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~吸血鬼~
第五章 転回 ③
しおりを挟む秋の夜。
響く、銃撃音。
飛び散る火花で微かに闇夜に光が灯る。
屋敷の襖や壁が銃弾によって撃ち抜かれ、穴があいていく。
屋敷に迫る男たちの手には拳銃や小銃が握られていた。口元に笑みを浮かべ、銃口を屋敷へと向ける。そして、再び引き金が引かれる。連射。轟音と共に屋敷が形を変えるように、穴が空き、一部が崩れていく。
拳銃に装てんしていた弾を全弾撃ち尽くすと銃撃が止まる。
暗く黒い闇夜に硝煙が舞う。
しばし、空間は本来の夜の静寂が流れる。
しかし、次の瞬間。
襖を蹴り破り、屋敷内からは刀を持った複数の着物を着た者たちが唸り声をあげて飛び出してくる。
外で屋敷の中の様子を伺っていた者たちは、焦ったように再び拳銃のトリガーに指をかけ、銃弾を発砲させる。何発か、身体に喰らう者もいるが、倒れない。一直線に銃弾を撃ってくる者たちに向かって駆けて行く。刀を振りかざし、発砲している者たちを斬っていく。だが、それに合わせ、銃弾を至近距離で浴びて倒れる者もいる。
――秋の夜に突如、抗争が始まった。
刀を持つ集団の最後尾には、大太刀を鞘から引く抜く、佐々宮紫が姿を現した。
※※※
紫は指揮を取りながら、銃を手にする者たちを撃退していく。
闇夜に乗じているが、聞こえてくる銃声を頼りに、使用人に指示を出し、時には自ら斬り倒していく。どれだけ人を斬ったのかわからないほど、かなりの数を斬った。また、こちら側もどれだけの人が殺されたのか、まったくわからない。だが、未だに戦いは終わる気配すらしない。ここはすでに戦場で、相手は銃弾を撃ち尽くしてくる。
ここにいるわたしたち、全員を皆殺しにするつもりなのか。
紫は、無数の薬莢を踏みつけながら、鳴り響く銃の音を頼りに身を屈め、素早く移動する。銃弾は体を掠るが、致命傷はうけていない。紫は大太刀を体いっぱいに使って雷霆の如く振り下ろす。一人を斬った後、続けて横に薙ぐ。そのひと振りで、同時に二名を斬り、ドサドサッと地面に倒れていく。まだ、銃弾は止まない。
紫は息をふうっと吐き、辺りを見渡す。
「優弥はどこ!?」
こんな時に求めるのは、同等の力を持っていると認めている相手だ。だが、突然の銃撃に顔を合わす暇もなく、撃退するために家の中で無事だった使用人を連れて家を飛び出した。
「まさか、もう……」
一度、視線を落とすが、すぐに首を横に振る。
いや、優弥はそんな簡単なタマじゃない。
再び、力強く柄を握ると、地面を蹴った。
今は、この事態を抑えないと……。
斬り続け、相手の数は減ってきている。だが、まだ攻撃は終わらない。
相手側も指揮しているやつがどこかにいるはず。ここは、総力戦の場じゃない。
紫は周りを見渡すと、銃弾の出どころが集団で固まっている箇所を探す。指揮しているやつは必ず、その集団の中にいる。左右に視線を走らせて、紫はその目ではっきりと捉えた。十数名が固まって、銃弾を撃ち込んでいる。
――あそこだ。
一目散にその集団へと駆け寄る。何名かの使用人もそれに気がついて、その集団を狙いに行ったみたいだが、すでに倒れて絶命していた。紫は横目に見て、異変に気がつく。
……斬られている?
倒れてる仲間の身体から見えるのは、切傷。四肢の一部を切断されている者もいた。
そして、銃弾が止んだ。
止めたんだ。相手の指揮官らしき人が手を挙げて。
その人物は暗がりからそっと歩み出てきて、姿を現した。
「やっと……追いつめたよ。佐々宮」
「なっ……」
紫は驚愕した。
手も足も目蓋も、全身が冗談みたいに震えだす。
喉の奥からようやく声を絞り出して、その人物の顔を見上げた。
「どうして……どうして……そこにお前が居る――」
※※※
魁斗は振り向いた相手の顔を見て、目を見開いた。
「お前……」
体の力が抜ける感覚がした。だって、ここにいるはずもない人物だ。居たらおかしい相手だ。
心臓だけは大きく跳ねて、嫌なリズムを刻みだす。あまりの不意打ちに動揺しながら口を開く。
「そんな……なんでお前がここにいるんだ……?」
魁斗はその人物の名前を呼ぶ。
「――優弥」
目の前の人物は覆っていた布を剥がすと、首を少しだけ傾げて、にっこりと微笑んだ。そして、再び問いかけてくる。
「訊いてるのはこっちだけど……魁斗くんはどうしてここにいるの?」
至極当然のように、いつものように振る舞ってみせる。
魁斗は返事が返せない。いまだに目を大きく見開き、ただ茫然と突っ立っている。動悸が激しく、唇も口の中もカラカラに渇いていく感覚がした。
その様子を見てか、優弥は自分がここにいる理由を魁斗に述べだした。
「ぼくは、ただ依頼をこなすためにここに来ただけだよ?」
口元を緩く綻ばせ、ちょんっと今度は反対側に首を傾げてみせる。
あくまで自分がここに居るのは、深海のなんらかの依頼であると信じさせるように。
だが、魁斗は知ってしまっている。画像でお前の姿を見ている。そのアタッシュケースも。
