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第3章 故郷
#53
しおりを挟む「そうかぁ……、斗和坊ももうそんな歳になったのか。俺の腰もこんなに曲がるわけだな!」
かかかと笑うと角屋のオッチャンの特徴的な笑い方は昔から変わってなくて、僕の頭の中に当時の記憶が浮かび上がった。注文したみたらし団子を作ってくれているオッチャンの方からは、ヨダレが垂れてしまいそうなほど美味しそうな甘い匂いがしてきた。
「そうだよ。僕も昔のオッチャンぐらいの歳に近づいてきたね」
「バカ言え。隣にそんな若くて可愛い嬢ちゃんがいるんだ。まだまだお前がこっち側に来る年齢じゃねぇよ」
「はは。そうなのかなぁ。僕も急に激しい運動したりすると、次の日の筋肉痛がすごいことになるからさ。あんまり考えもなしに動いたり出来ないんだよね」
「ハハ。昔はあのジジイと一緒にそこら中、走り回ってたのにな。嬢ちゃん、斗和坊の昔が生粋のスポーツ少年だったって言ったら信じるか?」
「は、はい! 斗和さんは体を動き出すまでに時間はかかりますけど、動き出したらすごい運動神経が良いのは知ってますから!」
えへへと笑いながら大きな声を出してオッチャンと話す雫さんからは、ぐぅーとお腹の鳴る音が聞こえた。顔を赤らめながらお腹を摩る彼女がとても可愛らしく思え、僕も彼女の動いている手の上から同じようにお腹を摩った。すると、彼女は眉間に皺を寄せて睨むように僕を見つめてきた。それがまた何とも可愛く見えて僕もえへへと笑った。
「まぁ斗和坊には運動神経以外にも色んな魅力が詰まりまくってるからな。嬢ちゃんもよく分かってると思うが……、ほれ! みたらし団子、第一弾出来たぞ! 人気のザラメ焦がしだ」
風情のある赤い絨毯が敷かれた大きな台に座る僕らの前に出てきたそれは、食べる前から分かる甘い香りがふんわりと風に乗って僕の鼻に届いた。何年ぶりだろうか。懐かしすぎるその匂いが僕の食欲をこれでもかと刺激する。甘いものには目がない雫さんが目をキラキラに輝かせながらその団子を見つめる。
「ザ、ザラメ焦がし……! 響きがすでに美味しそうです!」
「おぉ、すっげー美味いぞ。騙されたと思って食ってみろ。ほら、これあったかいお茶な」
「ありがとう。オッチャン。じゃあ雫さん、いただこうか」
「はい! おじさん、いただきます!」
「いただきます」
「はいよ」
竹串に4つ刺さっているうちの1つを僕は迷うことなく口の中へ入れた。その瞬間に広がる甘みが僕の体中を一気に駆け抜ける。頬が蕩けそうなほどの甘みが訪れた後、その後を追うようにほんのりとした苦みが口の中へやってくる。あえて焦がしたザラメの味だ。この絶妙な甘みと苦みのバランスが作れるのは間違いなくオッチャンだけだ。
「うわぁ、美味しい……。久しぶりに食べたけど、昔より美味しく感じるのは気のせい? オッチャン」
「当たり前だろ。俺だって毎日、考えながら美味いもん作ってんだ。この団子もそのうちの1つだよ。お、嬢ちゃんには苦かったか?」
その団子を食べていた雫さんの咀嚼が止まっていた。まるで時間を止められたかのように体全体が停止している。ただ、目のキラキラはさっきよりも輝きを増していて普段よりも大きくなっているのは気のせいではない。
「お、おじさん……。私、こんなに美味しいみたらし団子、生まれて初めて食べました……!」
「おうおう。そうだろそうだろ。口に合ってくれて良かったよ」
かかかと笑うオッチャンは、ここにいる誰よりも幼い少年のような笑顔で雫さんに微笑んだ。彼女は2つめの団子を口に入れ咀嚼を始めると、涙を流しそうなほどうるうると瞳を輝かせながら頷いている。
「そんなに嬉しい顔で食ってくれてたら作った甲斐があるってもんだ。可愛い嬢ちゃんにそれだけ喜ばれたらその団子も嬉しいだろうさ。おい斗和坊。お前、いい子を嫁にもらったな。なかなかいねぇぞ、こんな子」
「あ、あはは。僕も僕にはもったいないと思うぐらい素敵な人だよ。雫さんは。でもね、僕らはまだね……」
あぁん!?
