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イザヤ学術院編

・イザヤ学術院の静かなる日々 - イザヤ学術院編・完! -

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 イザヤ学術院は悪く言えば退屈、よく言えば平穏な学校だった。

「グレイボーン、相談があるんだが……。お前、トラム公社のお姉さん方と知り合いって、本当なのか……?」

 最初は教室で浮きに浮きまくっていた俺だったが、結局落ち着くべきところに落ち着いた。

 友達がいのある理想的なクラスメイトのジュリオと、のっぴきならぬ深い友人関係にあるグレイボーンを、彼らはいつまでもハブってはいられなかった。

 加えて、デボアさんとのコネもなぜかプラスに働いた。

「ああ、なんでかわからんがある」
「おぉ……。いいよなぁ、トラムの運転手さん……俺、ガキの頃からあの制服好きなんだぁ……」

「俺は普通だ。よく見えんしな」
「グレイボーンは目ぇ悪いもんなー。でさっ、今度紹介してくれよ、トラムのお姉さんっ!」

「向こうも同じようなことを言っている。いいぞ」

 お姉さん方は若い子を。
 学生たちはトラム公社の制服を。
 なんか関係として歪みに歪み切っているような気もするが、俺はただのパイプ役だ。

 ともかくそんな感じで月日が過ぎ去った。
 俺はイザヤ学術院で勉学に励み、いつのまにやら2年生となり、前期を乗り越えて後期を迎えた。

 とにかく平和で、これといって語ることのない毎日だったが、しかしその日ばかりは違った。
 それは5連休を迎えた初日、魔導トラムで故郷に帰ったその日の、晩餐の席でのことだった。

 リチェルと遊んで家に帰って、井戸で手を洗って食堂にやってくると、そこにあの人・・・がいた。

「お久しぶりね、ロウドックの息子グレイボーン」

 マレニア魔術院のあの女史だ。
 名前は覚えていない。

「あ、セラせんせー! いらっしゃーいっ!」
「な……なんだと……?」

 知らぬうちに女史は、うちの一家と知り合いになっていた。

「あらリチェルさん、私の言い付けは守っていたかしら?」
「うんっ、毎日100回! メテオ、落とした!」

 嘘だろ……?

「ふふふっ、よく出来ました」
「うわーい! リチェル、がんばったー!」
「いやいやいやいやっ、アンタ人が居ない間に何やらせてるしっ!?」

「何も問題ありません。南の未攻略領域ならば、クレーターまみれにしても誰も困らないでしょう?」
「毎日100個隕石が落ちる環境で生活したくないよ、俺は! てかなんでいるしっ!?」

 そう突っ込むと、ハンス先生がため息を吐いた。
 母さんもどことなく元気がない。
 原因はこの女史、セラ教官にあるのは明白だった。

「丘の奥は見たかしら?」
「ぁ…………」

 その一言で元気なリチェルがしおれた。
 俺が不在の間に何かがあったようだった。

「この子が丘の林を枯らしたの。お兄ちゃんが帰ってくる前に、花でも咲かせようとしたのね。でも、やり過ぎた」
「ええ、本当のことよ。セラさんが言うには、リチェルは魔法の力が強くなり過ぎているんですって……」

 母さんが残念そうにそう言った。
 いや、だからなんだ?
 そんな景気の悪い言い方をしたら、リチェルが不安になるだろう。

「当然だ、うちの妹は天才だからな! 本気を出せば林だろうと森だろうと枯らすさ!」
「お兄ちゃん……」

 まあだが、枯れたのが林でよかった。
 人であったら責任を負うことになっていただろう。
 たとえば傷を負った者を癒し過ぎてしまう、とか……。

 あー、なんかエグそうだ……。

「今のままだと危険ね。最悪は暴走して、ご家族ごとこの屋敷を吹っ飛ばしてしまうかもしれないわ」
「ま、天才だからな! そういうこともある!」
「お、お兄ちゃんってば……っ」

「そんな悲劇を私は避けたい。あら、そうだわ、リチェルちゃんには、マレニア魔術院で学んでいただきましょうか」

 今、セラ女史がどんな顔をしているかどうしても気になって、顔に顔を近付けた。
 ニヤリと口元を歪ませて、女史は家族の前だろうとお構いなしに俺をひっぱたいた。

「お、お兄ちゃんっっ、大丈夫っ?!」
「いや、慣れている。セラ女史はこういうバシーンッとくる人なんだ」

 母さんとハンス先生はこの話を飲むようだ。
 反論をしないということはそういうことで、リチェルも入学に合意しているようだった。

「さあ、どうするのかしら、ロウドックの息子」
「どうもこうもない……」

 リチェルをマレニア魔術院に通わせるだと?

