50 / 68
第3章 故郷
#50
しおりを挟む「あおいなぁーぎさをはぁーしぃーりぃー! こいのきーせつがやーってくるぅー!」
見渡す限りどこまでも真っ青な青色。車の外を覗くと限りなく広い海が僕たちの目の前に広がっていた。隣に座る雫さんは、いつも歌うお気に入りの曲を口ずさんでいる。この景色を自分の目で見るのはいつぶりだろうか。僕も当時歌っていた曲が頭の中に再生される。
「雫さん、その曲好きだよね」
「うん! 昔から海を見たら尚更歌いたくなるんだ」
「雫さんは海が見えなくてもその曲歌ってるけどね」
僕も久しぶりに見た海にテンションが上がっているのだろう、隣にいる彼女が嬉しそうにしている姿を見ると、僕もつられて嬉しくなる。
「斗和さん、あっちに着いたらまずは何をするの?」
「まずは宿にチェックインしようかなって思ってるよ。海の近くだから、そこから海に歩きに行ってもいいし、それか車動かして色んな所に出かけてもいいしって感じだね」
「おー! いいなぁ、いいなぁ! 何かそれを想像するだけで楽しくなってきちゃったよ」
「ははは。なんか僕より楽しみにしてくれてて嬉しいよ」
「もちろん楽しみですよ。そもそも、海を自分の目で見たのもこれが初めてなんだもん。これから起こる色んなことが初めてになるよ」
「そっかぁ……。うん、そうだよね。この3日間が雫さんにとって、いい日になったら僕も嬉しいなぁ」
僕の言葉を受け取る前に彼女は、建物や堤防の障害物から解放されて再び目の前に広がった真っ青な海に目線と意識が一瞬で持っていかれていた。目的地の宿が近づくたびに目の前にある海も近づいてくる。それと比例するように彼女のテンションも上がっていっているのが容易に分かった。
「だから、すーきだといって、てぇーんしになって、そーしてわらって、もーういちどぉー!」
雫さんの歌声が車内に響き渡りながら、僕も彼女のテンションに乗せられるようにアクセルを踏み込んだ。目線を上にやると、海の上に広がっている入道雲が写真に収めたくなるくらい綺麗だった。
*
「斗和さん、何枚写真撮ってるの?」
「ごめんごめん。あまりにも綺麗だったからさ」
結局車を脇道に停め、その景色を写真に収めている僕を半分呆れながらも雫さんも景色を見つめている。気がつくと、写真は30枚は撮っていて自分でも驚いてしまうほどだった。その写真を見返しているだけで、まるで昔、この街に住んでいた頃にタイムスリップをしてしまいそうなほど懐かしい気持ちになった。
「ありがとう、雫さん。じゃあそろそろ行こっか。あともう20分もしないうちに着くからね」
「行きましょう行きましょう! もう待ちきれないよ!」
雫さんの目がキラキラとから輝いているのは頭上にある僕らを照らす太陽の光が反射しているだけではない。興奮や楽しみ、これから起こる時間のことを楽しみにしているからだろう。僕は彼女がもっと喜んでくれる顔が早く見たくなって車を急がせた。宿に着くまでに見た街の風景は、以前と変わってしまっている場所もあったけれど、昔のままになっている港なんかもあって、僕自身も楽しみが体の内側から滲み出てきているように思えた。
「お、雫さん。見えたよ、あそこが今日から泊まる宿だ」
「え! どこどこ?」
僕が指差す先にはスマホから予約した宿が車から見えた。何を隠そう、そこは僕が昔にお世話になったおじさんとおばさんが経営している宿だ。当時の災害を経験してもなお、そこに建っている宿は昔の建物そのままのように見えた。ネットで調べた時、おじさんたちの宿が経営していることを知った時、それだけで涙が出そうだった。
「あの青い屋根の宿だよ。ホテルとかじゃなくてごめんだけど、ごはんもすごく美味しいし、すごく気持ちのいい布団で寝られるし、何よりおじさんとおばさんがいい人なんだ。あ、宿のオーナーの人たちね」
「ふふ。斗和さんがそこまで言うなら、本当にいい所なんだろうね。私もすっごく楽しみだよ」
Tsukakokoを出発し、車を動かして数時間が経ち、ついに宿に着いた僕ら。雫さんと一緒に来て楽しんでいるからか、移動時間も全く苦にならなく、時間も1時間くらいで着いたような感覚だった。車のエンジンを止め外に出ると、真っ先に海のにおいが鼻に届いた。これだ。エアコンのいらない涼しい海風。そして懐かしい潮のにおい。本当に久しぶりだ。僕の胸の中がじんと熱くなった。
「いやぁ、懐かしいなぁ。この宿も、この景色も」
「斗和さんが海の近くで暮らしてたのが本当に意外だけど、確かにすごくいい場所だね。なんて言えばいいかな、空気が澄んでるみたいな」
「すごく自然を感じるにおいするでしょ」
「うん。もう既に魚が食べたくなってるからヤバいよね」
宿の前で雫さんと笑い合っていると、宿の中から1人の男の人が出てきた。頭に真っ白な鉢巻を巻いている男の人は、僕の顔を見るなりその目を大きくして僕を見つめた。
「いらっしゃい。ひょっとして……、斗和くんか?」
「うん。おじさん。久しぶり。何年ぶりかな……」
「……久しぶりだなぁ! 元気してるか?」
やっぱりおじさんだった。最後に会ってから何年も経っているし、髪の毛もびっしりと生えていた黒い髪の毛も真っ白になっているし、僕の背が昔より伸びたからなのか、当時見た時よりも小柄な印象になっている。それでもおじさんの顔を見た瞬間、僕は当時の全ての記憶を思い出したように頭の中に昔の光景が蘇る。
「うん。元気だよ。おじさんも元気?」
「……おう! いつまでも健康だ! 斗和、でっかくなったな……!」
僕より5センチほど低い目線でおじさんは涙を流しながら僕を抱きしめた。おじさんのその顔を見て僕もつられて涙を流しそうになった。おじさんの力強い抱擁に応えるように僕も同じようにおじさんの体を抱きしめた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
誰の代わりに愛されているのか知った私は優しい嘘に溺れていく
矢野りと
恋愛
彼がかつて愛した人は私の知っている人だった。
髪色、瞳の色、そして後ろ姿は私にとても似ている。
いいえ違う…、似ているのは彼女ではなく私だ。望まれて嫁いだから愛されているのかと思っていたけれども、それは間違いだと知ってしまった。
『私はただの身代わりだったのね…』
彼は変わらない。
いつも優しい言葉を紡いでくれる。
でも真実を知ってしまった私にはそれが嘘だと分かっているから…。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる