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プロローグ 重弩使いの少年
・重弩使いの少年 - 鎮魂の鐘 -
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「さあ! でもねっでもねっ、リチェル、嬉しい! お兄ちゃんっ、来てくれた! だーいすきっっ!!」
「俺もだよ、リチェル。こうなっては仕方ない、夜が明けるまで中で待とう。朝になれば、炊事の煙が上がるはずだ」
「あははっ、お兄ちゃんも迷子ーっ!? リチェルとおんなじだーっ!」
「方位磁針、思い切って買った方がよさそうかな……」
俺は迷宮の入り口に引き返し、薄暗いその中にリチェルと身を潜めた。
「そうだ! 明かり、つけるね!」
「ん、火種があるのか?」
「うーうんっ、こうするのっ!」
リチェルはまるでゴムボールでも上にほおるように、迷宮の天井に手を振った。
すると迷宮の天井に、あの強烈なイエローの輝きが灯った!
「さっきね、リチェル、まほー覚えた!」
「マ……ッ?! 魔法っ!?」
俺の妹は誰に師事したわけでもなく、極限状態に身を置いただけで、たった8歳で明かりの魔法を使いこなしてしまう天才魔法使いだった。
・
俺はその後、一晩中リチェルの背中をすっぽりと後ろから包んで、兄妹で夜が明けるのを待った。
朝になると炊事の煙を頼りに町に引き返し、荘園の皆に無事を喜ばれながら屋敷に戻った。
リチェルは母さんに厳しく叱られた。
こうなるのが必然と考えて、俺は昨晩リチェルを叱らなかった。
そちらは母さんに任せて、俺は病床の父さんに報告を入れた。
元英雄的冒険者ロウドックは、我が子の一晩の冒険物語をとても楽しんで聞いてくれた。
「父さん。この重弩、貰ってもいいかな?」
「ああ……もちろんだとも……。いつかお前に渡すために、欠かさず維持してきた物だ……」
「ありがとう、大切にするよ」
「それは、俺の魂だ……。受け取ってくれ、息子よ……」
父は快く己の魂を譲ってくれた。
「それにしても、これは凄い弩だね。一撃で魔物が吹っ飛んで、後も残らない」
「む…………? これは、そこまでの破壊力では、ない、はずだが……」
腑に落ちない様子で父上は疑問を呈した。
「妙、だな……。リチェルは、どの領境を越えたのだ……?」
「南だよ、小麦畑のある辺り。何が疑問なんだ?」
昨晩聞けばリチェルは、これまで何度も領境を出ていたという。
少しでも綺麗で心が落ち着く花を、お父さんに見てもらうために。
「ふ、ふふふ……ふは、ははははは……うっ、ゲホッゲホッ?!」
「ちょっと、大丈夫?」
父さんの背中をさすると、父さんは息子の行動に驚いた。
こういった気づかいをするようには、この父親は息子を育ててこなかった。
「領域レベル299……。中型のドラゴンや、巨人族。刃通さぬ大型蟲類が跋扈する……あの土地で、一撃、だと……?」
「ああ……そういえば昔、父さんがそんなことも言っていたような……」
てか見えなかったし、父さんが大げさにとらえているだけで、俺が撃ったのはその中の雑魚枠だったのかも。
「進学……」
「え……っ?」
「進学したいと……お前は小さな頃、言っていたな……。今でも、進学、したいか……?」
「……うん、勉強もしたいよ。冒険者として、自由気ままに生きるには、少し早過ぎ気がするし……。あと、友達も欲しいな……」
「それだけ強ければ、なんの心配もない……。今日からは、お前の好きにしなさい」
父が自由をくれると言い出すと、我が身が震えた。
失った夢への身勝手な妄執もあったかもしれないが、彼は息子グレイボーンに、生きるすべを与えたかった。
切り口を変えて見れば、まあそう見えなくもない。
「いや……進学はもう少し後にするよ。せっかく妹が出来たんだ、今のうちに兄貴らしいことをしておかないと」
「そうか……。まあ……そう長くは、かからぬはずだ……。出発の準備を、怠らぬ、ようにな……」
ならば荘園をリチェルに譲りたいと持ちかけると、元冒険者ロウドックは怒るどころか、その決断をとても喜んだ。
理由を語ると、さらに気を良くした。
迷宮を攻略して土地を得る。
それはこの世界の冒険者の夢だ。
しかしこの地を継承してしまっては、その夢が陳腐化してしまう。
「もう、なんの心配もない……。こんなちっぽけな土地よりも、遙かに不変の、遺産を遺せたのだから、な……」
進学の許しは得られた。
けれど己が師事した男が終わりを迎えるその日まで、俺はこの地に留まった。
彼は傲慢で視野狭窄もいいところだったが、子の幸せを願う一人の父親でもあった。
ロウドックはそれから半年後の冬、温かい春の兆しが見えかけた頃、その名声を永遠のものとした。
忘れられていた冒険譚が再び人々の間で語られ、ロウドックは失われた名声を取り戻した。
父よ、どうか安らかに。
ようやく妄執から解き離れた男に、どうか安息を。
鎮魂の鐘は夜になっても鳴り止まず、母も妹も領民も、誰もが英雄の死を嘆き悲しんだ。
ロウドックの来世にどうか幸あれ。
・
『んまかせてぇんっっ♪ あらおじさまいらっしゃぁぁーぃっっ、近くで見るとしっぶっ!! ああんっ渋いわぁぁーっ、キャーーッッ!!』
『なっ、なんだっ!? なんだこのトロル――うっ、ウオオオオオーーーッッ?!!』
『今日はアタシサービスしちゃうっっ!!』
『や、止めろっ、離せっ、俺にそういう趣味はないっっ、ヌオオオオオッッ!??』
でももし、死後に行き着くのがあの酒場だとすると、あまり安息や悲壮感はないかもしれないな……。
「俺もだよ、リチェル。こうなっては仕方ない、夜が明けるまで中で待とう。朝になれば、炊事の煙が上がるはずだ」
「あははっ、お兄ちゃんも迷子ーっ!? リチェルとおんなじだーっ!」
「方位磁針、思い切って買った方がよさそうかな……」
俺は迷宮の入り口に引き返し、薄暗いその中にリチェルと身を潜めた。
「そうだ! 明かり、つけるね!」
「ん、火種があるのか?」
「うーうんっ、こうするのっ!」
リチェルはまるでゴムボールでも上にほおるように、迷宮の天井に手を振った。
すると迷宮の天井に、あの強烈なイエローの輝きが灯った!
