視力0.01の転生重弩使い 『なんも見えんけど多分味方じゃないからヨシッ!』

ふつうのにーちゃん

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マレニア魔術院の一学期

・終業式と夏期休暇 - この友情が永遠に続くことを -

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 タイミョウ軒は持ち帰りのオムレツとメンチカツを付けてくれた。
 さらには金貨1枚をお釣りとして返してくれた上に、コック長が軒先までお見送りまでしてくれた。

「こんなに気持ちよく食ってくれるお客は初めてだ!! また来てくれ、歓迎する!!」

 コック長はテカテカとした色黒の肌が特徴の、なかなかカッコイイおっさんだった。

「うぷっ……た、食べ過ぎましたわ……。んぐぷ……っっ」

 大物になると、お釣りは募金箱にガシャンとぶち込むものらしい。
 というわけで豪遊で強気になっていた俺は、その金貨1枚をコーデリアのポケットに忍び入れた。

 背中に天使の寝息を立てるリチェルをおぶりながらのことだった。

「グレイ、ちょっと2人だけで話したいことがあるんだ。少しだけいいかな?」
「なんだ、愛の告白か?」

「よくわかったね。ちょっとこっちへ……」
「わかった。トマス、悪いがコーデリアを頼む」
「ぼ、僕が……!?」

「任せた」

 トマスは女性にあまり縁がない。
 いつもジュリオとつるんでいたので、女子生徒の注目は全てジュリオに奪われていたとも言う。

 そんなジュリオの背中を追って路地裏に入ると、彼は暗がりの中でこちらに振り返った。

「で、なんだ?」
「君が陥れられて、殺されかかった件のことだけど」

「俺が? いつ?」
「一昨日、君は難易度レベル227の迷宮に挑まされただろう……?」

 ああ、あのことか。
 殺されかかってはいないが、確かにまあ、まんまと陥れられた。

「しかしレベル227? あれが? そいつは何かの間違いだろう」
「父が言うには、国はあの迷宮をS級に指定したそうだ。これであの迷宮には、A級冒険者以下は挑めなくなったわけだね」

「ははは、そんなはずはないだろう。むしろ、ぬる過ぎて退屈だったぞ?」

 そう返答すると、なぜかわからんがジュリオは俺に呆れ返った。

「君は優秀な男だけど、周りが全く見えないという、大きな弱点があるね……」
「ま、この目じゃ確認しようがないからな。俺なりに大ざっぱに生きるしかない!」

「たくましいなぁ、本当に……」

 顔をジュリオに近付けると、どうやらだいぶ心配させてしまっていたようだ。
 女子生徒にチヤホヤされまくりのブロンドのイケメンに、俺はどこか切ない目で見つめ返されてしまった。

「ジーンと言ったかな。君の友人を、父上と僕はサポートすることになった。必ず犯人を見つけてみせるよ」
「そうか」

 ジュリオは友達がいのあるいいやつだ。
 その父親のバロック次官には、これでますます貸しを作ってしまったことになる。

 しかし良い借りと、悪い借りがあるとすれば、これは前者だろう。

「助かる。俺が狙われる分にはいいんだが、次の矛先がこの子に行くかもしれない。そう考えると、ちょっと怖いな……」
「父上も僕もその可能性が高いと踏んでいる。護衛をしっかりね」

「忠告ありがとう。さて、そろそろ戻るか」
「待って。……まだ1つ、言いたいことが残っている」

「今度こそ愛の告白か?」

 冗談で言ったのに、ジュリオが黙り込むからこっちが驚かされた。
 ジュリオは女子生徒に誘われても全くなびかない。

 もしや、ホモか……?
 そう疑ったことも数回ではなかった。

 だってそうだろう。
 モテるのになんで彼女がいない?
 そんなのおかしいだろ。
 いくら勉強家だからといって、女っ気が全くないのはなんでなんだ?

「グレイ……僕はね、君と一緒に卒業出来ないのが残念で……。とても悔しいんだ……」
「すまん」

「いいんだ、今の君は生き生きとしている。君はマレニアで学ぶべきだったんだよ」
「ああ、通ってみるととても楽しい。要領の悪い俺に、冒険者として生きる上で必要な知識も授けてくれる」

 もしド近眼の重弩使いが、専門の学校に通うことなく冒険者ギルドを訪ねても、そう簡単には仕事を任せてはくれなかっただろう。

 冒険者ギルドは未経験者歓迎、即日から就労可能の日雇いバイトみたいな世界だが、この世界でも要領の悪いやつはお呼びではない。

 だがマレニアで経験を積めば、弱視というハンデを背負っていても、きっとどうにかなるだろう。

「グレイ!」

 らしくもなくジュリオが叫んだ。

「なんだ?」


「君さえよかったら、卒業した後も……っ! 僕とずっと友達でいてくれっ!」


 さらにはジュリオに両肩を掴まれた。
 ぼんやりと目に浮かぶジュリオの顔は真面目そのものだ。
 『なぜそこまで?』と、疑問を感じるほどに彼は必死だった。

「立場が変われば人間関係も変わってゆくものだけどっ! それでもっ、僕はずっとっ、君と友達でいたいんだっ!!」
「そんなの当然だろ。止めるわけがない」

 なんか、青春だな……。
 ジュリオにとって、友情はとても大切なものなのだろうな……。
 人生2週目だが、こんなにしっかりと青春したの初めてかもしれん。

 ええっと……。
 こういう時、どうすりゃいいんだ?
 夕日に向かって駆けるのは、古いよな?
 てかもう沈んでるし?
 方角的にこれだと、夕日に向かって潜れになるし?

