Tsukakoko 〜疲れたらここへ来て〜

やまとゆう

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第3章 故郷

#45

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 「斗和さん。ここ、行ってみたい」
 「あぁ、いいよね。ここ。映えスポットで昔から有名な海岸だ」

雫さんが見せてくれた本には、僕の故郷の魅力がぎゅっと詰まったようなページが記されていた。その中にある有名な海岸は、外国にある鏡のような世界が映る海の写真が撮れる場所としてSNSで有名になっている。

 「2人で一緒にここで写真を撮りたい」
 「うん。撮ろうよ。絶対。この本は最近出版されてるものだから、今でもきっと素敵な場所だと思うよ」

雫さんとは以前以上に仲が親密になり、僕は彼女と一緒に過ごすことが以前より楽しくなっている。そして、前々から計画していた僕の故郷へ行く計画がいよいよあと5日前に迫っているところだ。

 「ここら辺りは獲れたての魚を漁師の方々がその場で捌いてくださって、新鮮な味をいただくことが出来るんだって」

敬語はだいぶ抜けたけれど、言葉遣いが丁寧な雫さんはいつも無意識のうちに敬語に戻ってしまう時がときどきあって面白い。

 「うんうん。すっごく美味しいよ。天ぷらとか塩焼きとか色々やってくれたりもするけど、結局刺身で食べるのが一番美味しいんだよね。毒のある魚なんかもいないから時間もかからないし」
 「どうしよう……。なんかすごく楽しみになってきちゃった……!」
 「ふふ。奇遇だね。僕もだよ」

体全体でウキウキしている感情を表す雫さんがとても可愛らしい。本人に言うと、目線がぐるぐる回って慌て出して怒られる時があるから僕だけの中に留めておくとする。Tsukakokoの営業が休みで行きつけのカフェに来た僕らだが、ここへ来るといつも雫さんは普段の3割増ではしゃぐ。料理や珈琲が美味しいこともこのカフェが好きな理由のひとつだが、彼女のこういう一面が見ることが出来るのが一番好きな理由だと思う。

 「あぁ、ここのカレー。すごくコクがあるし、野菜や鶏肉なんかもしっかり食べ応えがあってすっごく美味しいね」
 「うん、すごく美味しい。それに、ルウをわざと焦がして苦味を出してるのも好き……。美味しいカレーを食べてるって感じ」

雫さんは美味しいものを食べている時、目を閉じて味覚に集中する。そしてそれが本当に美味しかった時、口角が上がり3回ほど首を縦に振る。まさにその動作をしている彼女は今日もこのカフェを堪能していて何よりだ。

 「あ、こんにちは。店長さん」
 「こんにちは。今日も仲良しコンビですね」

そうやって笑顔を僕に見せるここの店の店長さん、ニックネームなのかニケさんと呼ばれているこの人は身長もぼくよりずっと高くて、ゆるくパーマのかかっているヘアスタイルが今時のイケメンという感じでとてもカッコいい。それでいて優しさもあるものだからまさに非の打ち所がないという表現が相応しい人だ。

 「店長さん。私たち、仲良しコンビから恋人に昇格したんです!」
 「……ほんとに!? おめでとうございます! うわぁ、それはおめでたいですね。いつから?」

店長さんは目を輝かせて舞い上がっている。かれこれ3年くらいの付き合いになるけれど、こんなに嬉しそうに話している店長さんを見るのは初めてだ。

 「何? ニケさん。そんなに大きな声出して。あ、斗和くん。雫さん。こんにちは」
 「こんにちは。優子さん。ちょっと店長さんを驚かせてしまって」

店長さんの奥さんである優子さんにも僕と雫さんは仲良くさせてもらっている。この人もテレビに映るタレントみたいに綺麗な人で、雫さんはいつも優子さんを見ると目がハートになる。

 「優子さん! 私たち、恋人になったんです!」
 「うそぉ!? おめでとう! 2人とも!」

満員、とはいかずとも多くの人が椅子に座っている店内なのに構うことなく大声を上げて喜んでくれた優子さん。そのままの勢いで彼女は雫さんとギュッと音が聞こえそうなほど力強く抱きしめ合った。

 「いつかそんな日が来ると思ってはいたけど……。それが今日だったなんて……。おめでとう、本当に。うん、本当に……」

自分のことのように喜んでくれている優子さんの目からは涙がこぼれ始め、慌てて店長さんがエプロンのポケットからハンカチを出して彼女に差し出した。

 「ご、ごめん。優子さん。泣かせるつもりはなかったんだけど」
 「ううん……。いいの……。私が涙脆いだけだから。あ、ニケさん。ハンカチありがとうね」
 「ティッシュもあるけど大丈夫?」
 「うん。大丈夫。あとでちょっとお手洗いに行かせてもらうけど……。あぁー、それは2人ともとってもいい日だね」
 「はい。私もまだ夢見心地な日が続いているんですけど、どうやら現実のようで……。斗和さんのおかげでとても幸せです」
 「斗和さんかぁ。なんか、その呼び方ひとつで僕もグッと来ちゃうな……」

この暖かすぎる空間は店内全体を覆ってくれたようで、客席に座っている人たちも優しい目線で僕たちに微笑みかけてくれているように見えた。なかには小さく拍手を送ってくれているカップルの人たちもいた。僕はその人たちに向かって小さくお辞儀をした。

 「優子。こうしちゃいられない」
 「そうだね。ニケさん。あれ、作ろうか」
 「あれ……?」

2人の言う「あれ」が想像できない僕は、彼に問いかけるつもりで見つめると店長さんはニヤニヤした笑顔で僕を見つめ返した。

 「秘密の料理、祝福編を作ってきます。少々お待ちください」
 「ひみつの……りょうり? しゅくふくへん……?」

僕の問いかけに対し、店長さんと優子さんはゆっくりと僕らに頭を下げてキッチンの方へと戻っていった。不思議に思った僕と雫さんは、しばらく時間が止まったようにお互いを見つめ合った。
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