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#14 おにねーちゃん騎士くん、二歳にして規格外でした

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 家庭教師のロンバーリー=グンジョウが来てからも、アララギに見て分かるような著しくも大きな成長の変化はない。当然のことながら話すことも、依然とない。
 その彼をロンは見ている。

 家庭教師というよりはベビーシッターだった。

(何を教えているってんだ。あやしているの間違いじゃないのか)

  ロンの様子をジョイは距離を置いて見据えていた。自身のよりどころであった弟がよく分からない男に持っていかれたために、いよいよもってジョイは孤独一人きりだ。しかし。今更、サンドロを可愛がるなんて真似なんかは出来ない。

 自身が可愛がりたい弟はアララギディーニなのだ!

「おい! 手前っ」

「手前じゃない。先生と呼べよ」

「っは! ……先生様わー~~今、弟に何を教えているのか教えてくださいますかねぇ~~」

 アララギを脇に抱きかかえ一緒に本を見ていた。ジョイは本はどうせ絵本か何かに違いない、と見下ろした。
 すると。驚愕をした。絵本なんかではなかったからだ。

「それは――……」

 分厚い魔導書。古めかしくも宝石や色んなものが挟まれている。使い込まれたものだとすぐに分かった。禍々しくも、傍にいるだけで鳥肌が立つ。そんな魔導書を手にして弟と読んでいる。

「ディーニ」とジョイはアララギを見た。
 弟の目は魔導書を見ている。しかも文章を読むかのようにゆっくりと目が動いている。

「だから。この子はさーヤバいんだよ。お話しなんか出来なくたって、普通にこうしてちゃんと読めちゃうんだもんーふふふ。自身に取り入れようとしている。すごくない?」

 一歳になっても話すことの出来ない――可愛い弟。 しかし。

(ヤバいっつぅか! すげぇじゃねぇか!)

 ジョイの目が輝いた。ぐんっ! と溺愛グラフも上昇する。

 しゅた! とジョイはロンの横に腰を据えて魔導書を見た。
 文字は滑らかで独特なもので「あ、……ヴぃ……ろぉう」とジョイには読むのもままならない。
 それをすらすらとつらつらとアララギは解読をしている。弟に出来て、兄である自身に出来ないことなどあってはならない! とジョイはロンに「私も読みたい!」真剣な面持ちで告げた。

「ふふふ。いくら君が頑張ったって魔力もないんだし。読めるようになったってどうにもならないことだ。時間の無駄になっちゃうんじゃないかなぁ?」

 ロンも苦笑交じりにジョイに断りを入れる。
 だが、しかし。

「私はっ、その子の兄貴にーちゃんなんだ!」

 強い口調で決意を言い放つ。
 それには「う~~ん」とロンも頭を掻いた。

「君が時間を無駄にしてもいいっていうのなら僕ぁ、これ以上は何もいわないし。この子と同様の教育を家庭教師として行うよ。ふふふ。もう泣き言なんか言えなくなるから覚悟するんだよ」 

ジョイはこくんと頷きながら眉をひそめて、文字を解読しようと独り言をいう。

「じゃあ。あの方に二倍の家庭教師代を請求しようかなっと」

 えへへ~~と金のことを考えて涎を垂らすロンに、
「金ならお袋に出させる。だから。その、……あの方? になんか頼むんじゃねぇ」
 ジョイも止せと強い口調で頼んだ。

「えぇ」

 思いもしなかった提案の言葉にロンも残念な息を漏らした。

「タダ働きになるのかぁ」

「金は出させてるっていってんだろうが!」

「まぁ。ヴェニアの作るご飯も上手いし、ディーニも鍛えがいありそうだし。たまに人間を教育おまけするのもいい暇つぶしになるかぁ~~あーぁ~~」

 大きく腕を宙に挙げて背伸びをする。アララギの小さな手は魔導書の頁をゆっくりとめくった。
 ロンの態度にジョイも口をへの字に彼を睨みつけた。

「だから。金は――」と再度と支払う意思をいうジョイにロンは手を向けた。

「僕ぁ、人間からは金は貰えない決まりなんでね」

「なんでだよ」

「そういう決まりなんだ。理由も人間にはいえない掟だ」
「はぁ????」

 納得のいかないジョイにそっと無言でロンは小さな本を差し出した。
 それを受け取ったジョイは首を傾げて頁を開けば、そこに書かれていたのはこうだ。

《人類協定碌》

「これはくれ――……あとで返す」

 こくりとロンは頷くと魔導書とアララギへと視線を向けた。
 この三人が読む魔導書は禁忌とされる持ち出し禁止とされるものである。魔力がある者が読めば人間界に災いを呼ぶとされていた。ロンの持ってきた魔導書も道具も、そのほとんどが禁忌の危険物だ。
 子どもが触れていいものなんかではない。それを見ている三人に何も被害がないのはアララギの守護力であった。そのことをロンは気づいているからこそジョイにも見せている訳だ。

