45 / 107
マレニア魔術院の一学期
・終業式と夏期休暇 - 故郷にて -
しおりを挟む
俺たちは故郷、オルヴィン領に帰った。
あっちで食べるチョコに、チョコクッキーに、チョコドーナッツと、チョコカステラと、チョコスコーンを土産に。
工芸家でもあるハンス先生には、新しいノミと革グローブと、少し高級なウィスキー。
母さんには、都で流行りの化粧品と、人様に見栄のはれる牛皮のバッグ、それとラピスラズリが付いた銀のネックレスを買って帰った。
「グレイボーンくん……。ああ、すまない……本当にすまない……」
夕飯の席で、リチェルと一緒に2人に渡した。
ハンス先生は半泣きになってプレゼントを喜んだ。
生徒から母親を奪った咎は、いまだに先生の胸を苦しめているようだった。
「こんな物を……。グレイボーン、お金はどうしたのです?」
「迷宮実習の日に俺が稼いだ。母さん、父さんの目に狂いはなかったんだよ」
そして金を見せた。
10枚は豪遊に、もう10枚は友人に貸したので、金貨480枚が入った袋が食卓のド真ん中に輝くことになった。
母さんは悲鳴を上げ、ハンス先生はひっくり返り、リチェルは倒れた先生を介抱した。
どこかで父さんがこの光景を見てくれていたらと思う。
父さんは間違っていなかった。
まともな仕事に就けるかも怪しい息子を、重弩使いに育てようとしたのは、常識的に見れば正気の沙汰ではなかっただろうが――決して間違っていなかった。
「どうだ母さん、思い知ったか?」
「あの人が正しかった。貴方はそう言いたいのね?」
「そうだ。普通に考えたら虐待や異常行動だったかもしれないが、ロウドック・オルヴィンは、正しかった」
「そう、よかった……」
どんな反応を返すか予想もつかなかった。
けれど母さんが見せたのは安堵だった。
大きなハンデを抱えた息子が、まさかの大金を手に入れて帰って来た。
親からすれば喜ばしい以外に感想なんてないだろう。
「もっと悔しがってほしいんだが……?」
「貴方はお父さんっ子だったものね」
「あ、ああ、まあな……」
席を立ち、ラピスラズリのブローチを母さんの胸元に着けた。
女の身で領主の仕事を代行しているのは母さんだ。
これで近隣の領主に舐められたりしないだろう。
「素敵」
「当然だ。リチェルが選んだんだからな」
母さんに顔を近付けると、とても幸せそうに笑っていた。
心から安心していて、なんか調子が狂う……。
父さんが正しかったと、勝ち誇ってやるつもりだったのに。
「10枚は手元に残すとして、残りは家に入れるよ」
袋から金貨10枚をつまみ取って、袋を閉めた。
「助かるわ。最近出費が多くて」
「出費? たとえば?」
「領地の風車が故障して、今はお隣の領地のものを借りているの」
「それは困るな……直そう」
「それと共用の荷馬車の車軸が壊れたり、街道もデコボコになっていて、前から苦情が来てるの。あの人がここを開拓して、もう20年以上が経っているから……」
前向きに考えよう。
金の使い道があるのはいいことだ。
街道整備となるとたくさんの労働者が必要で、かなり予算がかさみそうだが……。
足りなくなったらまた稼げばいい。
最終的にそれらは、リチェルの物になるのだから。
「ここは当時、国の支援で一気に開拓されたのよ。だから一気に、ガタが来たのよ……」
「よし、なら俺も手伝おう。イザヤで学んだ工学の知識の出番だ」
風車はさすがに無理だが、車軸くらいなら直せるはずだ。
「立派になったわね……」
「父さんの勝利だ」
「ええ、私の負けよ。あの人が正しかったわ」
「はは、その言葉が聞きたかった」
目標達成だ。
母さんへのマウントに満足すると俺は席に戻り、ハンス先生がこの日のために用意してくれたビーフシチューを口に入れた。
……もう、だいぶ冷めていたがな。
あっちで食べるチョコに、チョコクッキーに、チョコドーナッツと、チョコカステラと、チョコスコーンを土産に。
工芸家でもあるハンス先生には、新しいノミと革グローブと、少し高級なウィスキー。
母さんには、都で流行りの化粧品と、人様に見栄のはれる牛皮のバッグ、それとラピスラズリが付いた銀のネックレスを買って帰った。
「グレイボーンくん……。ああ、すまない……本当にすまない……」
夕飯の席で、リチェルと一緒に2人に渡した。
ハンス先生は半泣きになってプレゼントを喜んだ。
生徒から母親を奪った咎は、いまだに先生の胸を苦しめているようだった。
「こんな物を……。グレイボーン、お金はどうしたのです?」