「……なんの依頼だ?」
魁斗は訊き返す。
脳内では色々なものが激しく渦巻きはじめる。
「それは、言えないね。守秘義務があるからね。たとえ仲間でも……まぁ、でも、深海からの依頼だよ」
「……本当か?」
「えーっと……なに? もしかして疑ってるの? 魁斗くんも似たようなことしてるんでしょ。一緒だよ」
優弥は困り笑顔で、ぽりぽりと頬を掻く。魁斗は眼球だけを走らせて、アタッシュケースに目を向ける。
「その、ケースには何が入ってる?」
「……」
優弥の笑顔が若干曇り始める。上げていた口角がぴくっと小刻みに動いた。徐々に顔色には余裕がなくなっていく。
「べつに、なにも。だから、見せられないって……守秘義務があるんだから……きみには関係ないでしょ」
優弥はそう答えるも、魁斗は疑惑の目を向け続ける。眉間に皺を寄せて、真正面から優弥の目を見る。
優弥がその目を見返して、やがて大きくため息をつく。何かをあきらめたかのように、強く大きく長く息を吐いていく。そして、
「なにか、知ってるの?」
笑っていた顔が表情を失っていく。だけど、優弥はそれを隠すように片手で顔を覆った。口元だけはぎりっと歯噛みするのが見えた。
「お前の風貌が写っていた画像を見た。顔は見えなかったけど、銃の取引の現場だ」
優弥は顔を覆ったままだったが、歯を嚙み合わせて、もう一度ぎりっと食いしばった。
「魁斗くん、それはいったいどこで見たの?」
手で目蓋を覆い、その目は決して見えなかったが、雰囲気が、気配が変わっていく。空気がピリついていく。
「それは、言えない」
魁斗ははっきりと答えた。そして、
「優弥、そのケースの中身は銃か?」
アタッシュケースを指差して、優弥に確認を取ろうと尋ねる。
どうか、どうか違ってほしいと願った。
頭の中はざわついている。
優弥は覆っていた手を降ろす。完全に雰囲気が変わる。何かよくないことがおこりそうな、そんな不吉な前触れの嫌な感じがした。
これまでの優しい彼の放つ空気ではない。
眼が見えた。
その眼が陰っている。渦巻くように、深く、黒く、暗く、深淵に飲み込まれているように。
それでも、口元はやさしく緩んでいる。だけど、それが脳内に危険信号を伝えていく。
笑っていないのだ。瞳が。
暁斗の時と同じ。
その眼の陰りは……
「優弥、お前は……」
もはや確認など必要ない。その眼が答えだ。魁斗は閉じていた足幅を開いていく。すぐに動けるように態勢だけは整える。
「そっか……」
優弥はそれだけ呟き、残念そうに瞳を一度伏せていく。手元から布で覆い隠していた刀を取り出す。右手で柄を掴み、左手で鞘を固定。そっと引き抜くとギラリと光る刀身が見えてくる。
「お前、なんで……?」
「ごめんね。魁斗くん。ぼくにも果たすべき目的があるんだ。邪魔するなら、斬るよ」
カランと優弥は鞘を落とす。刀を握った右手をまっすぐに伸ばして、切っ先を魁斗へ向ける。
やるしか、ないのか……。
魁斗は、半身の形を取り、腰を落としながら、拳をぎゅっと握りしめる。
だが……なぜ、優弥が?
思考は一旦止める。
優弥が地面を蹴って魁斗のもとに一気に距離を詰めてきた。
魁斗は、いまだ迷いが拭えない。
近くに転がっていた椅子を掴むと優弥に向けて思いっきり投げつける。
優弥はそれを一閃。見事なまでに椅子が真っ二つに叩き切られ、優弥の体の端を掠めながら左右へとその残骸は転がっていく。
魁斗はその隙に距離を取りつつ、柱の陰に隠れる。
どうしても理由が知りたい。
「優弥、どうしてこんなことをする!? それに……お前が蒼星に銃を渡してたのか!?」
優弥は魁斗の声がする方向に振り返る。
「答えろっ!!」
刀身を下ろすと、ゆっくりと魁斗が隠れている柱に近づいてくる。
「そうだよ。ぼくがやった。取引したんだ。銃の引き渡しをすることと深海の内情を漏らすことを」
「なんのために!?」
「――佐々宮を潰すため」
瞬間、優弥は目の前にいた。魁斗の首に向かって刀を横に薙ぐ。魁斗は屈んでギリギリ躱しきると刀身は頭上を通過。コンクリートの柱を通り抜けるように一部を分断する。その柱からは白い煙が舞い上がるように構造物が飛び散る。
魁斗はもう一度、距離をとるように後退る。だが、優弥が一歩で迫る。苦し紛れに拳を打ち出すも、優弥はそれをなんなく避け、魁斗の背後に回る。魁斗は空振った拳を引きながら振り返ろうとする、が……
――後頭部を一閃。
魁斗はその場に倒れた。
じわじわと視界が暗くなっていく。
そんな視界の中で、近くで立って見下ろしている優弥は哀しげに目を細め、
「ごめんね」
と、囁いた。
なんで……。
声が出ない。
視界が薄れていく、その薄れた視界の中で、最後まで目の前にいる人物の顔を見た。
なんて、なんて、哀しい顔をしてるんだ。優弥……。
そして、暗転――
※※※
優弥は見届けたあと、黙ったまま身を翻し、背を向けてひとり歩きだす。
――もう、計画は止められないんだ。
眼差しを強め、前だけを向いて行く。
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