 些細なことでも子どもは総てを吸収し、行くべき人生の向きを容易く変えてしまうのだ。ジョイも、その例外ではない。

 後にジョイは魔力のない化け物という肩書きを得ることになる人生への、第一歩が始まっていた。

 ◆

「ロン先生。今日は何をするんだ?」

「いい質問ですねージョイ。今日は剣技をしょうかなっとー思ってましたー」

 アララギが二歳になった頃だった。 突然、ロンは提案をした。

「急にどうかした? 剣技なんかするとかいいだして」

「うん。多分さーディーニは騎士なんだと思うんだわー魔力はあるけど、なんつぅかー? それを妨げる皆様がいて発動は出来ないのよねーあの方が施したものなんかじゃなくて、さ」

「はぁ? 皆様って????」

「いやいや。取り敢えずは。魔法はもう少し先にして、まずはー~~」とどこからともなく小さな剣を取り出した。尖った先がキラリと鈍く光る。見紛うことのない本物であった。ジョイも咄嗟にその剣を、ロンから奪い取った。

「二歳児に本物を渡す奴がいるっつぅの!」

「早くないよ―大丈夫大丈夫!」と何を根拠にいいきるロンをジョイも睨みつけた。
 あまりに咄嗟で持ったために剣のことは気にならなかったが、ロンの大丈夫という声にジョイは改めて手中にある剣を見た。
 想像する重さがない。まるで綿のようだった。これは鉄か? 思わず上下に振った。あまりに軽過ぎる剣に違和感すらあった。これなら二歳児の弟でも持てるだろう。が!

「ダメだ! いくら軽くても危ないに決まってんじゃんか! ロン先生も少しはディーニのことを――」と口早にいう中で「ほら。彼も興味があるようだよーお兄ちゃん?」とにこやかにロンが視る先には、ジョイの足元から剣を見るアララギの姿。柔らかな掌から伝わる足の温もりに、ジョイの表情も緩んでしまう。

「なんだよ。これに興味があんの?」

 腰を低くしてアララギに視線を合わせてジョイも聞く。
 するとだ。

 コクコク!

 小さく何度と頷くアララギに「気をつけるんだぞ? こいつぁ、いくら軽くたっておもちゃってもんじゃないかんな? ほら」とジョイも手渡した。小さな手が剣の柄を掴んだ。

 瞬間。

「は?」

 剣が長く伸びに延びて長けはジョイの身長ぐらいに変わっていた。アララギの身長すら超える剣の長けに「待て待て!」とジョイも剣を奪おうとするが、それをアララギが強く拒んだ。

「何をしとるんじゃ。餓鬼ガキども」

 少し騒がしかったのか家からウイリアムがサンドロを肩車して出て来た。それにはロンも「すいませんー騒がしかったですかーご主人様」と申し訳ない表情を向けて頭を掻いた。

「ああ。少しうるさ――……ディーニに剣? 先生、二歳児に何をしようってんだ?」

 眉を顰めてロンに尋ねた。

「教育ですよ。ご主人様」

「剣技のか?」

「左様ですー~~」と大きく頷くロンに「ほう?」と肩車をしていたサンドロを樹の下に置いた。
 肩と頭をぐるぐる回して、次に足首と腰を動かす柔軟運動をする。

「ジョイ! 儂の剣を持って来い!」

 思いもしない言葉に「嫌だ」と言い返したかったが。断って結果としてアララギに何かをされては嫌だと、渋々と家へと向かいウイリアムの剣を持ち出して無表情で、彼へと手渡すのだった。剣を手の下ウイリアムもニヤリとほくそくんだ。

「なら。お相手をしてもらおうかなぁっ!」

 鞘を投げ捨ててウイリアムは獣のように剣を刃をアララギに向けた。大人げなくも躊躇なく真剣に――殺意を二歳児の息子に向ける父親。 ジョイは怒りに震えた。

「誰でもいいから! 私に力を寄越せ!」

 誰に言うでもなく思ったこと口にしたジョイに、ロンの目がまん丸くなるのが見えたのだが、どうしてだか突然、彼の姿が見えなくなった。いや。周りにあった光景が消え失せて何もかもがなくなった。

