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マレニア魔術院の一学期

・終業式と夏期休暇 - 間男と銀の杖 -

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 故郷での生活はマレニアとは正反対だった。
 都の人たちと比べると領地の人間はとにかくマイペースで、何もかもがゆっくりと進行していった。

 ある日は車軸を直し、またある日は技師の風車の修理を手伝い、暇な日は街道の整備に加わった。

 マレニアでは身体を動かすのが日常だったので、荒れた道を均したり、草や木の根を労働者と一緒に伐採したり、石を砕いて砂利にするのは苦でもなかった。

 リチェルと一緒に遊びに行ったり、メテオの練習にも付き合った。
 そんなのんびりとした田舎で、働きながらのんびりと生きれば、夏期休暇なんてほんの一瞬のことだった。

 ところが2学期を4日後に控えたある日、俺は奇妙な物を見つけてしまった。
 借りた本を置きにハンス先生の部屋を訪れると、妙な物が壁に立てかけてあった。

「杖……? リチェルのために作った――って割には、古いな」

 その杖は両手持ちの古めかしいものだった。

 鉄か錫と思ったが、持ってみるといやに軽い。
 金属光沢が白く、まるでアルミで出来ているかのようだった。

 杖には無数の傷があり、軽かろうと今のリチェルが使うには大きい。

「あ、ああ……っっ?!」
「あ、勝手にすまん、ハンス先生。だけどこれ、なんだ?」

「い、いや、それは……その……」
「リチェルのために中古を手に入れて来た――」

「そ、そうなんだっ!」
「って感じじゃないよな。リチェルには少し大きいし、材質が特殊だ」

 どっちにしろ値打ち物だ。
 価値がわかる者なら、この金属にそれなりの金を出してくれるだろう。

「君に疑われたくないから、素直に白状するよ……。それ、魔法の杖なんだ……」
「そんなの見ればわかる」

「そ、そうだね、ははは……」
「なんで先生が、こんなのを持ってる?」

「ぼ……僕のだからだよ……」
「先生が魔法? 魔法使いだったのか?」

 そうは見えない。
 やさしいけどパッとしないし、敵と戦えるような覇気もない。
 目を近付けて表情を確かめてみても、先生はヘタレのままだった。

「じ、実はね……僕、君とリチェルのように、マレニアに通っていた頃があったんだよ……」
「え…………マジで……? すまん、そうは全く見えない……」

「ははは……でもまるで向いてなかったんだ……。才能がなくて、結局実習が怖くて、中退してしまって、それで工芸職人になったんだよ……」

 この気弱な間男に、そんな過去があったなんて意外だ……。
 杖を渡そうとすると、ハンス先生は受け取りを拒んだ。

「触りたくないのか?」
「うん……実家には、勘当されていてね……。そう、触りたくないんだ、あまり……」

 杖を元の場所に戻すと、先生は安心したのかため息を漏らした。

「リチェルがもう少し大きくなったら、譲ろうかな……。いや古臭くて、今時の子は嫌がるかな……どう思う、グレイボーンくん?」
「アイツなら、キラキラで綺麗って言うだろうな」

「ははは、きっとそうだね……」
「それはそうと、1つ気付いたことがある」

 やや挑戦的に俺が言うと、ハンス先生は少しうろたえた。
 後ろめたいというより、何を言われるか不安になったのだろう。

「な、なんだい……?」
「……セラ女史」

「うっっ?!!」
「リチェルとセラ女史を誰が結び付けたのか、ずっと謎だった」

 日曜学校の教師だったハンス先生は、司祭様とも懇意だ。

「う、あ……それは……っ」
「俺がイザヤで勉学に励んでいる間に、セラ女史をここに招いてリチェルを育成させたのは、貴方ですね、先生」

「ご……ごめ、ごめんよ……っ。僕はでも、まさか、あの人があんな腹だったなんて……っ」

 セラ女史のことを思い出したのか、ハンス先生は震え上がった。
 先生は娘のリチェルのためを思って、セラ女史を紹介したのだろう。
 だが招いた女は毒蛇だった。

「恐い人だよな」
「ああ、とてもね……。呼んだ当日に、後悔したくらいには恐い人だ……」

「俺なんて顔を合わせるたびに殴られるか、手を豚足にされるか、足をカエルにされる」
「え、ええええーっっ?!」

「これからは先生ではなく、ハンス大先輩と呼ぼう。先生さえ嫌でなければ」
「嫌だよ、忘れたい過去なんだ、勘弁してくれ!」

 リチェルに才能があったのはその血筋ゆえ。
 性格的にまるで向いてないハンス先生をマレニアに通わせる辺り、きっと実家はそれなりの名家だったのだろう。

 リチェルのあの異常な魔力はそうとしか考えようがない。

「もうちょっとリチェルがでかくなったら、杖を譲ったらいい。リチェルは父親よりずっと勇敢だ」
「ははは……。ダメダメだった僕の代わりに、娘がマレニアの教官方を驚かせていると思うと、僕はちょっと誇らしいんだ……」

「同感だ。俺の妹は天才だ」
「はは。二学期もあの子をお願いします、グレイボーンくん」

「こちらこそ。あんなにかわいい子をこの世に生み出してくれてありがとう、先生」

 そう返すとハンス先生は急に押し黙った。

「……ね、念のために言っておくけど、あのね……近親相姦とかは、だめだよ……?」

 大事な妹にんなことするか、バカ。

「ははは、母さんを父さんから寝取っておいて――」
「う……っっ?!!」

「偉そうによく言うものだ」
「ごめん……」

 もうじき二学期が始まる。
 領地の補修作業もやっと落ち着いてきた。
 明日からリチェルとの時間を増やそう。

 都ダイダロスに戻り、ジュリオとトマス、コーデリアとカミル先輩、あとジーンとガーラントさんと顔を合わせるのが、今からもう楽しみだった。
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