Tsukakoko 〜疲れたらここへ来て〜

やまとゆう

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最終章 新しい「疲れたら此処へ来て」

#65

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 「当時の災害の状況を写している写真をスライドショーに流してしまっている状況で申し訳ありません。ただ、斗和くんと雫ちゃんと話し合った結果、この経験は負の遺産でもあり、今後の人生への希望を見出すための出来事だったということで、このような形でさせていただきました。改めてまして申し訳ありません」

静まり返る式場内に師匠がゆっくりと頭を下げる。人がいなくなったような静けさが生まれ、僕の心の中も少し冷たい風が吹いたような気持ちになった。その瞬間、

 「大丈夫だよ! みんな、アンタの味方だし、斗和くんと雫ちゃんの味方だから!」

そう言ったのは川野町でお世話になった、あの宿屋のおばさんだった。隣にいるおじさんも腕を組みながらゆっくりと首を縦に振る。僕と目が合ったおばさんは、ニシシと笑いながら両手を振っている。僕もそれを真似するように両手を振った。

 「……ありがとうございます。そう言ってくださる方がいて、僕も心強く思います。彼はその出来事を人生の底だという風に表現することがありますが、まさにその通りだったと思います。多くのものを失った彼の顔が明るく戻るには、かなりの時間が必要になりましたが、それでも彼は逞しく、そして優しく成長していきました。彼が『人を笑顔にする仕事がしたい』と言ってきてくれたのもその頃でした」

スライドショーの写真が切り替わり、僕が高校生くらいの頃の写真が披露されている。僕と向かい合って目を大きくさせている師匠が写っている写真を撮っていくれているのは幼い頃のリッカちゃんだろうか。僕が笑っている顔と、師匠が驚いている顔。とても上手に撮られている。僕が今の仕事をしたいと思った時期。懐かしい。頭の中に甦る当時の状況は、今でも容易に思い出すことができる。師匠が涙をこらえるように笑いながら、たくさんの職種が載っている本をプレゼントしてくれたのが嬉しかった。ちらっと僕を見た師匠は、その頃と同じような穏やかな表情でスピーチを続ける。

 「そこから彼の選んだ仕事は、今日この場所いる全ての人を笑顔にしてきたんだと思うと、僕もすごく誇らしいです。これは斗和くんが仕事を頑張ってきた結果になっているとは思いますが、それだけではなく彼の人柄や、人間性がこの場にいらっしゃるたくさんの人を笑顔にしてきたのだと確信しています。そして、彼の隣でずっと彼を支えた雫ちゃんも、彼と同様、とても優しく、たくさんの人を癒やしていることを聞いています。僕の娘も、2人のことが大好きです。……もちろん、……僕も2人のことが……大好きです……」

突然、言葉を詰まらせた師匠は、スーツの内ポケットからハンカチを取り出し目元を押さえた。今の今まで穏やかで丁寧な言葉遣いで喋っていた師匠がそんなことになるものだから、僕も雫さんも慌てて師匠の方へ歩み寄ろうと席を立ち上がった。すると、師匠はそれを制止するように僕らに手のひらを広げて微笑んだ。

 「泣かないって決めてたんですけどね……。やっぱりダメだな。ありがとう。2人とも……。でも大丈夫。最後まで喋りきるよ。……失礼いたしました。僕だけではなく、皆さんも2人のことが大好きだと思っています。どうか盛大に、そしてこれからも2人のことを愛してください。ご清聴、ありがとうございました。西島カケルでした」

深々と頭を下げる斗和さんに降り注ぐたくさんの拍手。「よく頑張ったな!」と叫ぶ男の人の声が混じりながら響き渡るその音に僕も圧倒されながら、僕もその音の一部になる。雫さんも両目を光らせながら拍手をして師匠を讃えている。その音が鳴り止む頃、『南ハルカ様、西島カケル様。心に響く素敵なスピーチをありがとうございました』と進行係の女の人の声が聞こえ、どくどくと心臓が強く脈を打ち始めた。ついにこの時間が来たからだ。僕はひとつ大きく鼻から息を吸って口から長めの息を吐いた。

 『たくさんの人に愛され今日この日を迎えられました新郎新婦。それでは今から新郎、斗和様から皆様にお伝えするお言葉がございます。斗和様、よろしくお願いします』

スポットライトが一層明るさを増して僕ら2人を照らす。姿は見にくいけれど、みんなの視線が僕らの方を向いている。僕は隣の雫さんを見た。すると彼女はゆっくりと首を一度縦に振り、僕の右手を優しく握った。彼女の温かい左手に背中を押され、僕はその席を立ち上がり、マイクスタンドの立つ場所へゆっくりと歩いていく。徐々に大きくなっていく脈を打つ音がついに耳の辺りで聞こえるように感じる頃、僕はさっきの師匠と同じくらい深く頭を下げた。先ほどと同じくらい大きな音の拍手が僕を迎えてくれた。頭をゆっくりと上げ、内ポケットに手を通す。そこにあるスピーチ用のカンニングペーパーを……ん? 無い? 嘘でしょ? そこにあるはずの紙が無い! いくら探してもそこには紙が無く、僕の右手は虚しくポケットの中で空を切る。みんなの席の方がざわつき始め、一層僕の心を慌てさせた。背中には冷や汗が流れ始めたような冷たさが走った。ダメだ。絶対に紙が無い。そして、これ以上、みんなを、師匠やハルカ先生を、そして雫さんを焦らせるわけにはいかない。僕は覚悟を決めて、もう一度大きく深呼吸をした。
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