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第二章 アーディル十歳
アイオンの業務報告
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アグローシア十暦風の月。女神の日。
本日、殿下がフィルディア様を怒らせました。
ですが、殿下はなぜそうなったか理解されていない様子。
周りが説明したのですが、ご理解いただけませんでした。
フィルディア様は、それはもうにっこりと微笑まれましたが、目は全く笑っておらず。
ええ…、殿下は本当に気が付かれておりません。
晩餐の折に、姿をお見せにならないフィルディア様をお部屋まで迎えに行き、ご実家であるグランディバルカス家にお帰りになっていることが判明致しました。
室内にはフィルディア様から、
「しばらく実家にてゆっくり休ませていただきたく、一旦お暇させていただきます」
と、置き手紙が残されておいででした。
は?殿下ですか?
殿下は現在、国王ご夫妻のお部屋にて、対策会議をなされておいでです。
※※※※※※※※※※
「毎日、水仕事など大変だな。良ければこれを使うといい♪」
ランドリーメイドや、キッチンメイド。スカラリーメイド。
彼女達の手を取っては、にっこりと微笑みながら掌に軟膏を置いていく。
若きも老いも、女達はそんなアーディルの姿に頬を赤らめていく。若い娘達の何人かは、側室になれるかもなどと浮かれているくらいだ。
アーディルは使用人達の手を取り、微笑んでは感謝を毎回述べていた。
「………恐れながら殿下にお伺いいたします……」
アーディルの側に常に控えていたアイオンは、恐る恐るそう声をかけた。
「何でしょう?」
きょとんと首を傾げ、アイオンを見上げるアーディル。彼はゆっくりと息を吐き出すと、真剣な顔でアーディルを見た。
「恐れながら、殿下はなぜ、彼女達の手をいちいち握られていらっしゃるのでしょうか?」
「…痛み具合を確認して、仕事に対して感謝をするためですね……」
答えはサラリと返された。
「でしたら、上の者に軟膏を配るように伝えて渡されればよろしいのでは?」
「それでは単なる丸投げです。私は私が皆に感謝していると知ってもらいたいのです!」
「お気持ちは分かりましたが、未婚の者もおります。手を取る必要は無いと思われます……。あらぬ誤解を招くやもしれません」
「アイオンの言いたいことは分かります。ですが、フィルという婚約者のいる私に対して、そのような誤解などないでしょう」
にっこり微笑んでそう答えると、アーディルは次の場所へと歩き出す。
「……殿下……。王族によっては側室もおいでの方がいるのですよ…。しかもあんな所をフィルディア様がご覧になったら…」
そう呟いたアイオンは、慌ててアーディルの後を追いかけた。
それからも変わらずに、アーディルは使用人達を労わった。
数日を過ぎたぐらいだろうか、フィルと会うための時間が合わなくなってきたような気がしたのは。
「申し訳ございません。明日のための用意をしておきたいと仰られ、王立図書館へ向かわれておいでです」
またある日は、
「本日は講義で話しすぎたため、喉の調子がよろしくないとのことで、お休みになられております…」
会えないフィルに焦れて、ステリナを呼ぼうにも『護衛メイド』であるステリナを主でないアーディルが呼びつけることも出来ず、そんな日々を過ごしていた。
「あぁ、これは痛いでしょう。軟膏では治りが悪いかもしれませんね…」
その日もアーディルは年の近いランドリーメイドの少女の手を己の左手に乗せ、労わるように右手で撫でていた。
「~~っ!!」
少女は涙目で真赤になっているし、アーディルはそんな少女に気づいていない。
「……アーディ様?」
背後から聞こえてきたフィルディアの声に、そのままの体勢で振り向いた。
「フィル!久しぶりに会いましたね。こんな所でどうしました?」
「……アーディ様のお姿を見かけましたので…」
チラリとフィルディアが向けた視線の先にあるものに気づかないまま、アーディルは少女の手を持ち上げた。
「見てください、フィル。働き者の手です。ですが、可哀想にこんなに傷めていて……」
悲しげにそう言うアーディルに、フィルディアはスっと右手を持ち上げた。
「……《回復》……」
フワリと光が少女の手を包み、あっという間に荒れた手が癒された。
「……フィル?」
「…申し訳ございません。次の講義に遅れますので…」
スっとカーテシーをすると、にっこりと笑顔でそう伝え、ステリナを連れてその場から立ち去っていく。
「…で、殿下!早く誤解をとかれないと…」
少女が真っ青な顔でそう言うと、
「殿下!急いでフィルディア様に弁明なされませんと!!」
同じく顔色の悪いアイオンにそう言われた。
「…誤解?弁明?何故ですか?」
コテンと首を傾げるアーディルの姿に、そこにいた全員が頭を抱えたのだったーーーー。
本日、殿下がフィルディア様を怒らせました。
ですが、殿下はなぜそうなったか理解されていない様子。
周りが説明したのですが、ご理解いただけませんでした。
フィルディア様は、それはもうにっこりと微笑まれましたが、目は全く笑っておらず。
ええ…、殿下は本当に気が付かれておりません。
晩餐の折に、姿をお見せにならないフィルディア様をお部屋まで迎えに行き、ご実家であるグランディバルカス家にお帰りになっていることが判明致しました。
室内にはフィルディア様から、
「しばらく実家にてゆっくり休ませていただきたく、一旦お暇させていただきます」
と、置き手紙が残されておいででした。
は?殿下ですか?
