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第2章 唯一の宝物
#14.
しおりを挟むチハルさんが部屋の電気を消した瞬間、テレビの横に置かれている丸い形をした満月のような置物が僕らを照らすように青白く光った。カーテンが全ての窓を遮り、部屋に光を一切入れないために置物の光だけが部屋を照らしている。この部屋には何故か時計が見当たらないために今の時間は分からない。けれど、もう朝日が上っていてもおかしくはない時間のような気がするのも事実だ。耳をすませば、小鳥の囀りのような鳴き声も聞こえてくる気がする。ただ、僕の心境はそれどころではないぐらいに脈が強く打っているのが分かる。
「オシャレでしょ、あの月の置物」
チハルさんはうっとりとした表情であの置物を見つめてそう言った。
「あ、や、やっぱり月なんですね」
「うん。何かSNSで話題になってた置物でね、部屋の電気を消すとそれに反応してほんのり明るく照らしてくれるんだ」
「た、確かに優しく光ってます……」
「カケルくん?どこで寝るつもり?」
僕が再びチハルさんの方を振り向くと、彼女はすでにベッドに潜り込んでいて顔だけを布団から出して僕を見つめていた。
「ど、どこでって……」
「寝る場所、ここしかないよ?」
「い、いや、だって」
「おいでよ」
チハルさんは上体を起こして両手を広げて僕を誘う。まだ酔っているのだろうか。僕は頭の中がぐるぐるに回転しながらゆっくり足を動かしていく。
「ふふふ。何、そのぎこちない歩き方。ロボットみたいだよ」
「ロ、ロボットじゃないです……」
チハルさんの寝ているベッドが近づくにつれ、彼女に近づくにつれ、あの薔薇の匂いがどんどん強くなっていくのが分かった。ただ、そんな強い匂いと一緒に柔らかい毛布を体に被せられたような優しい石けんの匂いも漂ってきた。僕はもう正常な判断が出来ずにいる。僕自身も酔っているのだろう。首元の脈もちぎれそうなほどに強く動いている。
「隣に来て」
そう言ってチハルさんはゆっくりと布団を上げると真っ白なシーツが露わになり、そこを指差しながら手招きをしている。それと一緒に彼女の服がはだけていて暗闇でも綺麗だと分かる、僕の腕くらいの細さしかなさそうな太ももが見えた。彼女の無防備な今の姿が刺激的すぎて僕は直視が出来なかった。
「いらっしゃい」
「お、お邪魔しまさ……」
「ふふ、なんて?もう一回言ってごらん」
僕はすっかりチハルさんの玩具になっている。僕は彼女の布団の中でダンゴムシのように体を丸めた。もちろん、彼女には背を向けて。直視なんて出来るはずがない。小刻みに体が震えているのが自分で分かる。彼女は僕のすぐ後ろで小さく笑うと、僕の体に覆い被さるように抱きしめてきた。普段は小柄な彼女なのに、僕は全身を包み込まれるような感覚になってそのまま昇天してしまいそうだった。今、命が尽きても後悔はない気がする。
「チ、チハルさん……」
「こっち向いてくれないの?」
「チハルさん、ダメです……!」
僕は自分でも驚くほど大きな声を出してしまった。僕の声を聞いたチハルさんも驚いたのか、僕に触れていた両手を反射的に離した。
「お、おれ、こんな状態でチハルさんの顔を見たら、何か、どうにかなってしまいそうです」
今伝えることが出来る精一杯の言葉を選んで彼女に伝えた。時はすでに遅いようで、僕の頭の中はすでにどうにかなっている。そんな僕に対して、チハルさんは再び両手をゆっくりと僕の体にくっつけて彼女の体が僕の背中とくっついている。彼女の体もさっきより熱くなっている。
「大丈夫。私はただ、キミの顔が見たいだけだから」
「え?」
「キミの寝顔を見て寝られたら、明日はとってもいい日になる気がするんだ。あ、もう今日だけどね」
ふふふと笑いながら、チハルさんは優しく撫でるように僕の脇の下に添えた両手をゆっくりと動かしている。
「このままそっちを向いてるならくすぐっちゃおうかな」