 リチェルはまだ10歳だ。
 年明けから通うとして11歳。小学5年生相当の子供を、冒険者育成学校に通わせるなんて狂気のさただ。

「お兄ちゃん……リチェル、マレニアに行く。だって、ダイダロスに行けば、お兄ちゃんの近くだもん……」
「君が都で暮らしているのが幸いだね……。親としては、心配で気が気じゃないよ……」

 ハンス先生はそう苦しげに言った。
 母さんも同じようにため息を吐いて、たぶん俺のことを見た。
 彼らの心配を緩和する方法が1つある。

 だけど気に食わないのは、俺たち兄妹の運命が女史の手のひらの上にあるってことだ。

「クルト教官は覚えていて?」
「もちろん。なんていうか、気持ちのいい人だった」

 日本の感覚じゃ古いオタクの象徴であるバンダナも、こっちの人たちが付けるとカッコイイもんだ。

「言づてを預かっているわ。『理屈はいいからマレニアに来い』だそうよ」
「まあ、そうなるよな……」

「私たちのメンツを潰して、逃げ切れると思った? 兄妹そろってマレニアにおいでなさい。カビ臭いイザヤになんていたら、カビパンみたいな大人になってしまうわよ」

 よっぽど当時のことがムカついてたのだろうか。
 よっぽどイザヤ学術院とそりが会わないのだろうか。
 女史は声高々と歌うようにマレニアへ誘ってくれた。

「けど、ジュリオたちになんて言ったらいいものか……」
「あら、妹を1人でマレニアに通わせるつもりかしら?」

「しない。来年からマレニアに転校するから手続きがしたい」
「ぁ……お兄ちゃんっ、よかった……っ! で、でも、ごめんなさい……」

「気にするな。ジュリオとトマスとは休日にいくらでも遊べる。……これで満足か、女史?」

「ええ。あの陰険なバロック次官には、よーくお詫びしておきなさいね、ウフフフ……」
「知り合いかよ……」

「フフ……いい気分……」

 疑うのはどうかと思うが、この人がリチェルの師匠になって、才能を開花させたのが、そもそもの原因なんじゃ……。

「なにかしら、ロウドックの息子?」
「いや……。話もまとまったことだし、ここからは楽しい夕食にしよう! 俺の妹が、超天才だと判明した日なんだからなっ!」
「え、えへへへぇ……お兄ちゃん、ありがとう……っ。リチェルは、超天才だったのですっ!」

 こうなってしまったら割り切ろう。
 2年間もイザヤで勉強出来たら十分だ。
 来年からはマレニアに転校して、将来の準備を進めよう。

 元々俺がやりたかったのは、こっち側の活動だ。
 そこに陰謀があろうとなかろうと、そんなもの関係ない。

「ところで、うちの父さんとはどんな関係なんだ?」
「昔の恋人よ」

「え、ええええーーーーっっ?! セラ先生、そうだったんですかーっ!?」
「この席でズバッと答えられても困るぞ、それ……」

 それに以前、ロウドック坊やって呼んでいたような……。
 となると、冗談か……?

「では……少し気が早いけど先に言わせていただくわ。リチェル、グレイボーン、マレニア魔術院へようこそ。イザヤはさぞ退屈だったでしょう?」
「そうかもしれないが、あそこは落ち着いて勉学に励めるいいところだ――うわっとっ?!」

 不意打ちのビンタを鼻先でかわした。

「次、イザヤを褒めたら殴るわ」
「順序がおかしいだろ、この暴力教師っ!」

 俺は来年からマレニア魔術院に、妹リチェルと一緒に通うことになった。
 ジュリオたちには申し訳ない限りだが、正直……楽しみでワクワクとしてきている。

 俺の妹がいかに天才で愛らしい存在であるかを、他者にひけらかし、かつすぐ隣で見れるのだから。

 やはりうちの妹は、最高だった。
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