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勘違いド近眼の入学試験
・弩近眼の入学試験 - 何かがおかしい -
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目標に向けてハンマーを目一杯に振り下ろした。
するとバキリと嫌な音がして、急に手元が軽くなった。
「おお、これは驚いた。計測不能……と。よし、筋力試験は合格だ」
鼻先にハンマーを近付けてみると、グリップの先が折れてなくなっていた。
なるほどイザヤの入学希望者は年に1000人を超えると聞く。
きっと脆くなっていたのだな。
続いて足下の計測装置らしき物体に注意を向けた。
それは四角い本体の周囲を、青白いスライムのようなもので厚く覆ったもののようだ。
その上部は先ほどの一撃で深く陥没している。
もう少しのところでスライム部分を貫通し、その下の装置を破壊するところだった――
ようにも見えなくもないが、これもきっと劣化していたのだろう。
「ん……お前、何をやっているんだ?」
それらのことを、両手両足を地について確認する男がいたとすれば、それは俺だ。
「見てわからないか? 俺は目が悪いんだ」
「はははっ、冗談だろ。さあ次だ、期待のルーキー! お前はかなり筋がいいぞ!」
「では宣言ついでに少し失礼……」
どんな顔をしている人だろうと、試験官殿に顔を近付けた。
すると青いバンダナを巻いた、20台後半ほどの気さくそうな顔立ちがあった。
「ふむ、そっちの毛の疑いあり……と」
「目が悪いと言っただろ」
「まさか本当に? だとしたら、どうやって目標を撃つ?」
「勘で、なんとなく」
目の焦点が合わないだけだ。
映像はちゃんと見えている。
敵か味方か、人かモンスターか、見分けが付かないだけで。
「…………はは。よし、次いってみよう!」
俺はバンダナの試験官殿に気に入られたようだ。
楽しそうにする彼の後ろを歩き、回廊のように見えなくもない道を進んだ。
試験官殿は何やら広々とした場所に俺を案内すると、そこで足を止めて振り返った。
「トラックコースは見えるか?」
「まあなんとなく」
「一周で150メートルほどある。次の試験は、瞬発力と持久力テストだ」
「……ん、んん?」
持久力はわかるが、学業に、瞬発力……?
「……わかった。走れと言うなら走ろう」
「では準備をしてくれ。合図をしたらスタートだ」
クラウチングスタートって、こんな感じだっけ。
こんなに大きなトラックで走れるなんて、学生時代に戻ったかのような気分だ。
「ふざけてるのか? なんだそのおかしなポーズは……」
「そう言われると否定しようがないな。確かに、おかしなポーズだ」
中学生の頃、俺もそう思った。
なんでこんな変な姿勢でスタートするんだって。
「マジメにやれ」
「俺は大マジメだ。学校に入学出来ないと、故郷の妹にカッコ悪い言い訳をしなきゃいけないんだ」
「だからって、なんでそんなおかしな姿勢を取るんだ……」
「この方が速い」
「そうは思えないな。せっかく主席入学も夢じゃない有望株だってのに、もったいないやつだ……」
「期待してくれてありがとう。さあやってくれ」
クラウチングスタートの姿勢をもう1度作り、ケツを上げると試験官殿が吹いた。
悪気はないんだろうが、なんかムカついた。
「スタートッッ!」
ドン! じゃないんだな。
合図に合わせて俺は大地を蹴り、両手を激しく振ってトラックコースを駆けた。
「お、おおっっ?!」
学生時代の経験頼りだったが、勢いのあるいいスタートになった。
何せこの細身で、重弩を軽々と引いてしまうとんでもない肉体だ。
近眼ゆえに野原でこれをやると木に激突したり、でっぱりや岩に足を取られて死にかけたりもするが、整備されたトラックコースならば全力が出せる。
