上 下
6 / 21
第一章

6話 ゴールドフード

しおりを挟む
 ドン引きにゃんこの部屋は、静かで落ち着いた雰囲気に包まれていた。暖かみのある間接照明が部屋全体にやわらかい光を投げかけ、濃紺の壁紙と重厚な木製の家具が整然と並んでいる。大きな書棚には様々な本や資料がぎっしりと詰まっており、左手の壁には地図や計画図が貼られている。中央の机の上には整然と並べられた書類と筆記具が、主の几帳面な性格を物語っていた。怠惰であるが一応できる猫耳少女であった。

 一見すると知的な空間だが、部屋の片隅にはふかふかのクッションや、まるで猫が休むための場所のようなものもあり、ドン引きにゃんこ自身のリラックスゾーンであることがうかがえる。そのクッションに腰掛けて、彼女は深いため息をついた。

「おい、1%の確率の絶望の未来を呼び寄せたのは、お前か。私が楽をする未来を粉みじんにしたのは、おまえが元凶か、ああああああああ、まじ、ドン引きなんですけど!」

 ドン引きにゃんこは怒りを抑えきれず、声を荒げた。まさにヤンキーなにゃんこになっていた。地球からゴールドフードを調達して、ふんわりにゃんこの存在を姫様の記憶から消せば、99%解決できるはずだった未来が、倍増して苦労させられる絶望の未来になって返ってきたのだ。

 その時、部屋の扉が静かに開かれた。ヤンデレにゃんこが滑るように部屋に入ってきた。彼女の目は冷静さを保っているが、その奥には狂おしい光が宿っている。部屋には、涙を浮かべたふんわりにゃんこが立っていた。彼女は先ほどからドン引きにゃんこに叱られ、壁際でしくしくと泣いている。しかし、その光景を無視するかのように、部屋の隅に置かれた椅子に胡坐をかき、ヤンキーのような態度で腰を下ろした。

「しくしく、ひどいよぉ…わたし、なにかやっちゃいましたかぁ?」

 ふんわりにゃんこは小さな声でつぶやいたが、誰もそれに応えない。帝国民の中でも温厚な武闘派である彼女は、対策チーム? としてドン引きにゃんこに呼ばれたはずが、なぜか顔を合わせた瞬間に叱られてしまった。しかし、彼女自身は何が悪かったのか理解できず、困惑しているようだ。勇気をふりしぼり、ドン引きにゃんこの目を見ようとしたが、「あうう~・・・」その冷たい視線にすぐにまた俯いてしまった。

「で、これからどうするんだにゃ?」

 ヤンデレにゃんこが冷静な表情で尋ねる。彼女の声にはわずかな苛立ちが混じっていた。

 ドン引きにゃんこは眉間にしわを寄せ、深いため息をついた。

「こんなバカはほっておいて、考えないと、まじドン引きだわ」

「しくしく、ひどいよぉ・・・」

 ドン引きにゃんこはふんわりにゃんこを一瞥もせずに言い放った。

 昨日、姫にゃんことの会話を思い出した。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ゴールドフードがないと、生きていけない…」

 姫にゃんこは静かにつぶやいた。その瞳には深い悲しみが宿っていた。

「まじですか。このシルバーフードならたくさんありますよ? シルバー向けになりますけど?」

 ドン引きにゃんこは差し出した。しかし、姫にゃんこはそれを見つめ、「おいしくない…」と一言。それでも黙々とシルバーフードを食べ始めた。って、食べるんかい? と思わずつっこみを入れそうになった。

「あいつ、許せない…」

 姫にゃんこはシルバーフードを口に運びながら、小さな声でつぶやいた。

「それで姫様、ゴールドフードのために地球を侵略するなんて、どうするつもりですか?」

 ドン引きにゃんこが恐る恐る尋ねると、姫にゃんこは静かに振り向き、ぼんやりとした瞳で彼女を見つめた。

「猫パンチする」

 その一言に、ドン引きにゃんこは息をのんだ。

「えええええええええええええ、ま、まじですか。本気ですか…」

 ドン引きにゃんこは困惑しながら尋ねた。

「とりあえず殴る」

 姫にゃんこは微かに微笑んだ。

「ええっ、まじで、まじで、本気ですか、姫様!?」

 ドン引きにゃんこは驚きの声を上げた。

 にゃんこ帝国は戦闘にゃん族であり、戦闘に優れた力こそがすべてという考えを持っていた。王族は比類なき力を持つ者が多く、一騎当千の力を持っていた。その一騎当千の力を持つ帝国でも指折りの第二王女、姫にゃんこの妹でさえ、姫様が指先一つで病院送りにした。その姫様の必殺技「猫パンチ」は、惑星一つを消し飛ばすほどの威力があるという。

 そんな技を地球で使われたら、地球どころか自分たちも巻き添えになってしまう。相手のしろにゃんこの戦力も未知数であり、自分のスキルを使用してもエラーが出て、未来の確率が読めないほどだ。この二人が戦うと危険な予感しかしない。

「うわー、地球はどうでもいい…命がやばい」

 ドン引きにゃんこは心の中でそうつぶやきながらも、どうにかしてこの状況を打破しなければならないと決意を新たにした。姫にゃんこの無謀な計画をどうやって軌道修正するか、そしてゴールドフードを確保する方法を見つけるため、彼女は行動を起こすことにした。

「まずはメガネにゃんこに相談しよう」

 ドン引きにゃんこは、帝国で最も賢いとされるメガネにゃんこを呼び出した。彼女はいつも冷静で、情報分析に長けている。ぶかぶかの白い学者服に身を包み、四角い帽子をかぶった小柄なにゃんこだ。

