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第1章 好きな色は黒。
#6
しおりを挟む「昨日の人たち? あぁ覚えてるよ。あのゴリゴリとガリガリね」
「ちょっと言い方! 笑かそうとしなくていいんだよ!」
「そんなつもりないよ。見たまんまだったじゃん。あの2人が何?」
「何かさ、妙に印象に残ってさ! それこそ見た目がインパクトあったからかな? 寝る前までずっと頭の中に残ってたんだよね」
「え? 日菜はどっちがタイプだったの? あぁ、まぁ私は分かるけどあんまりオススメしたいとは思えなかったけどなぁ」
「違う違う! そういうのじゃなくてさ! 上手く言葉には出来ないんだけど、マンガに出てくる2人みたいだったって言ったらいいのかな? 強そうに見える人より、意外性のある人の方が実は……強いみたいな感じ! もしそうだったら面白いなぁって思って!」
「他の人には絶対伝わらないと思うけど、私は理解出来たよ」
「さすが佳苗だね! じゃあそういうことだよ!」
「ざっくりしたまとめ方だね」
私の熱量とは文字通り対照的な佳苗は、そのままゆっくりとコーヒーに口をつけた。つられるように私も同じタイミングでコーヒーに手を伸ばした。仕事終わりの一杯は普段よりも3割増で美味しい。特にこの店のコーヒーは抜群に美味しい。
恋人か夫婦か、男の人と女の人が2人でこの店を経営されているようだけれど、2人とも芸能人みたいに綺麗な顔をしている。特に女の人の方は顔が整いすぎて、テレビに映る女優たちよりも明らかに大きくくりっと愛嬌のある二重瞼で、雑誌に映るモデルよりもスレンダーな体型だ。それこそゲームやマンガに出てくるヒロインたちの次元の顔をしている。その2人を目の保養にしながらこのコーヒーを啜って佳苗と語り合う。間違いなく私の一番の充実した時間だ。今日の日記に書くことはおそらくこの時間の内容だろう。私はそう考えながら、バッグの中からその日記を探った。けれど、なかなかバッグからの日記の感触を探り当てることが出来なかった。不思議に思い、バッグの中を覗くといくら探しても日記が無かった。一気に血の気が引いていく。どうして日記が無い。昨日、寝る前に少し長めの文章を書いてからバッグに入れたはずだ。今日の朝、寝坊して焦りながらもバッグを持って家を出たはずだ。私はその瞬間、世界が終わりを告げるように朝の記憶を思い出した。
「どうしたの? 日菜。顔、真っ青だよ」
「お、終わった……」
「な、何? ほんとに大丈夫?」
「大事なもの……。朝、道に落とした。確実に……」
「朝? あぁ、慌てたって言ってたもんね、何を落としたの?」
「日記帳……」
「に、日記帳? 財布とか家の鍵とかじゃなくて?」
「う、うん……。私からしたらそれぐらいのレベルの物を落っことしたと思ってるんだよ」
私の顔は相当青いのか、普段冷静な佳苗も焦り出している。本当にごめん。佳苗。迷惑をかけてしまっている。けれど、私も正常に頭が働いていない。どうすればいいか分からず、ひとまず落ち着くためにコーヒーを飲み干した。勢いよく飲んだからか、コーヒーの苦味が私に追い打ちをかけるように私の表情を濁らせる。私たちしか客がいないのか、店内に音楽がかかっていないのか私の耳には何も音が入ってこない。佳苗も案を考えているのか、腕を組んだまま険しい顔でテーブルのコーヒーカップを見つめている。
「あ!」
「ん? どうした?」
私は今日の朝、身に起きたことを咄嗟に思い出した。そうだ。私は自転車とぶつかったんだ。その時にバッグの中身が出ていたはずだ。もしかしたらその時、日記もバッグの外に出てしまっていたかもしれない。
「今日の朝、道で自転車に乗ってた高校生とぶつかったんだった! その時にバッグの中身が出ちゃってさ! もしかしたらその時に日記を落としたのかもしれない!」
「マジか、それはありえそうだね! その辺、探しに行く?」
「え? 佳苗、家に帰る時間でしょ?」
「親友の顔が真っ青なのに、大人しく帰れるわけないでしょ。一緒に探すよ」
佳苗がそう言ってくれた瞬間、私は10年ぶりくらいに涙が出そうになるくらい目が潤んだ。危ない危ない。私は平常心を意識して佳苗に頭を下げた。顔を見られていないことで安心したのか、感情も熱が引いていくように落ち着いた。
「ほんっとうにありがとう! 佳苗! 今度は焼肉奢るから!」
「いや、それはいいや。濃い食べ物苦手だし。でも、朝の出来事ならその場所に落ちてる可能性は少ない気がするけどな」
「確かにね。まぁ、とりあえず店、出よっか!」
「そうだね。今度、寿司奢ってくれるんなら今日は私が払うよ」
「いやいや! 今日も私が奢るよ! 色々迷惑をかけてんのは私だし!」
「いいんだよ。困った時はお互い様。今度、私が困ってたら助けてね」
「佳苗ーっ。泣いちゃうよ、私!」
「お? 泣くか? 日菜が泣いてるところ、しばらく見てないな。10年ぶりぐらいか? もっと揺さぶっちゃおうかな」
ししと悪戯を思いついた子どもみたいに笑う佳苗と一緒に席を立ち、店を出てから早歩きで駅へ向かった。1分でも早くあの場所へ行けるようにと急いでいると、今日の夜は思った以上に気温が高いらしく、じんわりと背中に汗が滲んできた。焦りからか熱いからか、電車に乗っても汗は止まるどころか更にじんわりと額からも滲み出して私を焦らせた。隣に座っている佳苗は私と目が合うたびに、私を安心させてくれるように私の右手をとんとんと2回、優しく叩いてくれた。
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