32 / 107
マレニア魔術院の一学期
・警告:パーティが見つかりません - 腐食のカミル -
しおりを挟む
「ん、ジーンか?」
「なんだよ、ここ使うのかよ?」
部屋に戻ると、ルームメイトのジーンがいた。
「ああ、ペア相手を紹介してもらえるらしい」
「はっ、お前と組まされるなんて、可哀想なやつもいたもんだ」
「そうだ、試験通過おめでとう」
「あいよ。じゃ俺出るから、ごゆっくり」
付き合いの悪いところは相変わらずだが、さすがに慣れた。
別に陰口を言われるわけでもなし。
彼の不干渉は不干渉でありがたい。
そこにノックの音が響いた。
「はっ、どんなヤツか、ツラ拝んでから行くわ。あばよ、フラれんなよ」
「アメリカザリガニだって喜んで口説き落とすさ」
「ザリガニがノックするかよ、バカ。……はいよ、どなたさ――うっ、ゲェェッッ?!!」
応対に出たジーンは客の前から逃げ出し、何を考えたのやら、2階の窓から外に飛び出していった。
いったいどんなやつが来たのか、さすがに好奇心が湧いた。
俺は席を立ち、入り口に立つ人影に寄った。
「腐食のカミルだ。クルト教官から話は聞いているな?」
「ああ、中へどうぞ」
女性だろうか。
甲高いような綺麗な声だった。
「いや、どうやら連絡が十分に行き届いていなかったようだ。中には入れない」
「部屋で待てと言ったのはクルト教官だ、気にするな」
早く入れと手招きしても相手は動かない。
「そちらは僕のことを全く知らないようだね」
「知らないな。なんで腐食なんだ? それと入れない理由と関係あるのか? ま、とりま入りなよ、先輩」
そう言っても一歩も入らないあたり、強情だ。
「自己紹介をしよう。僕は魔法剣士のカミル。武器や身体に、魔法の力を付与して戦うタイプの戦士だ」
「羨ましいな。いくらがんばっても、俺は魔法が全く使えない」
「もっとも、他の魔法剣士のようにはいかない。僕が使える力は、腐食、猛毒、死病、狂乱の術だ」
「ああ……そりゃジーンが尻尾巻いて逃げ出すわけだ。アイツ、警戒心が強いから」
なかなか入ろうとしない先輩の手を引こうとした。
「ッッ……?!」
ところが手を繋いだ途端、かなり乱暴にふりほどかれた。
まあ一応、女性らしいしな。
「すまん。とにかく中へどうぞ」
「バカな……お前は僕が怖くないのか!?」
「なぜ怖がる必要がある」
「君はこのマスクと肌が見えないのかっ!?」
「……やけに白いと思ったらそれ、マスクだったのか」
マスク越しならいいだろう。
俺はカミル先輩の顔を深くのぞき込んだ。
白い白磁のマスクの下に、怯えるような目があった。
「目が悪いのか……?」
「連絡が行き届いていなかったらしいな。ああ、このくらい近付かないとなーんも見えん」
「そういうことか……。怖がらないはずだ……」
「顔から首の下あたりがただれているな。もしかして、さっき言った毒とか腐食の力のせいか?」
「そうだ。……力を制御出来なかった腐食術使い。こんなやつと誰が組みたがる?」
「ここにいる」
「軽く言うな。僕と組んだことを後悔するぞ」
と言う割に、カミル先輩もまたペアを欲しがっているように聞こえた。
「そんなことはない。今の俺は、チワワだろうとアメリカザリガニだろうと、ちょっとドジで強情な腐食術使いだろうと、なんだって喜んで迎える覚悟だ」
「ザ、ザリガニ……? ザリガニと同類にされたのは、初めてだ……」
突っぱねるようなカミル先輩の強い声がやわらかくなった。
「とにかく中へどうぞ。せっかく食堂でアイスティーを買ったんだ、1人で寂しく飲みたくない」
カミル先輩の力は確かに危険かもしれないが、話を聞くからに善良そうな人だ。
それに同じはみ出し者同士、仲良くなれそうな気がした。
あの仮面の下には恐ろしい顔があるのだろうか。
しかしド近眼の俺には、容姿は大した意味を持たない。
「さっきの男、僕がここに滞在したと知ったら悲鳴を上げるぞ」
「大丈夫だ。アイツとはあんまり仲良くない。俺と関わり合いになりたくないようだ」
「同じ、嫌われ者というわけか」
「そうかもな。さあ、お茶をどうぞ」
「いただこう。このマイカップで」
「先輩、そんな物持ち歩いてるのか……」
こうして俺は腐食のカミルとミルクたっぷりのアイスティーを飲み交わし、ペアとして3年生の迷宮実習に挑むことになった。
けれども協力の証に握手を交わそうと手を差し出すと、カミル先輩は言葉も忘れて固まってしまった。
そこでこっちは強引に握手を交わした。
「うっ……な、何を考えている……っ。僕の手に触れるなんて、正気とは思えない……っ」
「よろしくな、先輩。おかげでこっちは助かったよ」
さっき触れた左手の反対側、カミルの右手は妙にカサカサとしていた。
これもまた、力を使い損ねてこうなったのだと、彼女はなんでもない振りをしながら教えてくれると、その乾いた手をグローブの中にしまってしまった。
「一緒にがんばろう、先輩」
「10年ぶりかな……人とこうやって握手したのは。よろしく、グレイボーン」
グレイでいいと言って、もう1度俺はカミル先輩と握手を交わした。
「なんだよ、ここ使うのかよ?」
部屋に戻ると、ルームメイトのジーンがいた。
「ああ、ペア相手を紹介してもらえるらしい」
「はっ、お前と組まされるなんて、可哀想なやつもいたもんだ」
「そうだ、試験通過おめでとう」
「あいよ。じゃ俺出るから、ごゆっくり」
付き合いの悪いところは相変わらずだが、さすがに慣れた。
別に陰口を言われるわけでもなし。
彼の不干渉は不干渉でありがたい。
そこにノックの音が響いた。
「はっ、どんなヤツか、ツラ拝んでから行くわ。あばよ、フラれんなよ」
「アメリカザリガニだって喜んで口説き落とすさ」
「ザリガニがノックするかよ、バカ。……はいよ、どなたさ――うっ、ゲェェッッ?!!」