前のめりの前屈姿勢で、足下の白線だけを視界に収めて、150メートルのコースを疾走した。
「お、おいっ、1周でいいっ! 止まれーっっ、お前はイノシシかーっ!!」
全力を出せるというだけで楽しかった。
300メートルを全力疾走すると、やっと呼吸が乱れ、走った実感が湧いた。
やはりこの身体はいい。
こんな優れた肉体を持った息子が生まれたら、諦めた夢を託したくなる気持ちもわかる。
必ず自分を超える冒険者になると、ロウドック・オルヴィンは我が子に期待した。
「ふぅ……っ。悪い、つい楽しくてもう1周走りたくなった」
「なんて並外れた体力とスピードだ……。瞬発力、持久力共に、お前がブッチギリのトップだよ」
「タイムは?」
「10秒だ。150メートルを10秒で走るなんて、俺たち教官の立場がないぞ、ははは!」
試験官あらため教官殿はご機嫌で笑いながら、目盛りの付いた砂時計を見せてくれた。
この世界、ストップウォッチとかないもんな。
0コンマ下の情報はざっくり切り捨てる。
これがファンタジー世界か。
「俺の尻に笑ってたくせによく言うよ」
「ははは、驚いたよ。あのおかしなスタート、今度よければ俺に教えてくれ」
「いいぞ、入学出来たらな。……ところでだが、筆記試験はまだか?」
「筆記? それは一番最後だな」
「ということは、まだ他のテストがあるのか……?」
「次は魔力テストだ。さ、こっちだ、女史のところに案内しよう」
魔力……?
イザヤ学術院では、魔力も評価対象なのか?
それが本当だとすると、まずいぞ……。
俺はフィジカル面こそ人より優れているが、魔法なんて1度も学んだことがない……。
そもそも学者や官僚に魔力とか必要ないだろうが!
いったいどうなっているんだ、この学校は! 正気か!?
百歩譲って体力は大切だとしても、勉学に魔力要素とか必要ないだろ!?
「魔力……魔力? なんで魔力……」
これがこの世界なのか……。
今年の試験、望み薄かもしれないな……。
するとバキリと嫌な音がして、急に手元が軽くなった。
「おお、これは驚いた。計測不能……と。よし、筋力試験は合格だ」
鼻先にハンマーを近付けてみると、グリップの先が折れてなくなっていた。
なるほどイザヤの入学希望者は年に1000人を超えると聞く。
きっと脆くなっていたのだな。
続いて足下の計測装置らしき物体に注意を向けた。
それは四角い本体の周囲を、青白いスライムのようなもので厚く覆ったもののようだ。
その上部は先ほどの一撃で深く陥没している。
もう少しのところでスライム部分を貫通し、その下の装置を破壊するところだった――
ようにも見えなくもないが、これもきっと劣化していたのだろう。
「ん……お前、何をやっているんだ?」
それらのことを、両手両足を地について確認する男がいたとすれば、それは俺だ。
「見てわからないか? 俺は目が悪いんだ」
「はははっ、冗談だろ。さあ次だ、期待のルーキー! お前はかなり筋がいいぞ!」
「では宣言ついでに少し失礼……」
どんな顔をしている人だろうと、試験官殿に顔を近付けた。
すると青いバンダナを巻いた、20台後半ほどの気さくそうな顔立ちがあった。
「ふむ、そっちの毛の疑いあり……と」
「目が悪いと言っただろ」
「まさか本当に? だとしたら、どうやって目標を撃つ?」
「勘で、なんとなく」
目の焦点が合わないだけだ。
映像はちゃんと見えている。
敵か味方か、人かモンスターか、見分けが付かないだけで。
「…………はは。よし、次いってみよう!」
俺はバンダナの試験官殿に気に入られたようだ。
楽しそうにする彼の後ろを歩き、回廊のように見えなくもない道を進んだ。
試験官殿は何やら広々とした場所に俺を案内すると、そこで足を止めて振り返った。
「トラックコースは見えるか?」
「まあなんとなく」
「一周で150メートルほどある。次の試験は、瞬発力と持久力テストだ」
「……ん、んん?」
持久力はわかるが、学業に、瞬発力……?
