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プロローグ 重弩使いの少年
・重弩使いの少年 - 父の重弩 -
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昼に始めた捜索が夕刻に差し掛かった頃、グレイボーンはついに妹の足跡を掴んだ。
「遠目で牛か何かかと思ったんですがね……。いやよくよく思い出してみると、あれは……リチェルお嬢様だったような気が……」
リチェルがオルヴィン家の領境を出た。
不確かだったが、それが事実ならばリチェルは命の危機にある。
というのもこの世界はかなり異質な構造をしており、人里の一歩先が、魔物の跋扈する死の世界になっているからだ。
だというのに領境に張られたロープの向こうに、白いワンピースと桃色の髪を見たと、荷運びの男が言う。
「なんなんだアイツはっ、バカにもほどがあるっ! 本当に俺の妹か!?」
グレイボーンは焦った。
もしリチェルが死ねば、両親は深く嘆き悲しむだろう。
特に父はリチェルをとてもかわいがっていた。
知れば病状の悪化どころか、希望を失って死んでしまうかもしれない。
己の種でないというのに、弱った父はリチェルを愛していた。もし知れば父も死ぬ。
都市部から冒険者を呼ぶ時間はない。
モンスター討伐の専門家でなければ、領地の外に出るのは自殺行為だ。
どうすればいい。
どうすれば、あの愚かな妹を助けられる。
可能なら自分が行きたいが、目の悪い自分には無理だ。
妹を見つけることも、戦って守ることも出来ない。
どうしたら……。
そう彼は苦悩した。
答えは『父親の重弩を取りに行き、自分が妹を守る』だというのにな。
『どうもこうもないだろ。あん時、あの毒親を捨てなかったのはお前だろ』
どうせまた届かないと諦めながら、俺は未熟で歪みかけの俺に言葉を投げかけた。
俺はグレイボーンの物語の観測者ではない。
俺もまた、この愚かな青年グレイボーン本人だ。
『妹を助けたかったら父の重弩を取れ。そしてお前が戦うんだ。俺たちには父に教わった技と、カマの加護がある』
グレイボーンと俺は全く考え方が違う。
俺はもっとゆるゆるに明るく生きたいのに、グレイボーンは苦難と運命を受け入れるヒロイックな性格をしている。
だから俺たちは、今日まで1つに馴染まなかったのかもしれない。
しかし今は、リチェルを助けたいという一心で一致していた。
突然の鋭い頭痛が彼を襲った。
「なに、これ……。え……俺、え……っ、死ん……」
それは1度にたくさんの記憶がよみがえったせいだ。
23年分の記憶が濁流となって、彼の頭の中に流れ込んだ。
「う、うわああああっっ?! だ、誰だっ、なんだこの男みたいな変な女っっ?!」
グレイボーンは己がスーパー勤務のただの社会人であることを思い出した。
青髭に振り袖に肥満体型の両性類に、新しい人生を与えられた記憶と一緒にな……。
・
かくしてグレイボーンは23歳大卒、さしてパッとしない生前の記憶を手に入れた。
これまでの暗い人格は途端に吹っ飛び、彼はようやく転生者の視点に立った。
いや、もうこんな回りくどい言い方はよそう。
俺、グレイボーンはリチェルを連れ返すため、一度屋敷へと戻った。
そして事情を両親に伝えると、続けて父さんにこう問いかけた。
「父さん、父さんの重弩はどこ?」
「なに……」
「普通のボウガンではダメなんだ。若い頃、父さんが使ってたあの重弩でないと」
「おお……おおっ、グレイボーン……俺の栄光……。重弩なら、塔の2階にしまってある……」
「わかった、それを持ってリチェルを連れ戻して来よう」
「な、何を言ってるのっ!? その目では無理よっ、止めなさい、グレイ!!」
もしここにいるのが以前のグレイボーンだったら、母さんに『俺たちを捨てたくせに知った口を聞くな』とか、心にもないことを言うだろう。
「いや、ロウドッグ・オルヴィンは正しかったんだよ、お母さん」
「え……っ!?」
「この身体には、冒険者として破格の才能が眠っている。心配は要らないから、夕飯の支度でもして待っていなよ」
だがもうそんなことは言わない。
長い月日の果てに、やっと俺たちは1つになった。
一応言っておくが、俺が肉体を乗っ取ったわけじゃない。
1人の人間が、もう1つの記憶があることに気付いただけだ。
俺たちは別に二重人格ではない。
長く果てしない夢から目覚めて、自分がスーパーの雑貨類を担当していたことを思い出しただけだ。
俺は父さんの寝室を離れ、離れの塔に入った。
「これか……。ずいぶんと古いが、手入れはされている。ま、問題ないかな」
重弩。
大型の物となると全長2メートルにも達し、攻城兵器しても使われる。
元冒険者である父の物は、全長1.2メートルほどの重弩だ。
一般的なボウガンと比較すると倍くらいある。
常人が引けるはずのないその弩の弦を、俺の肉体は輪ゴムでも引っ張るように軽々と張る。
問題なし。
無骨な鋼鉄の矢が詰まった矢筒を肩に背負い、ボウガンとしてはあまりに巨大な重弩を両手に抱えて屋敷を出た。
俺は異常に鋭敏なこの五感を使って、これから妹を助けに行く。
妄執という呪いが解けた、この父の重弩を抱えて。
暗いノリはここまでだ。
俺はリチェルを助け、ずっとしたかった良い兄貴をやる。
そしてこの新しい世界で、誰にも縛られずに自由気ままにに生きる。