「さっきね、リチェル、まほー覚えた!」
「マ……ッ?! 魔法っ!?」
俺の妹は誰に師事したわけでもなく、極限状態に身を置いただけで、たった8歳で明かりの魔法を使いこなしてしまう天才魔法使いだった。
・
俺はその後、一晩中リチェルの背中をすっぽりと後ろから包んで、兄妹で夜が明けるのを待った。
朝になると炊事の煙を頼りに町に引き返し、荘園の皆に無事を喜ばれながら屋敷に戻った。
リチェルは母さんに厳しく叱られた。
こうなるのが必然と考えて、俺は昨晩リチェルを叱らなかった。
そちらは母さんに任せて、俺は病床の父さんに報告を入れた。
元英雄的冒険者ロウドックは、我が子の一晩の冒険物語をとても楽しんで聞いてくれた。
「父さん。この重弩、貰ってもいいかな?」
「ああ……もちろんだとも……。いつかお前に渡すために、欠かさず維持してきた物だ……」
「ありがとう、大切にするよ」
「それは、俺の魂だ……。受け取ってくれ、息子よ……」
父は快く己の魂を譲ってくれた。
「それにしても、これは凄い弩だね。一撃で魔物が吹っ飛んで、後も残らない」
「む…………? これは、そこまでの破壊力では、ない、はずだが……」
腑に落ちない様子で父上は疑問を呈した。
「妙、だな……。リチェルは、どの領境を越えたのだ……?」
「南だよ、小麦畑のある辺り。何が疑問なんだ?」
昨晩聞けばリチェルは、これまで何度も領境を出ていたという。
少しでも綺麗で心が落ち着く花を、お父さんに見てもらうために。
「ふ、ふふふ……ふは、ははははは……うっ、ゲホッゲホッ?!」
「ちょっと、大丈夫?」
父さんの背中をさすると、父さんは息子の行動に驚いた。
こういった気づかいをするようには、この父親は息子を育ててこなかった。
「領域レベル299……。中型のドラゴンや、巨人族。刃通さぬ大型蟲類が跋扈する……あの土地で、一撃、だと……?」
「ああ……そういえば昔、父さんがそんなことも言っていたような……」
てか見えなかったし、父さんが大げさにとらえているだけで、俺が撃ったのはその中の雑魚枠だったのかも。
「進学……」
「え……っ?」
「進学したいと……お前は小さな頃、言っていたな……。今でも、進学、したいか……?」
「……うん、勉強もしたいよ。冒険者として、自由気ままに生きるには、少し早過ぎ気がするし……。あと、友達も欲しいな……」
「それだけ強ければ、なんの心配もない……。今日からは、お前の好きにしなさい」
父が自由をくれると言い出すと、我が身が震えた。
失った夢への身勝手な妄執もあったかもしれないが、彼は息子グレイボーンに、生きるすべを与えたかった。
切り口を変えて見れば、まあそう見えなくもない。
「いや……進学はもう少し後にするよ。せっかく妹が出来たんだ、今のうちに兄貴らしいことをしておかないと」
「そうか……。まあ……そう長くは、かからぬはずだ……。出発の準備を、怠らぬ、ようにな……」
ならば荘園をリチェルに譲りたいと持ちかけると、元冒険者ロウドックは怒るどころか、その決断をとても喜んだ。
理由を語ると、さらに気を良くした。
迷宮を攻略して土地を得る。
それはこの世界の冒険者の夢だ。
しかしこの地を継承してしまっては、その夢が陳腐化してしまう。
「もう、なんの心配もない……。こんなちっぽけな土地よりも、遙かに不変の、遺産を遺せたのだから、な……」
進学の許しは得られた。
けれど己が師事した男が終わりを迎えるその日まで、俺はこの地に留まった。
彼は傲慢で視野狭窄もいいところだったが、子の幸せを願う一人の父親でもあった。
ロウドックはそれから半年後の冬、温かい春の兆しが見えかけた頃、その名声を永遠のものとした。
忘れられていた冒険譚が再び人々の間で語られ、ロウドックは失われた名声を取り戻した。
父よ、どうか安らかに。
ようやく妄執から解き離れた男に、どうか安息を。
鎮魂の鐘は夜になっても鳴り止まず、母も妹も領民も、誰もが英雄の死を嘆き悲しんだ。
ロウドックの来世にどうか幸あれ。
・
『んまかせてぇんっっ♪ あらおじさまいらっしゃぁぁーぃっっ、近くで見るとしっぶっ!! ああんっ渋いわぁぁーっ、キャーーッッ!!』
『なっ、なんだっ!? なんだこのトロル――うっ、ウオオオオオーーーッッ?!!』
『今日はアタシサービスしちゃうっっ!!』
『や、止めろっ、離せっ、俺にそういう趣味はないっっ、ヌオオオオオッッ!??』
でももし、死後に行き着くのがあの酒場だとすると、あまり安息や悲壮感はないかもしれないな……。
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