「迷宮実習の日に俺が稼いだ。母さん、父さんの目に狂いはなかったんだよ」
そして金を見せた。
10枚は豪遊に、もう10枚は友人に貸したので、金貨480枚が入った袋が食卓のド真ん中に輝くことになった。
母さんは悲鳴を上げ、ハンス先生はひっくり返り、リチェルは倒れた先生を介抱した。
どこかで父さんがこの光景を見てくれていたらと思う。
父さんは間違っていなかった。
まともな仕事に就けるかも怪しい息子を、重弩使いに育てようとしたのは、常識的に見れば正気の沙汰ではなかっただろうが――決して間違っていなかった。
「どうだ母さん、思い知ったか?」
「あの人が正しかった。貴方はそう言いたいのね?」
「そうだ。普通に考えたら虐待や異常行動だったかもしれないが、ロウドック・オルヴィンは、正しかった」
「そう、よかった……」
どんな反応を返すか予想もつかなかった。
けれど母さんが見せたのは安堵だった。
大きなハンデを抱えた息子が、まさかの大金を手に入れて帰って来た。
親からすれば喜ばしい以外に感想なんてないだろう。
「もっと悔しがってほしいんだが……?」
「貴方はお父さんっ子だったものね」
「あ、ああ、まあな……」
席を立ち、ラピスラズリのブローチを母さんの胸元に着けた。
女の身で領主の仕事を代行しているのは母さんだ。
これで近隣の領主に舐められたりしないだろう。
「素敵」
「当然だ。リチェルが選んだんだからな」
母さんに顔を近付けると、とても幸せそうに笑っていた。
心から安心していて、なんか調子が狂う……。
父さんが正しかったと、勝ち誇ってやるつもりだったのに。
「10枚は手元に残すとして、残りは家に入れるよ」
袋から金貨10枚をつまみ取って、袋を閉めた。
「助かるわ。最近出費が多くて」
「出費? たとえば?」
「領地の風車が故障して、今はお隣の領地のものを借りているの」
「それは困るな……直そう」
「それと共用の荷馬車の車軸が壊れたり、街道もデコボコになっていて、前から苦情が来てるの。あの人がここを開拓して、もう20年以上が経っているから……」
前向きに考えよう。
金の使い道があるのはいいことだ。
街道整備となるとたくさんの労働者が必要で、かなり予算がかさみそうだが……。
足りなくなったらまた稼げばいい。
最終的にそれらは、リチェルの物になるのだから。
「ここは当時、国の支援で一気に開拓されたのよ。だから一気に、ガタが来たのよ……」
「よし、なら俺も手伝おう。イザヤで学んだ工学の知識の出番だ」
風車はさすがに無理だが、車軸くらいなら直せるはずだ。
「立派になったわね……」
「父さんの勝利だ」
「ええ、私の負けよ。あの人が正しかったわ」
「はは、その言葉が聞きたかった」
目標達成だ。
母さんへのマウントに満足すると俺は席に戻り、ハンス先生がこの日のために用意してくれたビーフシチューを口に入れた。
……もう、だいぶ冷めていたがな。
1
お気に入りに追加
376
あなたにおすすめの小説
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜
EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」
優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。
傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。
そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。
次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。
最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。
しかし、運命がそれを許さない。
一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか?
※他サイトにも掲載中
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス
於田縫紀
ファンタジー
雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。
場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる