上 下
6 / 51

#6 王子様と子羊たち

しおりを挟む
 竜司は座ったまま、改めて店内を見渡した。うす暗い中にチカチカと電飾も光る、そんな中を慣れた様子で騒ぎ賑わう空間は初めてで、緊張すらしてしまう。視線を下にやれば、自身の脚と海潮から借りたワンピースが視界に映る。
(本当に、どうしてこんなことになっちゃったのかなぁ)
 深くため息を吐く竜司に、
「やぁ? 1人なの?」
 低い声の男が声をかけて来た。
 それには竜司も驚いて、勢いよく顔を持ち上げた。
「ひょっとして。初めてなの? こういうお店」
「ぁ、はい」と男を竜司も見た。

 男は狐のような二重の目が細く吊り上がり、短い黒髪と顎髭をセットしていて。サラリーマンであるスーツ姿だった。黒ぶちの眼鏡越しに男がにこやかに竜司を見下ろしている。

(なんで、僕なんかに声をかけて来たんだろう? この人)

 男だけが集うお店であることを知った以上。
 竜司のような人間に、声をかける真似をする人間がいるとは思わなかった訳だ。
 思いもしないことに、竜司も戸惑ってしまうほかない。
(周りには、…僕なんかよりも若い男の子がいるじゃないか)
 気まずく視線を竜司も反らしてしまった。
「その格好からいって、ひょっとしてママの知り合いかなんかなんでしょう? 違うかい?」
 竜司が着ているワンピースを指差し、横の椅子に腰をかけた。
「横、いいよね?」
「ぁ、…はい」
 ドキマギと受け応えるも、竜司にとっては恐怖でしかない。
 男は、今まで竜司が出会って来たような人間ではないからだ。
(なんか、怖い…この男の人)
 ビクビクと身体を強張らせる竜司の様子に、
「自己紹介しょうか? 私は、如月扇って名前で。38歳のおじさんです♡」
 警戒を解こうと、自身の名前を竜司に伝えた。
「それで。お兄さんのお名前は何かな? おじさんに教えて欲しいなぁ」
「な、まえ…ですか? ぼ、僕は…」
 ここで竜司も困ってしまう、弟の縁司のフリをしている上に。
 ここで弟の名前を言って、今後において弟が困ってしまわないかと。
(偽名、…でも、海潮さんとマユさんには名前を言っちゃってるしなぁ~~)
 もっとも、今現在で困っているのは竜司自身なのだが。

「ん? 名前は教えたくない感じなのかな? そんなにおじさんは胡散臭く視えるのかなぁ~~ショックだぁー~~」

 わざとらしく嘆き様子の扇に、
「…ぼ、僕は。棗縁司エンジって言います。歳は、…24で…」
 渋々と賑やかな空間と音楽に掻き消えそうな声で言う。
 むしろ聞こえるな、とも思ったぐらいだ。
「縁司君って言うんだ? いい名前だねぇ」
 扇が竜司に笑いかけた。
 そこへと。

「王子さん? 何、従業員に手を出そうとしているんですかぁ~~」

 注文オーダーを受け終えたマユが戻って来た。
 腰に手を当ててグロスが光る唇を突き出す。

「ぇえー? 縁司君は従業員なのかい? それはおじさんも知らなかったなぁ~~」
「ママの服を着てるの分かってて何を言ってるんですかなぁ? 全っっっっくもぉー~~」
「ぁ、あはは」とはにかみ、肩を竦める扇を竜司も見据えていた。

(よく。笑う人だなぁ、この人)

 へらへらと、竜司にもウインクをする彼。

「でも。従業員なら、少しくらいは私と話してていいんじゃないのかなぁ? ねぇ」

「…まぁ。でも、その子は今日が初出勤だし、何も出来ないわよぉう? 王子様」
「別にいいさ。今日は辛いことあったから、話しを聞いて貰いたいだけなんだ」
 しゅんと顔を俯かせた扇に、
「っぼ、僕でよければ聞くよ? ね? あ。でも、いいのかな? 手が足りないって、さっき…」
 慌てて竜司も肩に手を置き、マユに顔を向ける。
「今日が初日の君なんかじゃあ邪魔だし。いいわよ? 王子様のお話しを聞いてあげてちょうだい」
「! ぁ、ありがとう!」
 わりと酷いことを言われたが竜司も聞き流した。
「ぉ、如月さん? いいって言われたよ? さっ、話してよ」
 竜司は扇ににこやかに言うと扇の顔も持ち上がった。

「じゃあ。この席じゃなくて、あっちのソファー席に行こうか♡」

 奥にあったソファー席を指差す扇に。
(え。ここでもいいんじゃないのかなぁ?)
 竜司も内心で戸惑ったのだが、話し手が望む場所に行くことにした。
「うん。いいですよ」
「じゃあ。何か飲むかい? おじさん、驕っちゃうよ♡」
「ぁ。ぼ、僕はお酒は弱いから…烏龍茶ソフトドリンクで」 
「そうなのかい? ま、いいっか! さてさてっと、行こう、行こうっ♡」
 竜司の腕を掴み扇はソファー席へと向かった。
 やや強引な彼だが、今までに接したことのないタイプの人間である為に竜司も、どうにも対策も、抵抗も出来ずになされるがままになってしまう。

「あれ? なんだ、こんなところに他の子もいたんだね」

「っひぇ!」と声を上げたのはソファー席に1人で腰をかけていた男だった。
 しかし、目に見えて彼は――
(…10代なんじゃないのかな? この子)
 縁司なんかよりも若いように竜司には思えた。

「っご、ごめん! ぉ、俺は他の席に移動すっから!」

 短い赤茶の髪に、目元は誰かに似ていると思った。
 これまでに会った誰かに。
 しかも、姿と格好が色は黄色と違えどワンピース姿。
 明らかに海潮の友人である。

(きっと。助っ人で呼ばれた子なんだ。この子は)

 竜司が確信に近いことを考えていると。
 彼に扇も笑いかけて、ソファー席を指差した。

「いいよ。いいよ♡ おじさんの話しを、このお兄さんと一緒に聞いてちょうだいよ♡」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

王家の影である美貌の婚約者と婚姻は無理!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:17,960pt お気に入り:4,455

僕が学校帰りに拾ったのは天然で、大食いな可愛い女勇者でした

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:13

なりゆきで、君の体を調教中

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:135

ど天然で超ドジなドアマットヒロインが斜め上の行動をしまくった結果

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:95

処理中です...