10億人に1人の彼女

やまとゆう

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第1章 巡り合わせ

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 未来と過去。行けるとしたらどっちに行きたい?もしも行けるのなら僕は迷わずに過去へ行く。むしろ未来に僕は生きているのか分からない。仮に僕の寿命があと70年ほどあるとしても、それを全うする前に自らその生涯に幕を閉じる可能性だってある。特に今現在こんな生活をしていて、それがこれから何十年も続いていくとなると僕は耐えきれる自信が全くない。

 「西島ぁ!」

工場内のあちこちに設置されている、動物園にいる象よりも大きそうな機械の駆動音にも負けないくらい大きな声で僕の名字が呼ばれた。僕のストレスを具現化したような存在である山中さんが、のしのしと縦にも横にも大きな体を揺らしながら近づいてきた。機械の排気管から出ている蒸気が山中さんの背中から見えて、この人の怒りがオーラとなって目に見えているようだった。

 「今日からそこの機械の製造品が変わるだろ。いつ型替えするんだ?」

必要以上に距離を詰められ、僕の鼻の頭の先に山中さんの口がある。地鳴りのような唸り声で僕を脅すように言った。山中さんはコーヒーを飲んだ後だろうか。口がとても臭かった。僕は顔の表情を崩さないように意識しながら口を開いた。

 「とりあえず21時までは今の製品を出来るだけ製造するつもりでいました。そこから夜勤の堀川さんに繋げる流れでいました」
 「何でそれを上司の俺に言わないんだ?」

僕の返答を予測していたのか、そもそも聞く気がないのか山中さんは僕が言葉を言いきる前に大きな声を出して遮ってきた。

 「今の今まで山中さんの姿が見えなかったのでパソコンでメールを送りました。19時ごろに送ったと思いますけど」
 「いやいや、俺も常にパソコン見てるわけじゃないから。そういうのは直接言えっていつも言ってんだろ」
 「え」
 「え、じゃねえんだよ」

この前僕がミスした時は、まずはどんな方法でもいいから報告をしろと言っていたのは他でもない目の前にいるこの熊みたいに大きな山中さん本人だ。口に出すと余計に神経とエネルギーを使うことが目に見えていた。それを躊躇った僕は、いつもと同じように頭を下げて顔を伏せた。

 「すみませんでした」
 「はぁ。とりあえず今からでいいから次の製造品の型替えをやってくれ」
 「分かりました」

山中さんはあからさまに嫌悪感を抱いたトーンで僕にそう言うと、体の向きを変えて事務所の方へと歩いて行った。顔を上げ、僕は今日20回目のため息を吐いて機械のコントロールパネルを押し、製造中止のボタンを押して機械を止めた。定時なんてとっくに過ぎている時刻を見つめながら僕は1人で作業を続ける。

 「何で僕、こんなことしてんだろ」

工場内に響き渡る騒音が、僕の悲痛の声を誰にも聞こえさせないように絶え間なく鳴り続ける。作業員は僕以外誰もいないのに。今みたいに心と体が疲れきっている時は、学生時代に仲の良かった数少ない友達と過ごした楽しい時間を思い出すようにしている。そういえば最近は、当時一緒に過ごしていた友人たちとも食事に行ったり出かけたりする機会も極端に減った。そういうことは社会人になれば当たり前だと、山中さんとは別の先輩の小宮さんが鼻で笑って言っていたのを思い出した。僕はどうして学生時代、就職先をここに決めたのだろう。僕は何故、学生時代もっと勉強をしてこなかったのだろう。学生時代の僕は、友達や当時付き合っていた恋人と向き合っていることは出来ていたのだろうか。そんなことを考え出すと、僕はますます過去に戻りたくなった。過去に戻りたいと思う気持ちは歳をとる毎に少しずつ増えていっている。そして未来の僕は、今の僕の生活を見たらどう思うのか気になった。気になりだすとキリがなくなってきたから頭の中を空っぽにしてひたすら目の前の作業に集中した。
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