チハルさんの指がそれぞれ意思を持ったようにモゾモゾと動き出した。その俊敏さと動物をあやすような指使いに我慢しきれずに僕はベッドが軋むほど飛び跳ねて反射的に彼女の方を向いた。彼女の方を向いたその刹那、僕の唇にはチハルさんの唇が触れていた。目の前にいつもより一層小柄に見える彼女がいる。目を閉じて僕とキスを交わす彼女の顔は、この世界に生きている誰よりも綺麗で愛おしく思えた。唇を離すのも違う気がしたし、何よりも離したくない気持ちが強かった僕は、文字通りされるがまま彼女と長めのキスを交わした。唇が離れた途端、彼女は満足げに笑ってもう一度僕と唇を重ねた。水々しくもぷりっとした弾力のそれは、同じ人間だとは思えないほど心地よい感触を僕に味合わせた。人の唇に触れたのはもちろん生まれて初めてだ。けれど、こんなに気持ちのいい感触がするのは意外だった。彼女のそれが特別なのかもしれないのは否めないが。どうにかして僕の唇も彼女を心地いい気持ちにしていてほしいと本気で思った。ゆっくりと彼女が唇を離した。僕はその瞬間、少しずつ目を開けた。目を開けると、彼女とすぐに目が合った。どうにかなっている僕は、視線を合わせていることなんて出来るはずがなかった。
「私ね、実は結構欲張りなんだ」
「え……」
彼女はそう言うと、まるでマーキングをするように彼女の唇が再び僕の唇に触れた。そして、悪戯をするように舌先でぺろりと僕の唇を舐めた。本気でやばい。語彙力はとうになくなっている。
「今日だけはワガママ聞いてほしいな」
「は、はい……」
僕は脳が判断する前に返事をした。ふふふ、やっぱりキミは優しいね。僕の耳元でそう囁いた彼女は僕の耳の輪郭をなぞるようにゆっくり舐めた。体中に電流が流れたように僕は全身が痺れた。自分でも情けないと思うような声が漏れる。
「全部、私に任せて」
彼女は再び囁いて僕と目を合わせた。暗闇でも分かる艶やかに輝く唇が僕に近づく。僕はたまらず目を瞑ると、ぷっくりとした感触が再び唇に触れた。そしてゆっくりと確実に僕の唇はこじ開けられ、その間にはねっとりとした舌の感触と人の体温が僕の口の中をかき混ぜるように蠢く。僕の頭の中は、彼女の深めのキスによって既にパンクしそうになりながらも、彼女にも心地よさが伝わるならと同じように舌を動かし互いの舌が絡み合うように動かした。すると、彼女も喘ぎ声のような声が混じった短い吐息を漏らした。僕は今の声を聞いた瞬間、自分の中でスイッチが入ったように舌が動き始めた。ゆっくりと彼女を押し倒しその流れで彼女の体をなぞるように撫でたり、柔らかい感触を求めて大きな胸をゆっくりと揉み始めたりした。彼女に触れる全ての感触が心地良すぎて、このままずっとこうしていたくなった。そして彼女から漏れる声がさらに僕を昂らせる。
「カ、カケルくん!」
彼女も焦っているのか、声を大きくして僕を呼んだ。
「は、はい。痛かったですか?」
「いや。キミ、絶対、初めてじゃないでしょ」
息を整え、彼女は顔を腕で隠しながらそう言った。。
「え? い、いや、ホントに童貞ですよ」
「ほ、本当かなぁ? 何か手つきがね、うん、すごい」
語彙力無くなっちゃった、と彼女が恥ずかしそうに笑って言った。
「あ、カケルくん。ごめん」
「なんですか?」
「月の照明も消してもらっていいかな。やっぱり真っ暗がいいなって」
「は、はい。分かりました」
不本意ながらも彼女の体から離れて照明の明かりを消した。真っ暗になるかと思われた部屋だったけれど、窓の外は既に明るいようで窓同士の間から差しているような細長い形をした陽の光が少しだけ差し込んでいる。
「カケルくんはあれだね、天性の才能の持ち主か。相当変態か。どっちかだね」
「ど、どういうことですか?」
「ふふふ。分かってくるくせに。まぁ童貞っていうのは信じるよ」
彼女はまた笑った。笑顔の彼女の元へ再び戻り、再び唇を合わせ互いの体に触れ始めた。彼女の体は、明らかにさっきよりも熱くなっている。彼女の口から漏れる吐息も激しくなっている。唇を離すと、彼女はじっと僕の顔を見つめている。すると、突然彼女の右目からは涙が一滴線をなぞるように溢れた。
「チ、チハルさん! どうかしましたか?」
焦って聞く僕を諭すように彼女は優しい笑顔を僕に向けた。
「私今ね、この時間が一生続けばいいのにって本気で考えてるんだ」
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