10億人に1人の彼女

やまとゆう

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第3章 今生きているこの時間

#23.

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            ✳︎

 「カケルくん、ここの景色本当に綺麗だね」
 「でしょ? おれも昔も今も、ここの景色が本当に好き。久しぶりすぎてちょっとテンション上がってる」

月日は歳をとる度に早くなっていくという迷信はあながち間違っていないようで、チハルさんと僕の誕生日の予定を話し合っていた5月からあっという間に3ヶ月が過ぎ、僕らは計画していた例のホテルへ泊まる日を迎えた。僕が小さい頃から建っていたこのホテルは、今も予約は殺到しているようで予約を取れたのはこの10階の1室だけだった。ただ、結果的にはそれが功を奏したのか、部屋の奥の壁が全て窓になっているこの部屋から見る景色が絶景という他に表現する言葉が見当たらなかった。真っ青な空との境目が全く分からないほど、真っ青な海が一望できる。どこまでも続いているように見える地平線を辿っていくと、僕の知らない世界へ飛び立てるような気さえした。まだまだ沈む様子のない太陽が、まるで天国の入り口のようにも見えた。

 「綺麗すぎて泣けてきそうなんだけど」
 「はは。チハルさんの泣き虫は昔からだもんね」
 「うるさいな、まだ泣いてないよ」
 「ごめんごめん」

目線を下にやると、白い色の大きな船がちょうど汽笛を鳴らしながら動き出していた。彼女はそれに興味を持ったのか、しばらくじっと見つめている。

 「私、やっぱり幸せ者だな」
 「え?」
 「こんな素敵な所に来られてさ。カケルくんには感謝しかないよ」
 「それはおれの台詞だよ。チハルさんと一緒にここに来れたおれは本当に幸せ者だと思う」

僕の言葉に反応を見せない彼女の顔をチラッと見ると、今にも涙を流しそうなほど目を潤わせていた。

 「い、いやいや! 本当に泣きそうな顔してるよ、チハルさん!」
 「ふふふ。泣いてないって」
 「まだチェックインしたばっかだからね。日も沈んでないし、この辺を散歩したり夜になったら今日持ってきた花火セットもやるんだよ」
 「分かってるよ。カケルくん、先週ぐらいからずっと花火やりたいって言ってたもんね」

子どもをあやすような笑顔で彼女は僕を見る。僕はその笑顔を見た瞬間、無性にキスがしたくなってゆっくりと彼女と唇を重ねた。いつも柔らかい彼女の唇が、今日は一層柔らかいように感じた。

 「どうしたの? まだ日も沈んでないけど?」
 「い、いや。何かしたくなっちゃって」
 「ふふ」
 
恥ずかしくなった僕は慌てて視線を逸らした。すると、彼女はゆっくりと僕に近づいて僕の頬にゆっくりとキスをした。僕の頬から彼女の唇を離した音がやたらと大きく聞こえた。

 「ど、どうしたの? チハルさん」
 「ふふ。何かしたくなっちゃって」

僕らは再び目を合わせ、今度は長めのキスを交わし、舌を絡め合いお互いの体温を確かめ合うようにキスを繰り返した。最近キスをしていなかったせいか、チハルさんの唇の柔らかい感触とねっとりとした唾液が妙に興奮した。

 「ん、カケルくん」
 「何?」
 「続きは夜まで待って」
 「ごめん、無理」

僕はタガが外れたように彼女に触れた。体を描くようになぞりながらゆっくりと指を滑らせていく。彼女の漏れる吐息が僕を一層昂らせた。チハルさんもスイッチが入ったのか、応えるように僕の体にゆっくりと触れた。そのまま僕らは服を脱ぎ捨て一心不乱にセックスをした。久々にチハルさんと体を合わせた僕の体は、興奮が冷めていないのか体温が自分でも分かるほど高かった。彼女も僕と同じくらい体が熱くなっていた。僕らは体から流れ出ている汗を拭かないまま部屋に設置されている露天風呂へ向かった。軽く掛け湯で汗を流し、そのままの流れで浴槽に足を入れた。足から少しずつ体を沈めていくと、僕の体に溜まっている疲労がそのまま体の外へ流れ出ていくようにお湯が僕の体を癒してくれる。快感をそのまま声に漏らすように僕は「あぁ~いいねぇ」と叫びながら肩の所までお湯に浸かった。隣にいるチハルさんは「キミももうおじさんだね」と笑いながらゆっくりとお湯に浸かった。

