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第二章 伯爵家は幸運を引き寄せる

伯爵夫人の葛藤

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商業国家マーケディアから、聖王国のエベリウム伯爵家に嫁いだマリアステラは、先日3歳の誕生日を迎えた嫡男である実子のカインベル・ランス・エベリウムが庭でメイド達と遊ぶのを眺めていた。

「…はぁ。やっぱ産まなきゃダメぇ?」

溜息をつきながら、彼女はチラリと隣のメイド長を見上げた。

「……奥様。我がエベリウム伯爵家は先のスタンピードで旦那様以外の身内の方はお亡くなりになっております。それは奥様が一番ご存知のはず……」

眼鏡の位置を直しながら、メイド長カーラはコホンと一息つく。

「分かってるわ。たまたま私のところに来ていたアベルが助かったのだって、ほんの偶然なんだもの。そうじゃなきゃ、四男だった彼が伯爵家を継ぐはずないんだもの……」

予定通りにマーケディアを出立していたなら、スタンピードにまきこまれ、アベルも死んでいただろう。
だが、彼は加護スキル《閃き》のおかげで、彼とその随伴者達は助かっていた。
マーケディアの中でも3大商家と呼ばれるエイデル商会の長女マリアステラと婚約した彼は、本来ならば次期エイデル商会長となるはずだったのだが、伯爵領で起こったスタンピードのせいで、自分以外の親族を亡くしてしまったため、家督を継がなくてはならなくなった。
エベリウム伯爵家は代々【王家の影】と呼ばれる情報機関を兼ねていたため、取り潰すというわけにもいかず、王家よりの打診でそのままマリアステラが嫁ぐことになったのだが、実際はマリアステラが機関長として腕を振るい、アベルは領内の復興を担当していた。

エイデル商会は、マーケディア内で唯一【人間】を商品としている商会であった。
商品といっても、【奴隷】としてではなく、【人材派遣】として、メイドや執事、料理人。傭兵などを各国へと送り込んでいるのだ。
そのため、各国にエイデル商会が運営する孤児院や救護院が存在しており、そこにいる子供達は適性に合わせた教育を受けていた。
特に『エイデルの護衛メイド』は、普段はメイドの彼女達が暗殺者や盗賊相手にも怯まず、仕える主を守り抜くということで有名であり、『護衛メイド』を雇っているということは、各国から高い信頼を受け取ることができる程であった。
他の職では条件に見合った者が派遣されていたが、『護衛メイド』だけは彼女達自身が、護るに値すると認めなければ雇うことができないためである。
そして、その『護衛メイド』達を取り仕切っていたマリアステラは、各国の情報を集めることにも長けていた。
アベルを本気で愛していたマリアステラは、『エイデル商会の先読み姫』と呼ばれる自身の力を王家に示して、結婚を認めさせたのだ。

「…アベルや陛下達から聞いて、分かってはいるのよ?うちには男児が最低でも二人は必要だってね。でも……。いくらアベルを愛していても、どうしても無理なのよ…」

両手で顔を覆い、俯くマリアステラの姿を伯爵家の若いメイド達は心配そうに見守っていた。
淡い金色の髪に薄い水色の瞳という淡い色合いを持つ彼女のそういう姿は、その本性を知らない彼女達には儚げに見える。

「……奥様。いえ、マリアお嬢様。このカーラには誤魔化しはききませんよ!マリアお嬢様がお子を作れないように避妊薬をお使いなのは存じておりますからね!」

カーラの言葉に、指の隙間からチッと舌打ちしながら、マリアステラはむくれた。
カーラはマーケディアから彼女についてきたメイドである。
若い頃は『護衛メイド』として、マリアステラに仕えていたカーラに、口で勝とうとしても仕事絡みでは敵わない。

だがしかし!

マリアステラは痛いことが、ものすごーく、ものすごーーーく大っ嫌いなのである。

新婚初夜の破瓜の痛みは、一度きりだからと何とか我慢できた(その後、めちゃくちゃ気持ちよかったので良しとした)が、出産は産むたびに痛みがあるのだ。
しかも、子供を産み終わるまでずっと。
時間不明。予測不能。痛みの程度も把握出来ないというあの地獄。

ーーどんなにアベルを愛してても、あの痛みだけは絶対に無理ーーーーーー!!!!

と、マリアステラは痛みへの恐怖から、こっそり避妊薬を愛用していたのである。

「……はぁ。誰か私の代わりに産んでくんないかなぁ?」

そんなマリアステラの呟きは幸いなことにカーラの耳にしか届かなかったーー。


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