ドラマも悲劇も俺の人生に必要ない。
こんな糞展開、すぐに終わらせてやる。
「遠目で牛か何かかと思ったんですがね……。いやよくよく思い出してみると、あれは……リチェルお嬢様だったような気が……」
リチェルがオルヴィン家の領境を出た。
不確かだったが、それが事実ならばリチェルは命の危機にある。
というのもこの世界はかなり異質な構造をしており、人里の一歩先が、魔物の跋扈する死の世界になっているからだ。
だというのに領境に張られたロープの向こうに、白いワンピースと桃色の髪を見たと、荷運びの男が言う。
「なんなんだアイツはっ、バカにもほどがあるっ! 本当に俺の妹か!?」
グレイボーンは焦った。
もしリチェルが死ねば、両親は深く嘆き悲しむだろう。
特に父はリチェルをとてもかわいがっていた。
知れば病状の悪化どころか、希望を失って死んでしまうかもしれない。
己の種でないというのに、弱った父はリチェルを愛していた。もし知れば父も死ぬ。
都市部から冒険者を呼ぶ時間はない。
モンスター討伐の専門家でなければ、領地の外に出るのは自殺行為だ。
どうすればいい。
どうすれば、あの愚かな妹を助けられる。
可能なら自分が行きたいが、目の悪い自分には無理だ。
妹を見つけることも、戦って守ることも出来ない。
どうしたら……。
そう彼は苦悩した。
答えは『父親の重弩を取りに行き、自分が妹を守る』だというのにな。
『どうもこうもないだろ。あん時、あの毒親を捨てなかったのはお前だろ』
どうせまた届かないと諦めながら、俺は未熟で歪みかけの俺に言葉を投げかけた。
俺はグレイボーンの物語の観測者ではない。
俺もまた、この愚かな青年グレイボーン本人だ。
『妹を助けたかったら父の重弩を取れ。そしてお前が戦うんだ。俺たちには父に教わった技と、カマの加護がある』
グレイボーンと俺は全く考え方が違う。
俺はもっとゆるゆるに明るく生きたいのに、グレイボーンは苦難と運命を受け入れるヒロイックな性格をしている。
だから俺たちは、今日まで1つに馴染まなかったのかもしれない。
しかし今は、リチェルを助けたいという一心で一致していた。
突然の鋭い頭痛が彼を襲った。
「なに、これ……。え……俺、え……っ、死ん……」
それは1度にたくさんの記憶がよみがえったせいだ。
23年分の記憶が濁流となって、彼の頭の中に流れ込んだ。
「う、うわああああっっ?! だ、誰だっ、なんだこの男みたいな変な女っっ?!」
グレイボーンは己がスーパー勤務のただの社会人であることを思い出した。
青髭に振り袖に肥満体型の両性類に、新しい人生を与えられた記憶と一緒にな……。
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かくしてグレイボーンは23歳大卒、さしてパッとしない生前の記憶を手に入れた。
これまでの暗い人格は途端に吹っ飛び、彼はようやく転生者の視点に立った。
いや、もうこんな回りくどい言い方はよそう。
俺、グレイボーンはリチェルを連れ返すため、一度屋敷へと戻った。
そして事情を両親に伝えると、続けて父さんにこう問いかけた。
「父さん、父さんの重弩はどこ?」
「なに……」
「普通のボウガンではダメなんだ。若い頃、父さんが使ってたあの重弩でないと」
「おお……おおっ、グレイボーン……俺の栄光……。重弩なら、塔の2階にしまってある……」
「わかった、それを持ってリチェルを連れ戻して来よう」
「な、何を言ってるのっ!? その目では無理よっ、止めなさい、グレイ!!」
もしここにいるのが以前のグレイボーンだったら、母さんに『俺たちを捨てたくせに知った口を聞くな』とか、心にもないことを言うだろう。
「いや、ロウドッグ・オルヴィンは正しかったんだよ、お母さん」
「え……っ!?」
「この身体には、冒険者として破格の才能が眠っている。心配は要らないから、夕飯の支度でもして待っていなよ」
だがもうそんなことは言わない。
長い月日の果てに、やっと俺たちは1つになった。
一応言っておくが、俺が肉体を乗っ取ったわけじゃない。
1人の人間が、もう1つの記憶があることに気付いただけだ。
俺たちは別に二重人格ではない。
長く果てしない夢から目覚めて、自分がスーパーの雑貨類を担当していたことを思い出しただけだ。
俺は父さんの寝室を離れ、離れの塔に入った。
「これか……。ずいぶんと古いが、手入れはされている。ま、問題ないかな」
重弩。
大型の物となると全長2メートルにも達し、攻城兵器しても使われる。
元冒険者である父の物は、全長1.2メートルほどの重弩だ。
一般的なボウガンと比較すると倍くらいある。
常人が引けるはずのないその弩の弦を、俺の肉体は輪ゴムでも引っ張るように軽々と張る。
問題なし。
無骨な鋼鉄の矢が詰まった矢筒を肩に背負い、ボウガンとしてはあまりに巨大な重弩を両手に抱えて屋敷を出た。
俺は異常に鋭敏なこの五感を使って、これから妹を助けに行く。
妄執という呪いが解けた、この父の重弩を抱えて。
暗いノリはここまでだ。
俺はリチェルを助け、ずっとしたかった良い兄貴をやる。
そしてこの新しい世界で、誰にも縛られずに自由気ままにに生きる。
ドラマも悲劇も俺の人生に必要ない。
こんな糞展開、すぐに終わらせてやる。
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