「え」

 驚くのは当事者ジョイだ。

「っな、何事だ!」

《あなたがあの方のお兄様ですね? 勇ましくも果敢な態度に惚れました。あなたの望みを叶えましょう》

 真っ白な羽根が背中に何重と冴える姿は眩く顔も見えないほどだったが。
 天使なんだと察した。さらに声が続く。

《強気な子は嫌いじゃないよ。あの子の兄が切望するなら叶えても差し支えもないであろうさ》

 羽根はなく光り輝く何者かがくくく、と笑う声を吐く。
 恐らく、恐らくだが神の部類かとジョイは思うことした。
 そして、もう一つの黒い影。

《歓迎しょう。闇も、貴様の望みを叶えようではないか。あいつの身内なら融通も効くからな。面白くなればそれでいいんだよぉう》

 真っ黒い姿も陽気な声で賛同する。
 明らかに悪魔だとジョイの全身から汗が噴き出てしまう。
 この状況はなんなのか、とジョイも目が回した。

 ◆

「っはー~~ったく。これだから人間はさー~~貪欲っていわれちゃうのよぉう~~」

 皆様に連れて行かれたジョイにロンも呆れた表情を浮かべるが、目の前の親子を見据えていた。どちらが勝つかなど知れているのだ。彼の目には。

「だぁアアア!」

 声を大きく張り上げて剣を構えてウイリアムは振り下ろした。彼の剣も見紛うことなく真剣である。人を殺せる凶器だ。

 その刃をかざすだけの憤りがウイリアムにはアララギにあった。

 似ていない顔や体躯。
 一切と言葉を口にしないこと。
 その癖。

 目はウイリアムを真っすぐと見据えている。
 気が付けばは目が合う。だが、ウイリアムは目を反らしてしまう。
 アララギの目が怖い。そう思えてしまうからだ。
 敗北感に苛まれてしまう。自身の切り捨てた二歳の息子の威圧に圧し潰されてしまいそうになる。その屈辱は誰が分からない。そう思うだけの――罪悪感と良心の呵責が、少なからずウイリアムの中にはあったことに他ならない。そのことに彼自身が気づいていないことが問題でもある。

 そこから憤りの憎悪が一途を辿る。

(胸糞な視線がムカつくってんだよぉう!)

 何もいわずに見られて、何をいうでもない息子のような何か。家庭教師が来てからはウイリアムを見る頻度も減り、ついには視線もなくなった。ウイリアムには癪に障った。たかだか、家庭教師が来て興味がなくなり、見る価値すらもなくなったのかと。父親である自身の存在が!

(儂にっ! 興味がなくなったのかってんだ!)

 父親が剣を振り下ろす様子をサンドロは見つめていた。
 何をしているのかと。そして、その剣の先にいる子どもに首を捻る。

「にぃ……ちゃ?」

 どうして兄に攻撃をしているのかと分からずにサンドロは立ち上がった。そして、勢いよく走り出した。両手を伸ばして止めなければと思ったようで、勢いよく父親の元へと走ったのだが、足がもつれてしまい、ごろん! ごろんごろん! と地面に顔面から転がってしまった。
 泣きたかったがそれどころではないと強く立ち上がった顔は砂と血まみれ。

 しかし、また彼は勢いよく走り出した。

「めぇ! パぁぱ、やえるのぉう!」

 ヴォン!

「にぃ、ちゃ?」

 からん、……かららん!

「なん、……だってぇ?」と驚きの声を発したのはウイリアム。自身が持っていたはずの剣が宙に舞い落ちたのだから、そんな声しか出ないのは当然だ。
 目の前のアララギの目は鋭く、子どもらしいあどけなさはない。

 しかし、すぐににっぱ! と笑顔になった。

 ぞ。

 ぞぞぞぞ。

 目の前の子どもがウイリアムには悪魔に見えた。

「ね? ご主人様」

「……あん?」

「この子には教育が必要なんですよ。人間としてのね」
「ああ。そのようだな先生様よぉう」

「はい。あと。ご主人様」
「あん?」

 ちょい、と指先をサンドロへと向けた。それに視線を向けたウイリアムの表情も真っ青に変わる。

「ささささ、どどどどろろろろちゃちゃちゃちゃ!」

「治して差し上げましょうか?」

「! あ、ああ! たたたた、たの――」と涙声で話すウイリアムに「条件がありますーってはよろしいですよねぇー?」と悪い笑顔を向けた。ウイリアムの身体が戦慄わななく。ここで条件見返りを言い出す態度に「はーやーくーしーてーくーれーよーぉおおぉーうぅううう!」と大声で懇願する。

「僕が願うのは。とても簡単なことですよー」
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