Tsukakoko 〜疲れたらここへ来て〜

やまとゆう

文字の大きさ
上 下
42 / 68
第3章 故郷

#42

しおりを挟む

 「いやぁ、ほんとに美味かったよ。TsukaJAGA」
 「気に入ってもらえて良かったよ。食事中に色んな話をしたけど、もう少しカウンセリングやってく?」
 「いや。おれの話はさっきので充分だよ。誰かに話したかったこととか、リッカのこれからのこととか、斗和と雫ちゃんに聞いてもらえてよかったよ」
 「カケルさんがリラックスできていて良かったです。いつでもいらして下さい。今度はぜひリッカちゃんも一緒に」
 「ほんとだよ。アイツの方こそ、体全体に疲れが溜まってる状態が続いてると思うからさ、名医の2人の力で治してもらうように言っとくよ」

結局、師匠はメンタルカウンセリングで話題に出たのはリッカちゃんについてがほとんどだった。それも惚気中の惚気が100%。親バカに磨きがかかっている師匠は、悩みという悩みもなく僕らとの会話を楽しみ終えた後、早々と帰り支度を進めた。

 「じゃあ斗和。雫ちゃん、そろそろ行くね」
 「うん。今回もありがとう、師匠。また何かあったらいつでも言ってね。リッカちゃんの方も」
 「お2人でお越しくださって食事に来てくださるだけでも構いませんからね」
 「はは。それはそれですごくアリだね。今日食べた料理をリッカにも食べさせてやりたくなったし。てか、そもそもおれの料理へのモチベーションも上がったし。負けてらんないからおれも頑張るよ」
 「師匠はいつでもすごいから頑張り過ぎない方がいいよ」
 「ふふ。相変わらずナチュラルに嬉しいこと言ってくれるね。じゃあこれからもいつも通り頑張り過ぎず頑張るな。ありがとう」
 「うん、お互いがんばろう。じゃあね、師匠」

いつも通り、ヘラヘラとした様子で帰っていった師匠がこの空間からいなくなると、少し寂しい気持ちが込み上げてくる。そう思っていてもしょうがないけれど、またすぐにでもカウンセリングの予約を入れてほしくなった。僕と雫さんは施術で使った器具を一通り掃除し、肉じゃがを作った時に使った食器を手際よく片付けた。

 「師匠を見てると、また師匠の家で一泊したくなるね」
 「えぇ。リッカちゃんにも会いたくなりますしね」
 「ほんとだよ。また枕投げやりたくなっちゃうね」
 「あんなに白熱した枕投げ、そうそう出来ないと思いますよ」
 「はは。確かにね。僕、次の日わき腹とか太ももとかちょっとした筋肉痛になってたからね」
 「次の日に筋肉痛が来るのは、まだまだ体が若い証拠ですね」
 「えー? そうかなぁ。僕最近、ちょっと体動かしただけで筋肉痛とか筋肉張ったりするんだけど。ケアとかストレッチはしてるつもりなんだけどね」
 「……」

雫さんは僕の声に答えようとはせず、施術台を掃除用の雑巾を使いながら綺麗にしていく。

 「今日の仕事後……」
 「ん? 雫さん、なんか言った?」

僕に背を向ける雫さんが何かを言った気がして問いかけた。

 「今日の仕事後、もし空いている時間があれば、私が先生を施術しましょうか?」
 「……マジで?」

何をそんな不思議そうな顔をしているんですか? そんなことを言いたげな顔を見せる彼女はじっと僕を見つめる。

 「どうしてそんなに不思議そうな顔するんですか?」

思っていた通りのことを言われて笑いが溢れた。「なに笑ってるんですか?」と追い打ちをかけられ、それがかえって笑いのツボにハマり、さらに笑えてしまう。徐々に機嫌の悪い顔になっていく雫さんに対して、「ごめんごめん。ちょっと変な笑いのツボに入っちゃって」と言うと、彼女は「先生はいつも笑いのツボは変です」と、軽く悪口を言われた。