 青春って、どうすりゃいいのか、わからん。

「それじゃ約束だ! 卒業した後も僕たちは互いに助け合って行こう! 困ったことがあったら、なんだって僕に言ってくれ、グレイ!」
「お前にもバロック次官にも山ほど貸しがある。これからも世話になるのが、申し訳ないくらいだ」

 いつか親切にしてくれた恩義を返せるといいんだが……。

「これからもよろしく、ジュリオ。頼りにさせてもらう」

 手を上げてハイタッチを誘うと、ジュリオは戸惑った。
 あまりこういうのはしない真面目で上品な学生だからな、コイツ。

「俺と同じように手を上げろ」
「こ、こうかい……?」
 
「よしっ! よろしくな、ジュリオ!!」

 言われるがままのジュリオの手に、手のひらをぶつけてハイタッチを交わした。
 正確に確認したわけではないがぼやける視界の中で、ジュリオがまるで少年のように笑ったような気がした。

 そんな俺たちのやり取りを――

「へ、へへ……えへへへ……」

 リチェルが背中の後ろからタヌキ寝入りで見ていたとしたら、どうする?

「リチェル、起きてたのか、お前……?」
「や、やぁ……なんか恥ずかしいところを見せてしまったね……」
「うーうんっ! えかった!」

 ウキウキしてたまらないのか、リチェルが背中でモゾモゾと暴れた。
 ジュリオの情熱にあてられてか、だいぶ興奮しているようだった。

「リチェル、わかった! これが青春! ジュリオはお兄ちゃんが、大大大っ、大好きっ!」
「ちょっ?! 大声でそういうこと言わないでよっ、リチェルちゃんっ!?」

「むふっ、むふふふ……。リチェルも、コーちゃんと青春、して来る!」

 妹は兄の背中から降りて、来た道を引き返していった。
 迷うことなくタイミョウ軒の前に戻れるところからして、最初からタヌキ寝入りだった疑惑が浮上した。

「俺たちも腕でも組んで戻るか」
「腕? 腕は組んだことないんだ。どうすればいいんだ、グレイ?」

「いや真面目かよっ!」

 相棒の背中を押してみんなのところに戻った。
 するとそこには、ハプニングがもう1つ残っていた。

「わわわわっわたくしっ、わたくしやってませんわっ!! あえて言うなら無意識がっ、無意識がっ、わたくしがそそのかしたんですのーっ!!」

 コーデリアは俺に気付くと、俺の足下にひざまずき、王にでも品物を献上するかのように両手を掲げて、1枚の金貨を返却してくれた。

 ネコババすればいいのに、お前まで真面目か。

「ああそれ、俺がお前のポケットに入れたんだ」
「へ……? は、はぃぃぃーーっっ?! ちょ、なっ、なんてことしやがりますの、貴方って人はーっ!?」

「やる」
「うっっ?! や、やる……?」

「実家大変なんだろ? やる」
「う、ううっ、うっ……受け取れませんわっ、こんな大金!!」

「なら貸す。出世払いで返してくれ」
「ほ……本当にいいんですの……? で、でしたらぁ……あの、あと、あと金貨4……いえ、きゅ、9枚ほど……貸していただけたり、しますの……?」

「いいぞ、明日渡すよ」
「わたくしっ、わたくしこのご恩は忘れませんわーっ!! 今ならわたくしっ、三べん回ってワンと言えますことよーっ!」

 その古い慣用句、こっちの世界にもあるんだな。
 金の用途を詳しく聞くと、コーデリアはそれを実家の借金返済に充てるつもりだそうだ。

 これで利息の支払いが少し楽になるんだと。

 少し。少しな……?
 マジで大丈夫か、お前の実家?
 そういう感想にならずにはいられなかった。

 やり取りが終わると、俺たちはジュリオとトマスに中央トラム駅まで見送られた。
 それからまたこのメンツで会おうと約束して、客席ガラガラのトラムに飛び乗った。

 俺は焦点の合わない目で、遠くなってゆく友人たちの姿を見つめた。
 いや、マジでなんも見えないんだが、そこにジュリオとトマスがいるのは確かだ。

 そうなると否応なく、あの言葉を思い出した。

『君さえよかったら、卒業した後も……っ! 僕とずっと友達でいてくれっ!』

 なんか臭くて、背中がムズムズかゆくなってくるセリフだったけど、そう言ってくれる友人がいるのって、案外これが悪くない……。

 ジュリオ。それにトマス。
 俺たちは大人になってもずっと友達だ。
 この友情が永遠に続くことを俺も祈っている。
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