応対に出たジーンは客の前から逃げ出し、何を考えたのやら、2階の窓から外に飛び出していった。
いったいどんなやつが来たのか、さすがに好奇心が湧いた。
俺は席を立ち、入り口に立つ人影に寄った。
「腐食のカミルだ。クルト教官から話は聞いているな?」
「ああ、中へどうぞ」
女性だろうか。
甲高いような綺麗な声だった。
「いや、どうやら連絡が十分に行き届いていなかったようだ。中には入れない」
「部屋で待てと言ったのはクルト教官だ、気にするな」
早く入れと手招きしても相手は動かない。
「そちらは僕のことを全く知らないようだね」
「知らないな。なんで腐食なんだ? それと入れない理由と関係あるのか? ま、とりま入りなよ、先輩」
そう言っても一歩も入らないあたり、強情だ。
「自己紹介をしよう。僕は魔法剣士のカミル。武器や身体に、魔法の力を付与して戦うタイプの戦士だ」
「羨ましいな。いくらがんばっても、俺は魔法が全く使えない」
「もっとも、他の魔法剣士のようにはいかない。僕が使える力は、腐食、猛毒、死病、狂乱の術だ」
「ああ……そりゃジーンが尻尾巻いて逃げ出すわけだ。アイツ、警戒心が強いから」
なかなか入ろうとしない先輩の手を引こうとした。
「ッッ……?!」
ところが手を繋いだ途端、かなり乱暴にふりほどかれた。
まあ一応、女性らしいしな。
「すまん。とにかく中へどうぞ」
「バカな……お前は僕が怖くないのか!?」
「なぜ怖がる必要がある」
「君はこのマスクと肌が見えないのかっ!?」
「……やけに白いと思ったらそれ、マスクだったのか」
マスク越しならいいだろう。
俺はカミル先輩の顔を深くのぞき込んだ。
白い白磁のマスクの下に、怯えるような目があった。
「目が悪いのか……?」
「連絡が行き届いていなかったらしいな。ああ、このくらい近付かないとなーんも見えん」
「そういうことか……。怖がらないはずだ……」
「顔から首の下あたりがただれているな。もしかして、さっき言った毒とか腐食の力のせいか?」
「そうだ。……力を制御出来なかった腐食術使い。こんなやつと誰が組みたがる?」
「ここにいる」
「軽く言うな。僕と組んだことを後悔するぞ」
と言う割に、カミル先輩もまたペアを欲しがっているように聞こえた。
「そんなことはない。今の俺は、チワワだろうとアメリカザリガニだろうと、ちょっとドジで強情な腐食術使いだろうと、なんだって喜んで迎える覚悟だ」
「ザ、ザリガニ……? ザリガニと同類にされたのは、初めてだ……」
突っぱねるようなカミル先輩の強い声がやわらかくなった。
「とにかく中へどうぞ。せっかく食堂でアイスティーを買ったんだ、1人で寂しく飲みたくない」
カミル先輩の力は確かに危険かもしれないが、話を聞くからに善良そうな人だ。
それに同じはみ出し者同士、仲良くなれそうな気がした。
あの仮面の下には恐ろしい顔があるのだろうか。
しかしド近眼の俺には、容姿は大した意味を持たない。
「さっきの男、僕がここに滞在したと知ったら悲鳴を上げるぞ」
「大丈夫だ。アイツとはあんまり仲良くない。俺と関わり合いになりたくないようだ」
「同じ、嫌われ者というわけか」
「そうかもな。さあ、お茶をどうぞ」
「いただこう。このマイカップで」
「先輩、そんな物持ち歩いてるのか……」
こうして俺は腐食のカミルとミルクたっぷりのアイスティーを飲み交わし、ペアとして3年生の迷宮実習に挑むことになった。
けれども協力の証に握手を交わそうと手を差し出すと、カミル先輩は言葉も忘れて固まってしまった。
そこでこっちは強引に握手を交わした。
「うっ……な、何を考えている……っ。僕の手に触れるなんて、正気とは思えない……っ」
「よろしくな、先輩。おかげでこっちは助かったよ」
さっき触れた左手の反対側、カミルの右手は妙にカサカサとしていた。
これもまた、力を使い損ねてこうなったのだと、彼女はなんでもない振りをしながら教えてくれると、その乾いた手をグローブの中にしまってしまった。
「一緒にがんばろう、先輩」
「10年ぶりかな……人とこうやって握手したのは。よろしく、グレイボーン」
グレイでいいと言って、もう1度俺はカミル先輩と握手を交わした。
0
お気に入りに追加
376
あなたにおすすめの小説
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜
EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」
優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。
傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。
そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。
次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。
最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。
しかし、運命がそれを許さない。
一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか?
※他サイトにも掲載中
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス
於田縫紀
ファンタジー
雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。
場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる