Tsukakoko 〜疲れたらここへ来て〜

やまとゆう

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第3章 故郷

#50

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 「あおいなぁーぎさをはぁーしぃーりぃー! こいのきーせつがやーってくるぅー!」

見渡す限りどこまでも真っ青な青色。車の外を覗くと限りなく広い海が僕たちの目の前に広がっていた。隣に座る雫さんは、いつも歌うお気に入りの曲を口ずさんでいる。この景色を自分の目で見るのはいつぶりだろうか。僕も当時歌っていた曲が頭の中に再生される。

 「雫さん、その曲好きだよね」
 「うん! 昔から海を見たら尚更歌いたくなるんだ」
 「雫さんは海が見えなくてもその曲歌ってるけどね」

僕も久しぶりに見た海にテンションが上がっているのだろう、隣にいる彼女が嬉しそうにしている姿を見ると、僕もつられて嬉しくなる。

 「斗和さん、あっちに着いたらまずは何をするの?」
 「まずは宿にチェックインしようかなって思ってるよ。海の近くだから、そこから海に歩きに行ってもいいし、それか車動かして色んな所に出かけてもいいしって感じだね」
 「おー! いいなぁ、いいなぁ! 何かそれを想像するだけで楽しくなってきちゃったよ」
 「ははは。なんか僕より楽しみにしてくれてて嬉しいよ」
 「もちろん楽しみですよ。そもそも、海を自分の目で見たのもこれが初めてなんだもん。これから起こる色んなことが初めてになるよ」
 「そっかぁ……。うん、そうだよね。この3日間が雫さんにとって、いい日になったら僕も嬉しいなぁ」

僕の言葉を受け取る前に彼女は、建物や堤防の障害物から解放されて再び目の前に広がった真っ青な海に目線と意識が一瞬で持っていかれていた。目的地の宿が近づくたびに目の前にある海も近づいてくる。それと比例するように彼女のテンションも上がっていっているのが容易に分かった。

 「だから、すーきだといって、てぇーんしになって、そーしてわらって、もーういちどぉー!」

雫さんの歌声が車内に響き渡りながら、僕も彼女のテンションに乗せられるようにアクセルを踏み込んだ。目線を上にやると、海の上に広がっている入道雲が写真に収めたくなるくらい綺麗だった。

           *

 「斗和さん、何枚写真撮ってるの?」
 「ごめんごめん。あまりにも綺麗だったからさ」

結局車を脇道に停め、その景色を写真に収めている僕を半分呆れながらも雫さんも景色を見つめている。気がつくと、写真は30枚は撮っていて自分でも驚いてしまうほどだった。その写真を見返しているだけで、まるで昔、この街に住んでいた頃にタイムスリップをしてしまいそうなほど懐かしい気持ちになった。

 「ありがとう、雫さん。じゃあそろそろ行こっか。あともう20分もしないうちに着くからね」
 「行きましょう行きましょう! もう待ちきれないよ!」

雫さんの目がキラキラとから輝いているのは頭上にある僕らを照らす太陽の光が反射しているだけではない。興奮や楽しみ、これから起こる時間のことを楽しみにしているからだろう。僕は彼女がもっと喜んでくれる顔が早く見たくなって車を急がせた。宿に着くまでに見た街の風景は、以前と変わってしまっている場所もあったけれど、昔のままになっている港なんかもあって、僕自身も楽しみが体の内側から滲み出てきているように思えた。

 「お、雫さん。見えたよ、あそこが今日から泊まる宿だ」
 「え! どこどこ?」

僕が指差す先にはスマホから予約した宿が車から見えた。何を隠そう、そこは僕が昔にお世話になったおじさんとおばさんが経営している宿だ。当時の災害を経験してもなお、そこに建っている宿は昔の建物そのままのように見えた。ネットで調べた時、おじさんたちの宿が経営していることを知った時、それだけで涙が出そうだった。

 「あの青い屋根の宿だよ。ホテルとかじゃなくてごめんだけど、ごはんもすごく美味しいし、すごく気持ちのいい布団で寝られるし、何よりおじさんとおばさんがいい人なんだ。あ、宿のオーナーの人たちね」
 「ふふ。斗和さんがそこまで言うなら、本当にいい所なんだろうね。私もすっごく楽しみだよ」

Tsukakokoを出発し、車を動かして数時間が経ち、ついに宿に着いた僕ら。雫さんと一緒に来て楽しんでいるからか、移動時間も全く苦にならなく、時間も1時間くらいで着いたような感覚だった。車のエンジンを止め外に出ると、真っ先に海のにおいが鼻に届いた。これだ。エアコンのいらない涼しい海風。そして懐かしい潮のにおい。本当に久しぶりだ。僕の胸の中がじんと熱くなった。

 「いやぁ、懐かしいなぁ。この宿も、この景色も」
 「斗和さんが海の近くで暮らしてたのが本当に意外だけど、確かにすごくいい場所だね。なんて言えばいいかな、空気が澄んでるみたいな」
 「すごく自然を感じるにおいするでしょ」
 「うん。もう既に魚が食べたくなってるからヤバいよね」

宿の前で雫さんと笑い合っていると、宿の中から1人の男の人が出てきた。頭に真っ白な鉢巻を巻いている男の人は、僕の顔を見るなりその目を大きくして僕を見つめた。

 「いらっしゃい。ひょっとして……、斗和くんか?」
 「うん。おじさん。久しぶり。何年ぶりかな……」
 「……久しぶりだなぁ! 元気してるか?」

やっぱりおじさんだった。最後に会ってから何年も経っているし、髪の毛もびっしりと生えていた黒い髪の毛も真っ白になっているし、僕の背が昔より伸びたからなのか、当時見た時よりも小柄な印象になっている。それでもおじさんの顔を見た瞬間、僕は当時の全ての記憶を思い出したように頭の中に昔の光景が蘇る。

 「うん。元気だよ。おじさんも元気?」
 「……おう! いつまでも健康だ! 斗和、でっかくなったな……!」

僕より5センチほど低い目線でおじさんは涙を流しながら僕を抱きしめた。おじさんのその顔を見て僕もつられて涙を流しそうになった。おじさんの力強い抱擁に応えるように僕も同じようにおじさんの体を抱きしめた。
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