上 下
88 / 91

第88話 希美のとまどい

しおりを挟む
 ガコン!

 ガキィイインッッ‼

(まどかの金属バットの音……)

 真っ暗な意識の中で。
 希美は、そう思った。
 瞼が重く開かない。
 身体も重くて動かせない。
 口すらも動かすことが出来ない。

 ガコン!

 ガキィイインッッ‼

(まどか、まどかッッ‼)

「まどかちゃん! おれも加勢するのだ!」

 ザシュ!

 ザシュシュッッ‼

(……――春日部)

 日向の銛が裂く音に、希美も安堵の息を吐く。
 彼がいれば桜木は傷つかなくて済む、と。

 ちり。

 ちりり。

 それは同時に。
 胸の奥が焦がれる結果を生み出した。
 堪らなく、不愉快なものでもあった。
 
(どうして、私はまどかと戦えないの?! どうしてなのよッッ‼)

 悔しさに押しつぶされそうになってしまうも。
 ここでようやく。
 希美の意識が途絶えた。

 ◆

「ん――……ぅん」

 瞼を震わせながら。
 希美は目を覚ました。
「! まどかッッ?!」
 彼女の名前を呼びながら。

 ギシーー……。

 空き上がると船が軋み鳴った。
 なのに。

「――……ぇ」

 船の中には誰もいなくなっていた。
 日向も、桜木も。
 たぬ吉すらも。

『何? おばさん、驚いたのかよ』
「‼ 篠崎ッッ! あなたのせいね?!」
『はァ~~それ以外で、何があるっての? おばさんったら』
「ここは、どこなの?」

『深淵だよ。お前さんのね』

「私、の?」
『そぉだよ? お前さんのさ』

 ギシ。

 ようやく篠崎が船の上に姿を現した。
 その姿は、かくれんぼのときと同じ格好で。
 だけど。
 身体にノイズが奔っている。
 おかしなことに。
「どうしてあなたは……私の傍にいるのに。姿を現さないの?」
 気になっていた疑問を口にした。
 篠崎も苦笑して応えた。

『も。身体がないからさ』

 自身は金属バットによって撲殺されていまっている。
 犯人は誰かとかは敢えてボヤけさせながら。
 返事を続けた。
『それに俺は、お前さんの。おばさんの傍にいたいんだよ。だからさ』 
「意味が……分からないわ。篠崎」
『俺はさ……なんか。こっぱずかしいけどさ』

 正面から篠崎が希美を抱き締めた。

『希美のなかのことが、世界で一番、誰よりも――』

 ◆

「篠崎ッッ‼」

 ガン!

「っだ! なのだッッ‼」

 希美の上がった頭が日向の顎に勢いよく当たり。
 鈍い音が鳴った。
「お、お兄さん~~!?」
 思いもしない光景に、桜木も驚きの声を漏らすのだった。
「っだ、大丈夫??」
「なんとか」
 顎を抑える日向越しに、
「のなかちゃん! 大丈夫?!」
 心配気に声をかけた。
「ええ……大丈夫よ。まどか」
「ううん! よかったぁ~~のなかちゃん、いきなり気を失うから心配したんだよ?」
「まどか。ごめんなさい…春日部も」
 ゆっくり、と身体を起こすと。

「こ、ここは……いったい、どこなの?」

 辺りの空気が真っ赤なものだった。
 色のついた霧のようにも視える。
 そして。

「どうして、こんな――……」

《クジャクモールプラザ》の中は酷く荒廃していた。
 今まで居た場所ではないほどに。
 目を疑いたくもなる。
 まだ、頭がどこか調子が悪いのかと。
 顔を、軽く横に振った。

「大丈夫だよ。のなかちゃん、これは現実だよ」

 笑顔を向ける桜木に、
「なら、早く階を下りましょう」
 希美が言い返した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...