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第3章 故郷
#51
しおりを挟む「おぉ、斗和ちゃんか。大っきくなったねぇ……!」
「おばちゃん。本当に久しぶりだね。元気にしてた?」
「私はいつまでも元気だよ。あぁ、本当に斗和ちゃんだよ。あんた……」
おじさんと抱きしめ合う僕の背中に寄り添うようにおばちゃんの体が触れた。2人して涙を流すものだから僕の顔も次第に熱くなっていく。僕の髪の毛をくしゃくしゃと撫でるおじさんの笑顔。懐かしい。当時の記憶が一瞬で頭の中に蘇る。
「斗和くん。あの津波で家が無くなってからどこで過ごしてたんだ?」
「カケルさんっていう人が僕を救ってくれたんだ。その人が今まで育ててくれて今はこうして生きてるんだ」
「斗和ちゃん……。昔より亜希子さんに目元がすごく似てるんだもん。面影もあるし、すぐ分かったよ……。ほんっとうに、うん……。生きててよかった!」
わしゃわしゃわしゃ。おじさんにくしゃくしゃにされた髪を逆の角度から撫でられる。その手の温もりからおじさんやおばちゃんの優しさがそのまま伝わってくるように感じた。
「2人ともありがとう。長い間、帰ってこなくてごめんね。ちょっと思い出すのが怖かった期間が長くて。でも、この雫さんのおかげで僕も一歩踏み出す勇気ができたんだ」
「雫さん……。斗和くんの奥さんかい?」
おじさんの微笑ましい笑顔を見る雫さんは、顔を真っ赤にして首を横に振った。
「い、いえ! 今は斗和さんの彼女で隣にいさせてもらっています! 初めまして! し、雫といいます。よろしくお願いします……!」
「ははは。これは失礼。あんまりにも夫婦のような雰囲気が2人から伝わってきてたから、ついそう思ったんだ。こちらこそ初めまして。この宿の責任者である河本孝(こうもとたかし)です。こちらは僕の奥さんである、沙苗(さなえ)です。斗和くんとは昔から家族ぐるみで良くしてもらっていてね。あの災害以降、連絡が取れずにいたんだ。だからこうして僕らの目の前に現れたのが夢のようでね……」
「あんた。私にも喋らせてよ」
「あぁ、ごめんごめん。つい嬉しくてね……」
えへへと笑っているおじさんの顔も、むっと眉間に皺を寄せるおばちゃんの顔も僕の心を温かくさせ、雫さんの顔も自然と笑顔にさせる。
「初めまして。孝の妻の河本沙苗です。息子のように思っていた斗和ちゃんがこんなに可愛い彼女を連れてくるなんて……。ほんっとうにえもいね」
「えもい……? って何だい? 母さん」
「懐かしいとかのすたるじっくになるとか……、あぁ、もうなんかそういう意味で今の若い子たちは使うんでしょ! 」
「はは。おばちゃん、大丈夫。伝わってるよ。僕も本当にこの瞬間、エモいなって思ってる」
「斗和くんは昔から優しいもんな。母さんの言いたいだけのえもいに付き合ってくれて」
おばちゃんとおじさんに心を温めてもらいながら僕と雫さんは今日住む部屋へと案内してもらった。僕らの案内役をどっちが務めるか、2人とも譲らない様子で喋り合っているのが何とも微笑ましかった。
「ごめんね、斗和ちゃん。雫ちゃん。あの人には私が案内するって言ってたんだけどさ。ぐだぐだしちゃってさ」
「いやいや。2人のやりとり見てたらすごくほっこりしたよ。いつまでも仲の良い2人ってこういう2人のことを言うんだろうなって思った」
「そんなことないよ。毎日、何かしらで口論になるんだし。その話題は結局全く大したことない話だし。便座開けっぱなしにしないでとか、ドライヤーのコンセント差しっぱなしとかさ。笑えるでしょ」
「ふふふ。沙苗さん、そういう口論、私たちもよくやります」
雫さんがへらっと笑っておばちゃんに言うと、僕たちの方を振り返っておばちゃんも同じように笑った。
「斗和ちゃんが言うには、そういう話をする2人はいつまでも仲の良い2人になるんだってさ。良かったね」
「えへへ。確かにそうみたいですね。良かったです」
僕の目の前で小さな声で雫さんにそう言って笑いかけるおばちゃん。この人には昔から敵わない。本当に愛嬌のある人だ。心の底からそう思った。そしてそのおばちゃんを見て笑顔になる雫さんの顔も本当に可愛かった。
「さぁ着いた。ここが2人に予約してもらってた和室だよ」
僕らを待ち受けていたのは真っ青な水平線を一望できる窓が特徴的な和室だった。視線を横にすると畳や障子、2人分の布団が視界に入る。とても素敵な空間なのは間違いないけれど、それ以上に何か優しさのような気持ちが伝わってくる。まるでこの部屋全体が僕ら2人を歓迎して包み込んでくれるようだった。実際に部屋を目の当たりにすると、僕の目に入る全ての景色に圧倒される。
「うわぁ……、ホームページで見てた写真より素敵な部屋だね」
「ほんとだ……。何だろう、私はここに来たことがないのに、何か懐かしい気持ちになってる」
「ふふ。2人の心も体もいっぱい癒させていただきますからね。短い時間だけどよろしくお願いします」
「こ、こちらこそよろしくお願いします……!」
「よろしくお願いします。沙苗さん」
さっきのはつらつとしたおばちゃんの様子から変わり、丁寧な所作で僕たちに頭を下げるおばちゃんに応えるように僕と雫さんもゆっくりと頭を下げた。おばちゃんが短い時間とか言うものだから、ここを離れる瞬間のことを考えてしまった。すごく寂しい気持ちになったから、慌ててこれからの楽しい時間を想像した。
*
「お、出かけるかい。斗和くん」
「うん。今から色々2人で見て回ろうと思って」
「そうか。じゃあ、これ持っていきな」
「え? ありがとう」
おじさんの手元には『川野町網羅ガイドブック』と書かれた冊子が書かれていた。文字の横に映るタコのゆるキャラにやたらと視線がいく。この町のPRキャラクターだろうか。何とも言えないつぶらな瞳から、このキャラクターの愛嬌がじんわりと伝わってくるようだった。
「これがあればこの町の隅から隅まで分かると言っても過言ではない。あ、ちなみにこの店は斗和くんが小さい頃からあった店だ。みたらし団子と綿菓子が美味しい店。覚えてるかい?」
「うん、もちろん覚えてるよ。SNSで見て僕も行こうと思ってた」
「あそこの爺さんも斗和くんが来たらすごく驚くと思うよ。あと多分、泣く」
「あはは。僕もそう思うよ」
「お嬢ちゃんは?」
「あ、今おばちゃんに挨拶してると思う。もうすぐ来ると思うよ」
「そうか。じゃああとは若い2人をちょっと遠い距離で見守ってるよ」
「何でだよ。近い距離で見守っててよ。おじさんも」
「ハハ。言葉のあやだよ。君たちが楽しんでいる間に美味しい夕食を準備しておくよ。もちろん沙苗と一緒にね」
「ありがとう。それもすっごく楽しみにしてるね」
はははと笑うおじさんの優しい声に癒されていると、廊下の奥からおばさんと一緒に歩いてくる雫さんが見えた。彼女は僕を見つけると、歩く足を早めて近づいてきた。その瞬間、右足を引っかけ体勢を崩した彼女はおばさんがすかさず抱えた。彼女を抱えたおばさんは、まるで雫さんのお母さんのように思えた。
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