殿下は現在、国王ご夫妻のお部屋にて、対策会議をなされておいでです。
※※※※※※※※※※
「毎日、水仕事など大変だな。良ければこれを使うといい♪」
ランドリーメイドや、キッチンメイド。スカラリーメイド。
彼女達の手を取っては、にっこりと微笑みながら掌に軟膏を置いていく。
若きも老いも、女達はそんなアーディルの姿に頬を赤らめていく。若い娘達の何人かは、側室になれるかもなどと浮かれているくらいだ。
アーディルは使用人達の手を取り、微笑んでは感謝を毎回述べていた。
「………恐れながら殿下にお伺いいたします……」
アーディルの側に常に控えていたアイオンは、恐る恐るそう声をかけた。
「何でしょう?」
きょとんと首を傾げ、アイオンを見上げるアーディル。彼はゆっくりと息を吐き出すと、真剣な顔でアーディルを見た。
「恐れながら、殿下はなぜ、彼女達の手をいちいち握られていらっしゃるのでしょうか?」
「…痛み具合を確認して、仕事に対して感謝をするためですね……」
答えはサラリと返された。
「でしたら、上の者に軟膏を配るように伝えて渡されればよろしいのでは?」
「それでは単なる丸投げです。私は私が皆に感謝していると知ってもらいたいのです!」
「お気持ちは分かりましたが、未婚の者もおります。手を取る必要は無いと思われます……。あらぬ誤解を招くやもしれません」
「アイオンの言いたいことは分かります。ですが、フィルという婚約者のいる私に対して、そのような誤解などないでしょう」
にっこり微笑んでそう答えると、アーディルは次の場所へと歩き出す。
「……殿下……。王族によっては側室もおいでの方がいるのですよ…。しかもあんな所をフィルディア様がご覧になったら…」
そう呟いたアイオンは、慌ててアーディルの後を追いかけた。
それからも変わらずに、アーディルは使用人達を労わった。
数日を過ぎたぐらいだろうか、フィルと会うための時間が合わなくなってきたような気がしたのは。
「申し訳ございません。明日のための用意をしておきたいと仰られ、王立図書館へ向かわれておいでです」
またある日は、
「本日は講義で話しすぎたため、喉の調子がよろしくないとのことで、お休みになられております…」
会えないフィルに焦れて、ステリナを呼ぼうにも『護衛メイド』であるステリナを主でないアーディルが呼びつけることも出来ず、そんな日々を過ごしていた。
「あぁ、これは痛いでしょう。軟膏では治りが悪いかもしれませんね…」
その日もアーディルは年の近いランドリーメイドの少女の手を己の左手に乗せ、労わるように右手で撫でていた。
「~~っ!!」
少女は涙目で真赤になっているし、アーディルはそんな少女に気づいていない。
「……アーディ様?」
背後から聞こえてきたフィルディアの声に、そのままの体勢で振り向いた。
「フィル!久しぶりに会いましたね。こんな所でどうしました?」
「……アーディ様のお姿を見かけましたので…」
チラリとフィルディアが向けた視線の先にあるものに気づかないまま、アーディルは少女の手を持ち上げた。
「見てください、フィル。働き者の手です。ですが、可哀想にこんなに傷めていて……」
悲しげにそう言うアーディルに、フィルディアはスっと右手を持ち上げた。
「……《回復》……」
フワリと光が少女の手を包み、あっという間に荒れた手が癒された。
「……フィル?」
「…申し訳ございません。次の講義に遅れますので…」
スっとカーテシーをすると、にっこりと笑顔でそう伝え、ステリナを連れてその場から立ち去っていく。
「…で、殿下!早く誤解をとかれないと…」
少女が真っ青な顔でそう言うと、
「殿下!急いでフィルディア様に弁明なされませんと!!」
同じく顔色の悪いアイオンにそう言われた。
「…誤解?弁明?何故ですか?」
コテンと首を傾げるアーディルの姿に、そこにいた全員が頭を抱えたのだったーーーー。
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