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・時計塔の扉 悪役令息を主人公と認める

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 さて、ここからが本題だ。
 夜のないこの世界で時を確かめる方法は、分棟の向こうにそびえる時計塔だけだった。

 どんなに時を重ねようと、あの時計塔が止まることはなかった。
 時計塔は変わらずに回り続け、永久とも感じられるこの世界に時を刻んでくれた。

 その時計塔が今、魔界滞在4日目の0時00分を指し示す。
 すると突如、鐘楼の鐘が独りでに鳴り響いた。
 魔法学園の象徴たる時計塔が俺たちの目の前で、異常な魔力濃度による、深紫色の燐光を始めていた。

 この急展開こそ、俺とジェードが待ち望んでいた瞬間だった。
 希望を捨てずに外からの救援を待とう。そううそぶいていたのも、今日までだ。

「じゃ、じゃぁ……後はよろしくね、師匠……」

 俺とジェードはその怪異を屋上から見届けた。

「何言ってんだ?」

「やだよ……。やだやだやだやだーっっ、行かないっ、僕絶対行かないですからぁーっっ!」

「バカ言ってんな、一緒に来い」

「やーだぁぁーーっっ!!」

「アレをよく見ろ。よーく見てると、ほら、ワクワクしてくるだろ……?」

 妖しく輝く時計塔。学園の謎、神秘があそこにある。
 まあ、あそこには第一章の締めとなる大ボスもいるのだが。

「しませんよぉーっっ!!」

 適正レベルなのに、なぜ行きたがらない?
 やっぱりおかしいだろ、コイツ。

「しますっ、ワクワクしますっ、調査に行くんですかっ、ヴァー様っ!?」

「姫様っ、蛮勇と勇気は違うと、何度言えばわかるでしゅかぁーっ!?」

 俺たちを探してくれたのか、いつもの2人が屋上にやって来た。
 成功した蛮勇が勇気だ。失敗した勇気が蛮勇だ。

「よし、なら決まりだな、この4人で行くか」

「何言ってるでしゅか、この引きこもりっ?!」

「最近は裏世界の外にも出てる。ミシェーラ、お前は付き合ってくれるよな?」

「はいっ、行くなと言われても行かせていただきます! だって、キラキラしてて、素敵ですもの!」

 テーマパークのお城にでも行くような軽いノリだな。

「ってことで、ジェード、来い」

「どうしても、行かなきゃダメです……?」

「頼む、来てくれ」

「はい……わかりました……」

 メメさんに確認はいらなかった。
 こうなったら主人は止まらないと良く知っていた。

「よし、では行こう、今すぐ」

 ちょうどここは屋上。裏世界への入り口がある。
 本編ではここで、主人公を含めて5人の突入員を選び、学園生徒全力の援護の受けて時計塔に突入する。

 悪くない展開だが、シナリオのテンポが悪くなって、ストレスがたまるところでもある。
 文字数でライターのギャラが決まる美少女ゲームではありがちな話だった。

 俺はジェードの背中を突いて裏世界に押し込んだ。

「ヴァー様はジェードくんとここでデートしていたのですか?」

「あい、あり得ましゅ!」

「んなわけねーだろ、ほら、さっさと行くぞ。痛っっ?!」

 背中を押そうとすると、『ガブリ』とメメさんに腕を甘噛みされた。

「キヒヒヒッ、メメに気安く触るからそうなるでしゅ!」

「ワンコか、お前はっ!」

 目的を達成して素直になったメメさんを裏世界に送った。

「ヴァー様……」

「ん、なんだ?」

「今度、私ともデートして下さいね……?」

 デートじゃないつってんだろ……。
 勘違いしたミシェーラ皇女は、本気でジェードを羨ましがり、ちょっとすねていた。

「おう、夏休みが来るしな。終わったらメメさんも連れて、一緒に遊びに行こうぜ」

「メメもですか……?」

「そりゃそうだ。『メメさん抜きで』なんて言ったらキレるぞ、アレ」

「ふふ……それもそうですね。……はいっ、どうにかして元の世界に帰って、夏休み、いっぱい遊びましょうねっ!!」

「こちらこそ、存分にかまってくれ」

 約束して、俺はミシェーラ皇女と一学期最後のダンジョン【時計塔】に向かった。


 ・


 壁抜けで分棟2階に移動すると、すぐそこの実習室に入ってそこの窓から飛び降りた。
 降りれば目の前が時計塔だ。先行したミシェーラ皇女とメメさんが一瞬で入り口までの敵を露払いしてくれた。

 検証のため、ジェードと待機して様子を見た。2人が訪れても時計塔の扉は開かれない。

「もし、あの扉がヴァレリー師匠に反応したら、主人公乗っ取りの成功です。期待してますから、僕……!」

 こうやってコソコソやってっから、ミシェーラ皇女に誤解されんだろな……。

「おう、そこで見てろ」

 時計塔の扉の前に進み出た。

「また内緒話してるでしゅ……」

「男同士色々あんだよ」

 少し、緊張した。
 ここでの検証結果次第で、この先の全てが変わる。
 ここまでやって主人公役を乗っ取れないなら、プランを変えなければならなかった。

「あっ、扉が! 扉が独りでに開いていきます!」

 ワクワクした声でミシェーラ皇女がそう言った。

「よしっ!!」

「やったぁぁーっっ!!」

 原作では主人公がここに立ったとき、扉が開くようになっていた。
 それが本来の主人公であるジェードではなく、ヴァレリウスに反応して開いた。

 俺は後ろから飛び込んで来たジェードと、陽気なハイタッチを交わした。

「なんでしゅか、急に……?」

「仲良いのね……」

 男と男の友情にまた嫉妬されたような気がした。

 俺たちは開かれた扉の中に踏み入った。
 もう魔力の温存の必要もないので、まおー様、キューちゃん、ガルちゃんを召喚した。

「まかい……なにもかもが……なつかしいぜ……」

「オンッ♪」

 ファンシーな連中が現れると空気がゆるんだ。
 しかしこんな姿だが、1匹1匹が超戦力だ。

「ガンガン行こうぜ」

 ダンジョン【時計塔】を進んだ。
 ゲーム設定上では時計塔のダンジョン化という事態となっているが、固定マップだ。

 しかもこれといったお宝はない。
 どれも回収する必要のないアイテムなので、ここは正解ルートだけをたどる。

「【秘剣・きりきり舞い】!!」

 【秘剣・きりきり舞い】。ランダム対象4段攻撃だ。ダメージ倍率は平均3.2倍。通常プレイでは2章からの成長の証だ。

「死霊系にはメメのヒールでしゅ! いーっひっひっひっ、癒されるが良いでしゅよーっ!」

 こちらの戦力は一方的。
 連日ターンアンデットを撃っていた俺にもありがたい圧倒的優勢だ。
 勢いのままに一歩も立ち止まることなく前進してゆくと、ダンジョン再深部到達まで10分ももたなかった。

 俺たちはおびただしい数の歯車たちの中心部、時計板の裏側に到達した。

 そこには一体の悪魔が巣くっている。
 それは古代に時計塔に封じられた悪魔だ。

「待っていたぞ……ヴァレリウス……」

 だがその悪魔はそこにいなかった。
 そこで俺を待ちかまえていたのは、本来仲間キャラとして共に戦うはずだった男――我が兄ネルヴァだった。
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