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第3話 不安定な正義

3-5 敗北

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  “鎧鼠”はふと気が付いた。業魔をいたぶるのも悪くないことに。

今まで人間で、遊んでいたが、如何せん手応えがない。大抵は一撃で使い物にならなくなる。

 けど業魔はいい、こんなに遊んでも壊れない。

 今度適当な業魔でも怒らせて、遊びにでも付き合ってもらうか。

 いや待てよ。この“黒ヤギ”を生かしておくのもいい。こいつは必ず復讐に来るだろう。今は弱くてもいずれ強くなるだろう。

 そんなことを考えながらカウントを続ける。


「7回! 8回! 9k……ん?」


 右足に痛みを感じ、下を見る。そこには短髪の女が、純白の鱗にハチ針を刺し、起動しているところだった。


「やった!」


 “黒ヤギ”をいたぶるのを、中止し、歓喜の声を上げる女を容赦なく蹴り飛ばす。

 水切りみたいに地面を跳ねながら、女の身体が森の中に突っ込む。

 その姿が少し面白くて、思わず笑ってしまう“鎧鼠”。

 少し離れた丘の方で、巨大な火球が生成されるのが見える。右足に刺さったハチ針を目指して飛んでくるだろう。

 “鎧鼠”の装甲でも、あれをくらえばひとたまりもないだろう。

 だるそうにする“鎧鼠”。「仕方ない」と呟きながら、遊んでいる途中だった黒い玩具を掴み上げ、盾にする。

 火球は意識の無い黒ヤギに命中する。これで9回目、この肉塊も再生限界を迎え、じきに業魔化が解除されるだろう。

 “鎧鼠”は黒ヤギで火球を受け止めている最中、左手に装甲を全て集める。装甲は左手からから離脱し、手のひらの上で物体を形成し始める。それは六角形で構成された、歪な球体だった。

 火炎を受け止め終わった、黒いゴミを後ろに投げ捨て、魔法が飛んできたであろう場所を把握する。


「ここら辺か……なっと!」


 そう言いながら装甲でできた球体ぶん投げる。

魔法団がいるであろう場所に、弧を描きながら墜落する鉄球。

木々が吹き飛び地面を揺らすのがここからでも見える。あれをくらったら並みの人間は即死だろう。

 さらに球体は一人でに動き回り、魔法団の残党を狩り始める。

 その様子を見て満足そうにうなずく“鎧鼠”。そして10人にも満たなくなった異端審問官に、体を向き直す。


「十分遊んだし! 遊び終えた玩具をかたづけるか」


 体を伸ばしながら“鎧鼠”は言う。生き残った審問官は恐怖に震えあがる。

 悪夢が終わりを迎えようとしていた。





 誰もいなくなった。ただ一人の業魔と黒い肉塊を除いて。

 “鎧鼠”は今宵の結果に満足していた。新しい発見もあった。

 丘の方では、まだ鉄球が暴れている。一通り殺したらいずれ戻ってくるだろう。

 それまで少し時間を潰そう。しかしこの平原にはもう何もなかった。


「うぅ……」


 微かなうめき声を、“鎧鼠”は聞き逃さなかった。声のした方へ行くと、そこには息も絶え絶えのダンがいた。 

“鎧鼠”は嬉しそうに近寄り、右手でつかみ上げる。

 ダンのボロボロになった鎧からは、所々生身が見えていた。

 うつろな目をしたダンの手には、一枚の紙があった。血まみれでよく見えないが大切なものなのだろう。

 “鎧鼠”はニタニタと笑いながら話しかける。


「ダン隊長、あんた強かったぜ。本当に楽しかった……。今日の戦いもお前の名前も、きっと忘れないだろうよぉ」


 ダンはその言葉を無視し、手に掴んでいる紙を自分の顔の前まで持ってくると、

ぼそぼそと喋りだす。


「すまんな……ソフィ、ジェイ……もう傍に居てやれそうにない」


 腕を上げたその隙間から、腹部をあらわになる。

 そこには、魔法陣のようなものが刻まれていた。

 “鎧鼠”は驚愕する。


「まずい!!」


「やっとそのにやけた顔をやめたな。最期にその顔が見れてよかったよ」


 ダンは快活な笑顔を浮かべながら、そう言い、呪文を唱える。


「“インフィジャル”」


 その呪文に呼応し魔法陣が発火すると、爆音とともに、ダンと“鎧鼠”の右腕が爆ぜた。


「痛ってぇぇぇえええええ!!! あの野郎やりやがった!!」


 強烈な痛みと憤りが、“鎧鼠”を支配する。満足のいく勝利が、こんなしょうもない自爆で幕を閉じるのだから無理もない。


(最悪だぁ! 勝利の愉悦に泥を塗りやがった! しょうもねぇ! こんなことしたって無駄だってのによぉ。こんな傷すぐに再生しちまう。意味がねぇ! 意味なんて……)


一抹の不安が胸をよぎる。何かを見逃している。

 平原には何もないはず、“鎧鼠”と“黒い肉塊”以外何も、


(なんでまだ“黒い肉塊”があるんだ!? “黒ヤギ”の業魔化が解除されていない!?)


“鎧鼠”はハッとし後ろを振り返る。

そこには肉体の再生を終え、猛り狂いながらこちらに迫る黒い怪物がいた。


「しまっ……」


 “黒ヤギ”は拳を振り上げる。

 あまりにも大振りで稚拙な左の拳。

 いつもだったら防げていたであろう、なんてことのない攻撃。

 反射で顔を前腕で塞ぐ“鎧鼠”。しかしかけた右腕が大きな穴をつくっていた。

 その穴を通すように、漆黒の一撃が、鎧のない頭にめり込み、砕いた。


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