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第3章 故郷
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スマホの画面を開き、動画アプリを立ち上げた。検索欄に故郷を入力し、あとは虫眼鏡のボタンを押せば検索結果の画面に飛べるところまで来た。あと一歩。そのボタンを押すところまではいけるのに、いざそれを押そうとするとどうにも指が動こうとしない。当時の映像がそこに映ると思うと、僕の脳は指を動かしてはいけないと、本能的に僕の体に指示をしているようだった。
「斗和さん、やっぱり見ることは出来ない?」
「うん……。そうだね。やっぱり当時のそれを見ちゃうと、どうも苦しくなるっていうか、あの時の瞬間が襲いかかってきそうで怖いんだよね。はは、もう何年も前の話なのにさ……。だらしないよね」
「……だらしなくない。悲しい過去は思い出すのも辛いから。斗和さんが見られるようになったら見たらいいと思う。それに、当時のそれを忘れないことが、今を生きる私たちにとっても大切だと思うから」
「……それもそうだね。ありがとう、雫さん」
「いいえ。私は何もしていませんので」
雫さんと一緒に僕の故郷へ行く日が明日に迫り、明日の今頃には向こうの宿にチェックインしている頃だ。そう思うと緊張してくるし、僕の中に色んな感情が混じり合い心臓を激しく動かす。ソファの隣に座る彼女は優しい眼差しを向けて僕を見守ってくれている。不意に彼女の指が僕の指に触れた。
「あ、ごめん。雫さ……」
僕が謝りきる前に、彼女はその僕の指にゆっくりと自分の指を絡ませた。思いもよらない行動に動揺した僕が彼女の顔を見つめると、彼女は顔を赤くさせながらニッと口角を上げた。
「斗和さんさえよければ、手握っててもいい?」
「もちろん、いいけど……」
「ありがとう」
「ううん」
彼女はそう言うと、何も言わずに僕の隣にいてくれた。いつまでもいつまでも、永遠にも思える時間が僕らの間に流れる。自動的にスマホの画面がロックされ、そのたびに僕は画面を開く。怖い。やっぱり。あの頃の映像が目に映るのが。でも、彼女が隣にいてくれて、僕の手を握ってくれている今なら、見ることができるかもしれない。深呼吸を繰り返して心臓を落ち着かせる。
「よし……」
僕は覚悟を決めて検索ボタンを押した。大袈裟に思えるその行動ひとつでも、僕からすると大きな前進だ。恐る恐る画面を覗くと、そこには無数の動画のサムネイル画面が、赤色の文字で注意喚起をされながら表示されている。
『この動画には津波の映像が流れます。ご覧になられる際には注意してご視聴ください』
『あの頃のその瞬間。未曾有の災害。決死の5分間』
『後世に残す、当時の災害』
『4.11。忘れてはいけないあの日』
『大災害』
その文字を読むたびに心の中にある傷が疼く思えた。震える指を落ち着かせるように呼吸を整えながらひとつの動画を選んだ。動画が始まった。そこには遠い記憶にあった港町が映し出されていた。公園の滑り台くらいの大きさがある特徴的なマンボウのモニュメントや、昔に通っていたおじさんの駄菓子屋もそこにあり、その街を行き交っている人たちを見ると、見覚えのある人たちが何人も映っているように見えた。それを眺めていると、まるで当時の街へタイムスリップしたような感覚になった。
「この街が斗和さんの故郷?」
「うん。あの時の街だ。すっごく懐かしい」
「いいところだね。映像を見ているだけで行きたくなる」
「そうでしょ。僕も今、同じ気持ち」
隣でそれを見ている雫さんも動画に釘付けになっている。当時を撮影している動画の撮影者は、「街をPRするための動画を作っていた途中」と動画の概要欄に書いてあった。その概要欄の続きには「5分43秒から災害が起こります」と書かれていた。今が3分10秒。あと2分半もすると、この景色は一瞬にして違う世界のものになる。そう思うと、僕はやっぱり動画を見続けることができなかった。僕はたまらず動画の停止ボタンを押した。呼吸がどんどん荒くなっていく。肩が大きく動き、雫さんがすかさず僕の背中を摩ってくれた。
「斗和さん、大丈夫……? 無理しなくていいからね」
「う、うん。ありがとう。雫さん……。じゃあ、水をコップ1杯分だけもらってもいいかな……?」
「もちろんです。ちょっと待っててくださいね」
「はは……。雫さん、仕事モードになってるよ。敬語」
「あ、ほんとだ。まだ慣れてないのかな」
「というよりも敬語で話すことのほうが慣れてるだろうからね」
「確かに。まだまだ敬語が抜けなくても気にしないでね、先生」
「何も気にしないよ。彼女になっても君は僕の頼れる助手だから」
「ありがとう、斗和さん。はい、水ね」
「ありがとう」
普段通りの会話をしてから水がゆっくりと体の中へ入っていく。強張っていた体の力が抜け、どくどくと荒く打っていた心臓の音も次第に聞こえなくなった。そして僕は動画の続きを見る決心がついた。動画は4分50秒のところで止まっている。僕がソファからゆっくり体を起こすと、それと合わせるように雫さんも体を起こして僕の隣にいてくれた。触れ合う腕が、普段よりも温かくなっていることに気がついた。
「雫さん、続き見るね」
「うん。でも、本当に無理しないでね」
「大丈夫。雫さんに元気と水もらったから」
「今の会話で水を添えられるあたり、心に余裕がありそうでよかったよ」
彼女から差し伸べてくれた手がとても温かく、無意識のうちに彼女の手を握りながら僕は動画の再生ボタンを押した。
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