 「じゃあお言葉に甘えちゃおうかな」
 「はい。今日の先生はいつもより疲れていそうな気がしますので」
 「……そうかな? 自分ではそう思わないけど」
 「以前よりも技術は向上していますので、仕事後を楽しみにしていてください」
 「へへ。自分でハードル上げちゃうなんて、相当自信があるんだね」
 「そういうつもりはありません。ただ、先生にリラックスしていただきたいので」
 「ありがとう。じゃあ楽しみにしておくね」

彼女にはサラッと言ったつもりだったけれど、いざ仕事をしていると早く今日の仕事が終わったらいいのにと、そんなことばかり考えていた。もちろんクライアントひとりひとりに合った施術は行っていた。それなのに、僕の心の中には仕事を終えたその時間を楽しみにしている僕がいた。

            *

 「今日もお疲れ様でした、先生」
 「雫さんもおつかれさま。いやぁ、今日は長かったなぁ、1日」
 「そうですか? 私はいつもより早く感じましたが」
 「うん。早く雫さんにカウンセリングしてもらいたいなーって思ってたから」

店を閉め、今日の仕事を全て終えた僕は達成感を感じたまま僕の中で思っていたことをそのまま伝えた。それを聞いた雫さんは僕に背を向け、手際よく施術の準備をしていく。

 「そんなこと思いながらクライアントと向き合わないでください。ひとりひとりとは真剣に向き合いましたか?」
 「もちろん。ちゃんとひとりひとりに合ったベストな施術をしたよ。頭の片隅に楽しみに置いてあったんだ」

へへへと笑ってみても彼女は僕の方を向いてくれない。僕に背を向け続けてポットを温めている彼女。怒らせてしまったかな、そう思って直接顔を見て謝ろうと彼女の前に回り込んだ。

 「今日頑張ったご褒美を楽しみにしてたってことだよ」
 「ば……! 前に回り込まないでくださいっ! 火を使ってるので危ないでしょ!」

結局怒られてしまった。なかなか彼女と視線の合わないまま準備が整えられていく。一瞬だけ見えた彼女の顔はリンゴのように赤くなっていた。よっぽど怒っていたのか、これ以上ふざけるのはよくないのかもしれない。

 「ごめんごめん。思ってたことを言っただけなんだけど。それにしても雫さん、顔赤くない? 体調は平気?」
 「大丈夫です! お構いなく!」
 「ならいいんだけど。無理はしなくていいからね」
 「……」

ごおぉーとエアコンが起動した音が聞こえ始めた。

 「先生は本当に……」
 「え? 雫さん、何か言った?」

背中を向けている雫さんが何かを言った気がした。問いかけても彼女はこちらを向くことは無く、施術に使う器具の電源を入れた。

 「何も言ってませんよ。さぁ、準備ができましたよ」
 「……? ありがとう。じゃあ雫さん、よろしく!」
 「こちらこそです。全身のマッサージからさせていただきます」
 「ぜひぜひ!」
 「よろしくお願いします」

振り返り、僕と向き合う彼女の顔は元の色に戻っていて、声のトーンもだいぶ落ち着いていた。エアコンの影響で部屋が涼しくなったからか、時間が経ったからか、何にせよ彼女が落ち着いてくれてよかった。

 「先生に施術するのって久しぶりですよね」
 「ほんとだね。あ、そこそこ。あー、ふくらはぎ張ってるね」
 「今日は立っていることが多かったですからね。疲れ、溜まってます」
 「おー、いい感じ。雫さんにマッサージしてもらうのっていつぶりだっけ?」
 「どうでしょう、しばらくしてませんでしたもんね。本当に何年かぶりだと思いますけど」
 「やっぱりでも雫さんは頼れる助手だ。疲れている箇所がすぐに分かってるし、どれくらいの力加減でやればいいのかも分かってる。どんどん腕、上げてくね」
 「……恐れ、いります」

彼女の施術は僕よりも質の高いものになっている。施術を始めて5分ほどで自分の体がリラックスできているのが分かる。僕の助手として働き始めて長くなるけれど、彼女の技術は止まることを知らない。以前よりも確実にレベルの高いものになっていて嬉しく思えた。ただ少し、負けていられないなとも思った。すると、

 「先生」
 「どうしたの? 雫さん」

施術をしている時は滅多に口を開かない雫さんが口を開いた。

 「頼れる助手は卒業できますか?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...