街中の人が振り返りそうなほど大きな声の「あぁん!?」が店中に響き渡った。客が僕たちだけで良かったと素直に思った。血管が浮き出ている大きな両腕を組みながら首を傾げるオッチャンは、そのまま睨みつけるように僕の顔をしたから見つめた。
「俺はてっきり新婚旅行でもしてるのかと思ったよ。それぐらい仲睦まじくやってんのかと思ったからよ、まだ付き合いたてなのか、お前たち」
「は、はい。私たちはまだ始まったばかりなんです。ただ、職場が同じで住んでいる場所も同じだっていう生活を5年以上過ごしているので私の方はずっと同棲だと思っていました」
「そうかぁ……。分かんねぇもんだな。お、2人ともいい食いっぷりだな。まだ腹に入るなら第二弾で違う味、作ってやるぞ?」
「そ、そうだね。まだ小腹空いてるからお願いしようかな……。あ、オッチャン、じゃあ僕、あれ食べたい! 裏メニューの……」
「おぉ、アレな。ちょうど卵がよく残ってたからな……。待ってろよ」
いつの間にか雫さんも食べ終えていて2人分の串が乗った皿を持って調理場の方へ戻っていくオッチャン。背中を向けながら垣間見えるその顔にはどこか寂しさがあるように思えた。
「斗和坊……」
「何? オッチャン!」
「嬢ちゃんのこと、大切にしろよ。いなくなってからじゃ遅えからな」
声の低いオッチャンがさらに声を低くさせて僕の目を見てそう言った。そうだ。オッチャンは昔、最愛の人を病気で亡くしている。その女の人のことは僕もよく覚えていて、大らかだけどヤンチャをする子どもには容赦のしない、良く言えば正義感の強い人だった。雫さんに少し似ている性格だと思ったけど、そういえば身長も同じくらいだった気がする。
「うん。もちろん大切にしているし、これからも何よりも大事な宝物だよ。それだけは間違いなく。僕がどうなろうとね」
「ふっ。俺に言われなくても分かってるだろうな。お前なら」
「ダメだよ斗和さん!」
「え?」
「斗和さんがどうかしちゃったら私が困るから! あなたがどうなっちゃうなら、私も一緒にどうにかなっちゃうから!」
「え、えぇ? それは僕が困るなぁ……。どうしよう……」
「……かっかっか!」
オッチャンの高らかな笑い声が僕たちのしんみりとした空気を遮る。そして、さっきとは打って変わったソースの甘くて濃い香りが僕の鼻に届いた。それと同時に、僕らの目の前には細長い皿に乗った黄色の「あれ」があった。ソースとマヨネーズが格子状にかけられ、その端がとろけていて、卵の黄身が流れている。
「微笑ましすぎて笑えちまったよ。それだけ仲良くやってんなら結構だ! あとは美味いもん食って笑い合えばいい! これはそのオトモだ! 裏メニューのとんぺい焼き!」
目の前にあるそれに再び目を輝かせる雫さんを見て、僕も自然と笑みとヨダレが少し溢れた。小学生ぶりに見たそれは、僕が大きなったこともあり昔よりも小さく見えて、それでいて昔よりも美味しそうに見えた。オッチャンの目を見てありがとうと言うと、オッチャンの目がさっきの雫さんぐらい瞳の中を潤ませていた。
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