「……わかった。走れと言うなら走ろう」
「では準備をしてくれ。合図をしたらスタートだ」
クラウチングスタートって、こんな感じだっけ。
こんなに大きなトラックで走れるなんて、学生時代に戻ったかのような気分だ。
「ふざけてるのか? なんだそのおかしなポーズは……」
「そう言われると否定しようがないな。確かに、おかしなポーズだ」
中学生の頃、俺もそう思った。
なんでこんな変な姿勢でスタートするんだって。
「マジメにやれ」
「俺は大マジメだ。学校に入学出来ないと、故郷の妹にカッコ悪い言い訳をしなきゃいけないんだ」
「だからって、なんでそんなおかしな姿勢を取るんだ……」
「この方が速い」
「そうは思えないな。せっかく主席入学も夢じゃない有望株だってのに、もったいないやつだ……」
「期待してくれてありがとう。さあやってくれ」
クラウチングスタートの姿勢をもう1度作り、ケツを上げると試験官殿が吹いた。
悪気はないんだろうが、なんかムカついた。
「スタートッッ!」
ドン! じゃないんだな。
合図に合わせて俺は大地を蹴り、両手を激しく振ってトラックコースを駆けた。
「お、おおっっ?!」
学生時代の経験頼りだったが、勢いのあるいいスタートになった。
何せこの細身で、重弩を軽々と引いてしまうとんでもない肉体だ。
近眼ゆえに野原でこれをやると木に激突したり、でっぱりや岩に足を取られて死にかけたりもするが、整備されたトラックコースならば全力が出せる。
前のめりの前屈姿勢で、足下の白線だけを視界に収めて、150メートルのコースを疾走した。
「お、おいっ、1周でいいっ! 止まれーっっ、お前はイノシシかーっ!!」
全力を出せるというだけで楽しかった。
300メートルを全力疾走すると、やっと呼吸が乱れ、走った実感が湧いた。
やはりこの身体はいい。
こんな優れた肉体を持った息子が生まれたら、諦めた夢を託したくなる気持ちもわかる。
必ず自分を超える冒険者になると、ロウドック・オルヴィンは我が子に期待した。
「ふぅ……っ。悪い、つい楽しくてもう1周走りたくなった」
「なんて並外れた体力とスピードだ……。瞬発力、持久力共に、お前がブッチギリのトップだよ」
「タイムは?」
「10秒だ。150メートルを10秒で走るなんて、俺たち教官の立場がないぞ、ははは!」
試験官あらため教官殿はご機嫌で笑いながら、目盛りの付いた砂時計を見せてくれた。
この世界、ストップウォッチとかないもんな。
0コンマ下の情報はざっくり切り捨てる。
これがファンタジー世界か。
「俺の尻に笑ってたくせによく言うよ」
「ははは、驚いたよ。あのおかしなスタート、今度よければ俺に教えてくれ」
「いいぞ、入学出来たらな。……ところでだが、筆記試験はまだか?」
「筆記? それは一番最後だな」
「ということは、まだ他のテストがあるのか……?」
「次は魔力テストだ。さ、こっちだ、女史のところに案内しよう」
魔力……?
イザヤ学術院では、魔力も評価対象なのか?
それが本当だとすると、まずいぞ……。
俺はフィジカル面こそ人より優れているが、魔法なんて1度も学んだことがない……。
そもそも学者や官僚に魔力とか必要ないだろうが!
いったいどうなっているんだ、この学校は! 正気か!?
百歩譲って体力は大切だとしても、勉学に魔力要素とか必要ないだろ!?
「魔力……魔力? なんで魔力……」
これがこの世界なのか……。
今年の試験、望み薄かもしれないな……。
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