬草を探すんだ?」
「勘と匂いでがんばってみるつもりだ」
「いや、無理だろ……」
「そうか……?」
職員が無造作にバインダーを俺に渡した。
受け取ってそれにド近眼を近付けると、また周囲から笑い声が上がる。
「このドラゴン討伐というやつは、ソロじゃ請けられないのか?」
「無理だね。それにその仕事はAランクからだ」
「……なら薬草採集で」
「出来るのか? ……これ、何本に見える?」
職員が手を上げた。
俺がそれに顔を近付けようとすると、すぐに引っ込められてしまった。
「1、2本、あるいは3、4本、または5本だ」
「おい、大丈夫か、お前……?」
「大丈夫だ。いいから任せてくれ」
「いやぁ、そう言われてもなぁ……?」
受付は仕事を与えるべきか迷っていた。
確かに常識的に考えると、まあ無謀なようにも見えなくもないが、大丈夫だ、きっと!
「いいじゃねぇか、やらせてみせろよ」
「俺はのたれ死ぬのに銀貨2枚賭ける」
「そもそも現地にたどり着けないのに銀貨5枚だ!」
店の利用者――つまり冒険者たちは、人をネタにしてバクチを始めた。
「なら俺は無事に手ぶらで戻ってくるのに、銅貨3枚出すよ」
それに受付まで加わった。
「ほら、依頼書だ、確認してみろ」
依頼書にはこうあった。
『下図の特徴を持った薬草を探しています。ベースハーブ銅貨1枚、レッドハーブ銅貨3枚、イエローハーブ銅貨2枚――』
だいぶしょっぱい単価だ。
これは大儲けとはいかなそうだ。
「で、請けるの? 請けないの?」
「場所はわりと近いな。やる」
「ならこれ、採集籠な。ありったけ集めて帰って来い」
「わかった」
籠を背負って店を出ようとすると、またはやし立てられた。
どうも空気の悪い店だ。
次からは他の支部に行くことにしよう。
青のトラムに乗って、いつかの実習のように乗り継いで、依頼の採集ポイントに向かった。
1学期の迷宮実習で好成績を上げた俺は、ある許可証の発行をマレニアに申請した。
「羨ましいですわ……。その許可証があれば、わたくしも学びながら働けたというのに……」
「ふっ……いいだろう?」
「くぅぅーーっっ、羨ましい羨ましいっ、とってもっ、羨ましいですわーっっ!!」
「時々子供っぽいな、お前……」
その許可証には『この者はマレニアの学年10位以内に入った猛者につき、仕事を斡旋するように』と、お墨付きの文面が記されている。
学びながら実戦経験も積みたいという、血気盛んな生徒がかつていたんだろう。
とにかくこれがあれば若者であろうと舐められない。
請けられる仕事がランクに縛られる冒険者業界で、良い仕事を斡旋してもらえる夢の許可証だった。
「お兄ちゃん、気を付けてね……?」
「心配させてしまったか? 大丈夫だ、最初は簡単な仕事をもらうことにする」
ちなみに念願叶ってここは女子寮、リチェルたちの部屋。
テーブルの向かいにはコーデリア、右隣にはうつむくリチェルがいる。
「リチェル、心配……。お兄ちゃん、すごく強いけど……周り、見えないし……心配……」
「大丈夫だ。それより今度、お兄ちゃんと服でも買いにいかないか?」
「い、いい……。リチェル、お兄ちゃんと一緒に居られたら、それだけでいいもん……」
買い物より一緒に過ごせる休日がいい。
それがリチェルの望みだった。
本来なら叶えてやりたいところだったが、今はそうもいかない。
「リチェルちゃんはわたくしにお任せを」
「ありがとう。コーデリアがいて助かった……」
「親友のためですもの! さっさと事件を終息させて、むさ苦しい男子寮に帰れですのよっ!」
「出来ればずっとここに居たいんだが?」
「うんっ! リチェルもそれがいいっ、そうしよっ!」
「それは叶わぬお願いですわ! 特例であるのを、お忘れなく!」
「俺はただ、妹とずっと一緒に居たいだけなのに……」
「えへへ……リチェルもーっ!」
さて、そろそろ冒険者ギルドに行くか。
俺は許可証をしまい、席を立って重弩を抱え上げた。
「目を離すなよ?」
「ええ、お任せを」
コーデリアが無償でリチェルを護衛してくれることになった。
