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第3章 故郷
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しおりを挟む「ありがとうね。斗和くん。雫ちゃん。君たちの話聞いてたら、尚更大好きになったよ。あぁ、若いって良いなぁ」
「ほんとほんと! 普段はこの人と意見なんて合うことなんて少ししか無いけど、その気持ちは本当に同意見だよ。ジジババも大切な晩酌の時間に入れてくれてありがとうね。楽しかったよ。斗和ちゃん、雫ちゃん」
僕たちが中身を空にした、缶、瓶、ペットボトルと、あらゆる容器を洗濯物を入れるような茶色の大きな籠に入れながら、おじさんとおばさんはさっきの時間を振り返るように話す。僕も空き缶を潰しながらその籠の中へ同じように入れていく。ほんとにこれ、4人で何本飲んだんだ。相当な量が派手な音を立ててその籠の中へ入れられていく。
「こちらこそだよ。こんなにいっぱいお酒を飲んだのも久しぶりだし、こんなに楽しい晩酌も久しぶりだったよ」
「ほんろれすぅー、しゃなえしゃんー……。私もたろしかっらぁ」
ついに呂律が回らなくなった雫さんは、顔をへろへろにしながらおばさんを見て笑って手を振る。それを見たおばさんは、自販機にお金を入れ、500ミリの水が入ったペットボトルを買って僕の方へ向けた。
「雫ちゃん、飲み過ぎちゃったね。気持ち悪かったら水飲むんだよ。斗和ちゃんに渡したから」
「みじゅぅー? わらしはにほんしゅらいいれすぅー……」
こんな雫さんを見られるのは滅多に無い。あんなに飲んだのに酒に飲まれていない自分を心の中で褒めながら雫さんの背中を撫でるようにゆっくりと摩った。本当はこの泥酔している様子をスマホに動画で収めたいと、邪な気持ちがあるのは否めない。
「雫さん。今日はもうやめておこう。明日の朝、起きられなくなるからさ」
「そんなころないれすぅー……。わらしははやおきろくいらから……」
立ったまま瞼がゆっくりと閉じていく彼女の様子を見守り、意識が無くなる前に僕は彼女をおんぶした。背中に乗った彼女は、思っていた以上に軽かった。雫さん、こんなに軽かったっけ。不思議に思いながら、僕はすぅすぅと気持ち良く寝息を立て始めた雫さんを布団に寝かせた。その様子をおじさんとおばさんは穏やかな笑顔で見守ってくれていた。
「フフ。可愛い2人だな。最後まで。いいもん見れたよ。斗和くん」
「ほんとほんと。大丈夫だと思うけど、彼女手放したりしちゃいけないよ。斗和ちゃん」
「あはは。それは絶対大丈夫だよ。むしろ僕が離さない。近いうちに雫さんに伝えることもあるから、それが上手く伝えられるように2人も応援してくれると嬉しいな」
「……当たり前だろ、斗和くん。健闘、祈ってるよ」
「そうそう! 斗和ちゃんなら大丈夫だよ! じゃあ私たちも寝るわね。また明日」
「ありがとう。すごく心強いよ。また明日ね。おやすみ」
2人は僕の言いたいことを察知したように、そして僕の背中を押してくれるように言葉を添えてくれて僕らの部屋の扉を開けて歩いて行った。突き当たりにある階段の手すりに手を伸ばした、お似合いの後ろ姿が見えなくなるまで2人の姿を目に焼き付けてから扉を閉めた。薄暗い暗さになった部屋。畳の部屋に敷かれた布団の真ん中を陣取るように大の字になって気持ちよさそうに眠っている雫さんに掛け布団をかけ、僕は再びテーブルの上にあるコップに手を伸ばした。冷蔵庫を開け、ペットボトルの中に入っていた水をコップに注ぎ、そのままそれを口の中へ流し込んだ。体の中へ入った水が、火照った僕の体と普段よりも熱くなっている額を冷やしてくれているようだった。
「フフ。寝てる顔、写真に残したら怒るだろうな」
彼女の寝顔を見ながら呟いても彼女が起きる気配は無かった。鼻の頭同士がくっつきそうなほどに顔を寄せても寝息を立てる彼女を見た僕は、ゆっくりとスマホに手を伸ばし、カメラアプリを起動した。マナーモードにすることでシャッター音が小さくなることを願いながら、僕は彼女の寝顔をスマホの画面に収める。
「今だ。はい、チーズ」
パシャッ。
ハッキリとしたシャッター音が部屋に響く。一瞬、それに反応したように呼吸が止まった雫さんだったけれど、再びすうすうと寝息を立て始めた。ほっと胸を撫で下ろしながら僕はじっと彼女の寝顔を見つめる。
「これ、独り言ね。雫さん」
僕の独り言に反応するはずのない雫さんは変わらずに寝息を立てる。
「普段から頼りない僕の隣にいてくれてありがとうね。君がいてくれたおかげで、これまでに色んな人を癒すことができたし、笑顔にすることができた。それに、こうして僕はまた自分の故郷を大好きな場所だって気づくことができた」
「……ふぅ」
「ん?」
何かを話したように短い息を吐いた雫さんが寝息を止めた。
「雫さん? 起きてるの?」
「……おきてませぇん……」
「え? 起きてるじゃん?」
「…… ふぅ」
「雫さん?」
「……すうすう」
「寝てるのか」
奇跡的にこの状況でも言葉のキャッチボールを交わすことができた雫さんは、やはり眠っている。ごめんね雫さん。今は起こすつもりは無いんだ。近いうちに君に伝える言葉を予行練習しているだけなんだ。許してね。
「父さんと母さんがいなくなっちゃった時ってさ、悲しいとか辛いとか寂しいとかそういう気持ちじゃなかったんだよね。てか多分、そういう気持ちを抱く余裕すら無かった状況だったと思う」
「……ふぅ」
すやすや、すうすう。気持ちよさそうな寝息を変わらず立てる雫さん。僕は心の中に出てくる気持ちを吐露するように「それでね」と続けた。
「そんな時に僕を救ってくれた師匠がね、僕に生きる道をくれた。その道の途中で、僕は人生で初めて一目惚れをした。今だから言うけど、僕は初めて君を見た時から、君が心の中から離れなかった。この世界に、こんなに可愛くて素敵な人がいるんだと初めて知った。僕は自分の心に思ったことを口に出してしまうからさ。……大変だったよ、自分の気持ちを心の奥にしまっておくのはね」
落ち着いていた心臓が再び強く脈を打ち始めた。再び顔の奥がじんと熱くなった。僕は自分を落ち着かせるために、コップ一杯の水を注いだ。お酒を煽るようにそれを勢いよく飲み込んだ。ひんやりと冷たい水が僕の体の真ん中を通り過ぎていった。明かりを消し外を見てみると、月の明かりなのか、電気をつけていなくても雫さんの寝顔を確認できるくらいには部屋が明るく見えた。夜の空に浮かぶまん丸の満月と、水面にも反射して映る満月が、この世界ではないどこか別の異世界に来たかのように幻想的な眺めだった。
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