 「ここのお部屋、ホントに最高だね。眺めはいいし部屋にはこんな素敵なお風呂までついてるし」
 「うん、おれもこんなに良い部屋で泊まれるのは初めてだけど、マジで良い部屋だね、ここ。来てすぐセックスも出来ちゃうし」
 「カケルくん、さっき興奮しすぎだよ」
 「いやぁ、あれは無理だよ。あんな近い距離でチハルさんと見つめ合っちゃ、スイッチ入っちゃうって」
 「ふふふ、まぁスイッチが入ったのはキミだけではなかったけどね」

うなじのところで髪の毛を束ねたチハルさんは優しく笑いながら目線を僕の方へ向ける。さっきまで見ていた彼女の裸が、浴槽で見ると妙に緊張して僕の心臓がまた不規則に動き始めた。

 「うわぁー、これは一生ここにいられるね」
 「ほんとに。もうここでチハルさんと死ねたらむしろ幸せなのかも」
 「冗談でも縁起でもないこと言っちゃダメだよ」

眉毛をひそめながら彼女は僕の顔に軽くお湯を飛ばした。

 「はは、ごめんごめん。死ぬのはまだまだ先でいいや」
 「そうだよ、今はまだ若いんだから」
 「今さっき、おじさんって言われたけど?」
 「おじさんはおじさんでも序盤のおじさんだよ」
 「序盤のおじさんって面白い。ゲームの最初の方に出てくるキーマンみたいな名前だね」
 「何その例え。全然分かんないですけど」

僕らはそれから1時間以上この露天風呂に滞在した。風呂から上がった僕らは、夕食の時間を大きく超えていたことに気づき、急いで浴衣に着替えて食事場へ向かった。

 「ごめんなさい、遅くなってしまって」
 「構いませんよ。お2人とも、浴衣がよく似合っていますね。どうぞ、お掛けください」

すなっく緋色のオーナーである優子さんよりは若そうな紫色の着物を着た落ち着いた様子の女の人が優しい笑顔で僕らを迎えてくれた。

 「あそこはとても過ごしやすいでしょう。一度お部屋に入ると、外に出たくなくなりませんでしたか?」
 「思いました! そこのお風呂がとっても気持ちよかったです」

チハルさんが目を光らせながらさっきのお風呂の感想をその人に伝えた。

 「そうでしょう。あそこのお部屋、とても人気なんですよ。景色もとても綺麗ですしね」
 「本当に。とても良い時間を過ごせています」
 「それは何よりです。お食事も是非堪能して下さいね」
 「ありがとうございます。うわ! すごい美味しそう」

その人が僕らの前に置かれていた料理の鍋蓋を開ける。そこには、まるで金色に輝いているかのように見える炊き込みご飯が入っていた。それを見た瞬間、食べることを立候補したかのように盛大に僕のお腹が鳴った。これにはチハルさんも女の人もぷっと吹き出し、僕は酒が入ったように顔が熱くなった。

 「ふふふ、正直なお腹ですね」
 「ご、ごめんなさい。すごく美味しそうだったので」
 「素直でよろしい」

女の人が慣れた手つきでそのご飯を混ぜ始めた。漂ってくる芳ばしい匂いが一層僕の食欲を刺激する。向かい側に座るチハルさんもその様子をじっと見つめている。

 「私もお腹空いてきちゃった」
 「ふふふ、もうすぐ食べられますからね。あとで鯛の姿煮もお持ちいたしますのでそちらも是非召し上がって下さい」
 「ありがとうございます」

僕らはそこで提供された料理のひとつひとつに感動しながらゆっくりとそれらを味わった。ここに着くのが遅かったからか、僕らの食べるスピードが遅いのか、僕らが料理を全て食べ終わる頃には10組ほどいたこの食事場も僕らだけになっていた。

 「いやぁ、美味しかったね」
 「もうなんか、お腹の中、幸せで破裂しそうなんだけど」
 「破裂したらダメだよ、チハルさん」
 「冗談だよ。それぐらい食べすぎちゃったってこと」
 「チハルさんも、普段よりいっぱい食べたね」
 「後で夜道、散歩しない?」
 「うん、いいよ。おれも行きたいと思ってた」
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