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最終章 新しい「疲れたら此処へ来て」
#64
しおりを挟む「ご紹介にあずかりました、南ハルカと申します! 皆様、本日は可愛い可愛いこの主役2人のためにお越しいただきありがとうございます! 私自身も嬉しくて嬉しくてテンションを上げておかないと泣いてしまいそうなので、この声量と熱量でお送りさせていただきます!」
まるでLIVE会場。その声量と声色はこの場にいる人たちを置き去りにするようにハルカ先生は喋り始める。この披露宴に来てくれた人たちを眺めていると、僕が命を救った(ことになっている)京子ちゃんが僕と目が合うと、右手を控えめに上げて僕に笑いかけてくれた。最後にTsukakokoに来たのは今から半年ぐらい前だっただろうか。今は素敵な彼氏ができて幸せだということを教えてもらった。僕はその彼女の笑顔に応えるように右手を振った。
「ここにいる世界一可愛い私の娘同然に思っていた雫ちゃんが、こんなに素敵なウェディングドレスを着ている瞬間に立ち会えているだけで私は泣きそうになります。あ、今目元を拭っている方は、この式が終わり次第、一緒にお酒を飲みに行きましょう」
どっと笑いをとるハルカ先生はさすがだ。この会場にいる人たちをいつの間に笑顔に変えて盛り上げてくれている。隣に座る雫さんも顔を赤らめながらハルカ先生に笑顔を向ける。
「そしてこの天使の隣にいる青年は、私が弟のように慕っている、この国でも指折りの心の名医、斗和くんです。この会場にいる女性の方のみならず、男性の方も、彼の天性のフェロモンに魅了された人は心の中でそっと手を挙げてください! 分かります。彼ね、言葉のチョイスや振る舞いがエロいんですよね! もちろん、良い意味で!」
何てことを言うんだ。僕を紹介するハルカ先生は、まるで酒の勢いで喋っているのかと思うほど開き直ったことを言い始める。ある程度笑いがとれているのがせめてもの救いだ。それでも僕は納得がいってないよ。そんなことを思う僕の心の中を見透かしたように僕を見ながらニヤニヤするハルカ先生は「ただね」と続けた。
「私が出会ってきた男の人のなかで一番、優しい人だと断言できます。あ、女の人は私の親友なのでそこは譲りません」
はははと自分で笑いながらマイクを離さないハルカ先生は、落ち着いた声になり、まるで荒波が落ち着いた海を眺めているような気持ちになった。
「困っている人がいたら迷うことなく手を伸ばす。疲れている人がいたら、その疲れを何とかするまで一緒にいて解決してくれる。生きることに疲れた人がいたら、一緒に側にいてあげて笑顔にさせてくれる。こんなに優しい男の人を、私は他に知りません」
そう言いきるハルカ先生は雫さんを見て微笑みかける。それに応えるように雫さんも優しく笑う。そして、つられるように僕もふにゃふにゃの笑顔になる。ダメだ。今日は絶対に泣かないって決めたんだ。僕は奥歯と拳に力を込めて踏ん張ってみせた。
「まぁ私がそう言うよりも、この式場に来られている皆様が重々承知していることかと思います。私は世界一大好きなこの夫婦の結婚式にて、こうしてスピーチが出来ていることを幸せに思い、それと同時に誇らしく思っています! 私からは長く話しません。どうぞ皆様、これからも斗和くんと雫ちゃんをよろしくお願いいたします! 南ハルカでした!」
深々と頭を下げるハルカさんに、いつの間にか穏やかな笑顔と拍手で讃える空間が広がった。背景のスライドショーには、いつか僕と雫さん、そしてハルカ先生と一緒に行ったバッティングセンターで撮った写真が映し出されていた。写真の隅には徳田商店のおじちゃんが顔中に皺を作って炭酸の林檎ジュースを両手に持って笑っている。その笑顔につられて微笑んでいるのは、おそらく僕だけではないだろう。
式場の奥に見えたおっちゃんは、隣にいる細くて鋭い目を太い腕を組む男の人が眉間に皺を寄せながらニヤリと笑って僕の方を見ている。もちろん、あの人も僕の大切なクライアントである笠井さんだ。足を痛めていた笠井さんをハルカ先生が僕の勧めで治療を引き継ぎ、その後、彼の足は完治したことを先生から聞いた。目の合っている笠井さんに右手を振ってみると、彼は口角を上げ、ゆっくりと首を縦に振った。僕はそれを真似するように首を縦に振った。
『ありがとうございました。それでは続きまして、新郎側代表のスピーチをさせていただきます。西島カケル様、お願いいたします』
式の進行をお願いしている女の人が師匠の名前を呼ぶと、ハルカ先生の隣に立つ師匠がゆっくりとスポットライトの当たるスタンドマイクの元へ歩いた。僕と雫さんを一瞥してから微笑む師匠の笑顔は、いつも見ている笑顔なのに、なぜか初めてみるような笑顔に見え、それでいて優しさを具現化したような不思議な表情に見えた。
「ありがとうございます。ただいまご紹介にあずかりました、西島カケルと申します。こちらのハルカ先生も仰っておりましたが、本日はこちらの斗和くんと雫ちゃんの素敵な結婚式にお集まりいただき、誠にありがとうございます」
師匠のゆっくりと丁寧な言葉遣いは、聞いている人全てを落ち着かせてくれるような、そんな優しい声が式場に響き渡った。
「斗和くんと雫ちゃんとは家族のように接してきた僕は、2人の色んな表情を見てきました。顔をくしゃくしゃにして笑い合う2人、眉間に皺を寄せて睨み合う2人、美味しいものを食べて2人とも頬が蕩けそうになっている時、そして今日、お互いの顔を見つめ合って幸せな涙を流している時。そんな瞬間を共に過ごすことが出来て、僕自身もとても幸せです。斗和、雫ちゃん。オレをこんな素敵な瞬間に呼んでくれて本当にありがとう」
こちらこそだよ。心の中で返事をしながら僕らの方へ向けて頭を下げる師匠に僕と雫さんもゆっくりと頭を下げた。暗転している参列者側の席の中に、一際目立つ紺色のドレスを着るリッカちゃんが僕と目が合うとぶんぶんと右手を振っているのがすぐに分かった。僕もゆっくりと右手を振り返すと、リッカちゃんはいつものようにニカッと笑った。
「小さい頃の斗和くんと初めて出会った僕は、この出会いは運命だと思いました。国内でも最大級の災害に遭った町で出会った少年は、今にも命を落としそうな危うさが顔から分かりました。それでもその少年は自分よりも家にいる両親を助けてほしいと願うばかり。しかし、振り返って街を見てみても、そこには以前の街の姿はなく、津波に飲まれ、変わり果てた地獄がありました……」
スライドショーが当時の「それ」の被害を写す。大量の黒い水が流れ込む街。弄ばれるように流されていく建物や車。その景色をただ茫然と眺めて立ち尽くす人々の背中。それらが写し出された時、式場に分かりやすくどよめきが起こった。
大丈夫だよ。師匠。さっき約束したもんね。過去の話をする師匠の姿を眺めながら僕は机の下で拳を強く握った。すると、その手を包み込むように雫さんの左手が僕の右手の上に置かれた。彼女は何も言わずに首をゆっくりと縦に一度振り僕を見て微笑んだ。式場の空気が少しずつピンと張り詰めていくのが分かった。
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