「メガネにゃんこ、ゴールドフードについて詳しく調べてくれない?」

 ドン引きにゃんこは真剣な表情で頼んだ。

 メガネにゃんこは眼鏡をクイッと持ち上げながらうなずいた。

「お任せください。すぐに調査いたします」

 数分後、メガネにゃんこは大きな地図を広げ、部屋の中央の机の上に置いた。緊張感が走る。ドン引きにゃんこはじっとその地図を見つめた。メガネにゃんこの指がゆっくりと地図の上を動き、一つの場所を指し示す。

「この未開惑星です。技術レベルも低く、我々にとっては未踏の地と言えます。この村にゴールドフードのレシピや原材料の手がかりが隠されているようです」

 メガネにゃんこは地図上の惑星を指差した。それは地球とは別の、まだ帝国民が誰も足を踏み入れたことのない惑星だった。

「未開惑星?」

 ドン引きにゃんこは眉をひそめた。

「ええ、地球ではありません。我々の帝国がまだ調査していない惑星です。この村には暗号のような文字列が書かれており、解読が必要です」

とメガネにゃんこは冷静に説明した。

「【ああああ】ね、シルバーフードがなくなるまで時間がない…。そもそも、一般的なお菓子のために命がけで戦争とか、まじ、ドン引きなんですけど?」

 ドン引きにゃんこはため息をついた。

 にゃんこ帝国の民衆は脳筋かバカが多い…。戦争も祭り気分で乗り出すだろう。笑って死にそうなやつらだ。あの王でさえ、姫にゃんこが地球侵略というお馬鹿なことを言ったにもかかわらず、泣いて大喜びしだすし。その横で胃痛に苦しむ自分の父親がいた…。

 ドン引きにゃんこが小さな頃、自宅に帰ってきた父親が呟く言葉を思い出した。

「やぁ、ドンちゃん、父さんは昔、執事をしていたんだ。ちとばかし頭がよかってね、くそがあああああああ、あの馬鹿王がああああああ!!」ドン引きにゃんこの父親、シリアスにゃんこは今や王宮の参謀として落ち着いた立場にいるが、その鋭い目にはかつての執事時代の片鱗が残っている。しかし、その目は今、激しい怒りで燃えていた。シリアスにゃんこは頭にかぶっていた帽子をぶん投げて、地団駄を踏んでいた。

「あれが私の未来になるのは流石にごめんだ」

 ドン引きにゃんこはそう思いながらも、現実を見据える。

「メガネにゃんこ、具体的にどこから調べればいいの?」

 ドン引きにゃんこが尋ねた。

 メガネにゃんこは地図を広げ、「この国です。レシピ発案者がいるはずです」と指差した。

「確か村よね・・・それでどの村?」

 ドン引きにゃんこはさらに問い詰めた。

 メガネにゃんこは困ったように首をかしげ、「それが分からないんです」と答えた。

「まじか…。だけど、やらないと、やられる」

 ドン引きにゃんこは小さく呟いた。
 
 姫にゃんこの「猫パンチ」に巻き込まれて蒸発していく部下たちの姿が脳裏に浮かぶ。「あははははは、綺麗なお花畑が見える」と、彼らの最後の言葉が響く。その中に自分の声も混ざっている。「あらやだぁ、ドン引きなんですけど」と、まるで天国が見えるような光景だった。ドン引きにゃんこは拳を握りしめた。「何があっても、姫様を止めてみせる。私が楽をして遊んで暮らせる日のために…」彼女の瞳には、固い決意の光が宿っていた。

 地球の運命はドン引きにゃんこにかかっていた。自分の命もかかっていた。だからやるしかない。戦争が始まる前にこのレシピ発案者をこの国に来てもらうようにお願いしよう。強制的に…。ドン引きにゃんこは心に誓った。姫にゃんこの無謀な計画を阻止しながら、ゴールドフードを手に入れるための情報戦が今、始まるのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

そのメンダコ、異世界にてたゆたう。

曇天
ファンタジー
高校生、浅海 燈真《あさみ とうま》は事故死して暗い海のような闇をさまよう。 その暗闇の中、なにげなくメンダコになりたいという想いを口にすると、メンダコとなり異世界の大地に転生してしまう。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
空想の中で自由を謳歌していた少年、晴人は、ある日突然現実と夢の境界を越えたような事態に巻き込まれる。 目覚めると彼は真っ白な空間にいた。 動揺するクラスメイト達、状況を掴めない彼の前に現れたのは「神」を名乗る怪しげな存在。彼はいままさにこのクラス全員が異世界へと送り込まれていると告げる。 神は異世界で生き抜く力を身に付けるため、自分に合った能力を自らの手で選び取れと告げる。クラスメイトが興奮と恐怖の狭間で動き出す中、自分の能力欄に違和感を覚えた晴人は手が進むままに動かすと他の者にはない力が自分の能力獲得欄にある事に気がついた。 龍神、邪神、魔神、妖精神、鍛治神、盗神。 六つの神の称号を手に入れ有頂天になる晴人だったが、クラスメイト達が続々と異世界に向かう中ただ一人取り残される。 神と二人っきりでなんとも言えない感覚を味わっていると、突如として鳴り響いた警告音と共に異世界に転生するという不穏な言葉を耳にする。 気が付けばクラスメイト達が転移してくる10年前の世界に転生した彼は、名前をエルピスに変え異世界で生きていくことになる──これは、夢見る少年が家族と運命の為に戦う物語。

処理中です...