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#6 王子様と子羊たち

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 竜司は座ったまま、改めて店内を見渡した。うす暗い中にチカチカと電飾も光る、そんな中を慣れた様子で騒ぎ賑わう空間は初めてで、緊張すらしてしまう。視線を下にやれば、自身の脚と海潮から借りたワンピースが視界に映る。
(本当に、どうしてこんなことになっちゃったのかなぁ)
 深くため息を吐く竜司に、
「やぁ? 1人なの?」
 低い声の男が声をかけて来た。
 それには竜司も驚いて、勢いよく顔を持ち上げた。
「ひょっとして。初めてなの? こういうお店」
「ぁ、はい」と男を竜司も見た。

 男は狐のような二重の目が細く吊り上がり、短い黒髪と顎髭をセットしていて。サラリーマンであるスーツ姿だった。黒ぶちの眼鏡越しに男がにこやかに竜司を見下ろしている。

(なんで、僕なんかに声をかけて来たんだろう? この人)

 男だけが集うお店であることを知った以上。
 竜司のような人間に、声をかける真似をする人間がいるとは思わなかった訳だ。
 思いもしないことに、竜司も戸惑ってしまうほかない。
(周りには、…僕なんかよりも若い男の子がいるじゃないか)
 気まずく視線を竜司も反らしてしまった。
「その格好からいって、ひょっとしてママの知り合いかなんかなんでしょう? 違うかい?」
 竜司が着ているワンピースを指差し、横の椅子に腰をかけた。
「横、いいよね?」
「ぁ、…はい」
 ドキマギと受け応えるも、竜司にとっては恐怖でしかない。
 男は、今まで竜司が出会って来たような人間ではないからだ。
(なんか、怖い…この男の人)
 ビクビクと身体を強張らせる竜司の様子に、
「自己紹介しょうか? 私は、如月扇って名前で。38歳のおじさんです♡」
 警戒を解こうと、自身の名前を竜司に伝えた。
「それで。お兄さんのお名前は何かな? おじさんに教えて欲しいなぁ」
「な、まえ…ですか? ぼ、僕は…」
 ここで竜司も困ってしまう、弟の縁司のフリをしている上に。
 ここで弟の名前を言って、今後において弟が困ってしまわないかと。
(偽名、…でも、海潮さんとマユさんには名前を言っちゃってるしなぁ~~)
 もっとも、今現在で困っているのは竜司自身なのだが。

「ん? 名前は教えたくない感じなのかな? そんなにおじさんは胡散臭く視えるのかなぁ~~ショックだぁー~~」

 わざとらしく嘆き様子の扇に、
「…ぼ、僕は。棗縁司エンジって言います。歳は、…24で…」
 渋々と賑やかな空間と音楽に掻き消えそうな声で言う。
 むしろ聞こえるな、とも思ったぐらいだ。
「縁司君って言うんだ? いい名前だねぇ」
 扇が竜司に笑いかけた。
 そこへと。

「王子さん? 何、従業員に手を出そうとしているんですかぁ~~」

 注文オーダーを受け終えたマユが戻って来た。
 腰に手を当ててグロスが光る唇を突き出す。

「ぇえー? 縁司君は従業員なのかい? それはおじさんも知らなかったなぁ~~」
「ママの服を着てるの分かってて何を言ってるんですかなぁ? 全っっっっくもぉー~~」
「ぁ、あはは」とはにかみ、肩を竦める扇を竜司も見据えていた。

(よく。笑う人だなぁ、この人)

 へらへらと、竜司にもウインクをする彼。

「でも。従業員なら、少しくらいは私と話してていいんじゃないのかなぁ? ねぇ」

「…まぁ。でも、その子は今日が初出勤だし、何も出来ないわよぉう? 王子様」
「別にいいさ。今日は辛いことあったから、話しを聞いて貰いたいだけなんだ」
 しゅんと顔を俯かせた扇に、
「っぼ、僕でよければ聞くよ? ね? あ。でも、いいのかな? 手が足りないって、さっき…」
 慌てて竜司も肩に手を置き、マユに顔を向ける。
「今日が初日の君なんかじゃあ邪魔だし。いいわよ? 王子様のお話しを聞いてあげてちょうだい」
「! ぁ、ありがとう!」
 わりと酷いことを言われたが竜司も聞き流した。
「ぉ、如月さん? いいって言われたよ? さっ、話してよ」
 竜司は扇ににこやかに言うと扇の顔も持ち上がった。

「じゃあ。この席じゃなくて、あっちのソファー席に行こうか♡」

 奥にあったソファー席を指差す扇に。
(え。ここでもいいんじゃないのかなぁ?)
 竜司も内心で戸惑ったのだが、話し手が望む場所に行くことにした。
「うん。いいですよ」
「じゃあ。何か飲むかい? おじさん、驕っちゃうよ♡」
「ぁ。ぼ、僕はお酒は弱いから…烏龍茶ソフトドリンクで」 
「そうなのかい? ま、いいっか! さてさてっと、行こう、行こうっ♡」
 竜司の腕を掴み扇はソファー席へと向かった。
 やや強引な彼だが、今までに接したことのないタイプの人間である為に竜司も、どうにも対策も、抵抗も出来ずになされるがままになってしまう。

「あれ? なんだ、こんなところに他の子もいたんだね」

「っひぇ!」と声を上げたのはソファー席に1人で腰をかけていた男だった。
 しかし、目に見えて彼は――
(…10代なんじゃないのかな? この子)
 縁司なんかよりも若いように竜司には思えた。

「っご、ごめん! ぉ、俺は他の席に移動すっから!」

 短い赤茶の髪に、目元は誰かに似ていると思った。
 これまでに会った誰かに。
 しかも、姿と格好が色は黄色と違えどワンピース姿。
 明らかに海潮の友人である。

(きっと。助っ人で呼ばれた子なんだ。この子は)

 竜司が確信に近いことを考えていると。
 彼に扇も笑いかけて、ソファー席を指差した。

「いいよ。いいよ♡ おじさんの話しを、このお兄さんと一緒に聞いてちょうだいよ♡」
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