金貨を渡そうとしても、彼女はかたくなに受け取らなかった。
「いつ、終わる……? 終わったら、お迎えに行く……」
「それは仕事次第だな。終わったら土産を買ってすぐに帰るよ」
「おみやげ、いらない……。早く帰って来てね……?」
「心配し過ぎだ。ではな」
リチェルたちの部屋を出て、女だらけの女子寮を堂々と歩き、近場の冒険者ギルドに向かった。
・
近場と思って油断していた……。
冒険者ギルドにたどり着くのに、まさか1時間弱も迷子になるとは……。
それも自分の足ではなく、見るに見かねた親切な少女に、道案内をしてもらうことになってしまった。
「ありがとう、本当に助かった」
「気にすることねーよっ、うちのおっとうも、冒険者だったんだっ!」
「そうだったか。詳しいわけだ」
「がんばれなーっ、迷子のにーちゃん!」
「ははは……参ったな。ああこれ、よかったら――」
「いらね! 生きて帰って来い!」
その子は謝礼も受け取らずに立ち去った。
俺は後ろを振り返り、近場の冒険者ギルド支部に入った。
受付はカウンターっぽいあそこだろうか。
人影があったのでその人に許可証を突き付けた。
「マレニア魔術院の一年生のグレイボーンだ、仕事をくれ」
「うちは宿屋、ギルドは反対側だよ」
若干あっけに取られたような、しゃがれたお婆さんの声だった。
「すまん、機会があったらまた来る」
「はいよ。はぁ、変な子だねぇ……」
建物を出て、向かいの建物に入り直した。
「マレニア魔術院の一年生のグレイボーンだ、仕事をくれ」
そしてさっきとほぼ同じことをした。
すると店内にたくさんの笑い声が広がった。
「あいよ、どんな仕事をお探しで?」
「そうだな……単独で出来る仕事がいい。よくある危険地帯での薬草採集とか……」
「その目でか?」
「ああ、何か問題でも?」
「お前、弱視の重弩使いグレイボーンだろ? どうやってその目で、薬草を見つけるんだ?」
受付がそう俺に聞くと、また周囲から笑いがこだました。
あまり雰囲気のよくない店だった。
「目が悪いとよくわかったな」
「ダイダロスの有名人だからな、お前は。で、どうやってその目で薬草を探すんだ?」
「勘と匂いでがんばってみるつもりだ」
「いや、無理だろ……」
「そうか……?」
職員が無造作にバインダーを俺に渡した。
受け取ってそれにド近眼を近付けると、また周囲から笑い声が上がる。
「このドラゴン討伐というやつは、ソロじゃ請けられないのか?」
「無理だね。それにその仕事はAランクからだ」
「……なら薬草採集で」
「出来るのか? ……これ、何本に見える?」
職員が手を上げた。
俺がそれに顔を近付けようとすると、すぐに引っ込められてしまった。
「1、2本、あるいは3、4本、または5本だ」
「おい、大丈夫か、お前……?」
「大丈夫だ。いいから任せてくれ」
「いやぁ、そう言われてもなぁ……?」
受付は仕事を与えるべきか迷っていた。
確かに常識的に考えると、まあ無謀なようにも見えなくもないが、大丈夫だ、きっと!
「いいじゃねぇか、やらせてみせろよ」
「俺はのたれ死ぬのに銀貨2枚賭ける」
「そもそも現地にたどり着けないのに銀貨5枚だ!」
店の利用者――つまり冒険者たちは、人をネタにしてバクチを始めた。
「なら俺は無事に手ぶらで戻ってくるのに、銅貨3枚出すよ」
それに受付まで加わった。
「ほら、依頼書だ、確認してみろ」
依頼書にはこうあった。
『下図の特徴を持った薬草を探しています。ベースハーブ銅貨1枚、レッドハーブ銅貨3枚、イエローハーブ銅貨2枚――』
だいぶしょっぱい単価だ。
これは大儲けとはいかなそうだ。
「で、請けるの? 請けないの?」
「場所はわりと近いな。やる」
「ならこれ、採集籠な。ありったけ集めて帰って来い」
「わかった」
籠を背負って店を出ようとすると、またはやし立てられた。
どうも空気の悪い店だ。
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