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第3章 故郷
#42
しおりを挟む「いやぁ、ほんとに美味かったよ。TsukaJAGA」
「気に入ってもらえて良かったよ。食事中に色んな話をしたけど、もう少しカウンセリングやってく?」
「いや。おれの話はさっきので充分だよ。誰かに話したかったこととか、リッカのこれからのこととか、斗和と雫ちゃんに聞いてもらえてよかったよ」
「カケルさんがリラックスできていて良かったです。いつでもいらして下さい。今度はぜひリッカちゃんも一緒に」
「ほんとだよ。アイツの方こそ、体全体に疲れが溜まってる状態が続いてると思うからさ、名医の2人の力で治してもらうように言っとくよ」
結局、師匠はメンタルカウンセリングで話題に出たのはリッカちゃんについてがほとんどだった。それも惚気中の惚気が100%。親バカに磨きがかかっている師匠は、悩みという悩みもなく僕らとの会話を楽しみ終えた後、早々と帰り支度を進めた。
「じゃあ斗和。雫ちゃん、そろそろ行くね」
「うん。今回もありがとう、師匠。また何かあったらいつでも言ってね。リッカちゃんの方も」
「お2人でお越しくださって食事に来てくださるだけでも構いませんからね」
「はは。それはそれですごくアリだね。今日食べた料理をリッカにも食べさせてやりたくなったし。てか、そもそもおれの料理へのモチベーションも上がったし。負けてらんないからおれも頑張るよ」
「師匠はいつでもすごいから頑張り過ぎない方がいいよ」
「ふふ。相変わらずナチュラルに嬉しいこと言ってくれるね。じゃあこれからもいつも通り頑張り過ぎず頑張るな。ありがとう」
「うん、お互いがんばろう。じゃあね、師匠」
いつも通り、ヘラヘラとした様子で帰っていった師匠がこの空間からいなくなると、少し寂しい気持ちが込み上げてくる。そう思っていてもしょうがないけれど、またすぐにでもカウンセリングの予約を入れてほしくなった。僕と雫さんは施術で使った器具を一通り掃除し、肉じゃがを作った時に使った食器を手際よく片付けた。
「師匠を見てると、また師匠の家で一泊したくなるね」
「えぇ。リッカちゃんにも会いたくなりますしね」
「ほんとだよ。また枕投げやりたくなっちゃうね」
「あんなに白熱した枕投げ、そうそう出来ないと思いますよ」
「はは。確かにね。僕、次の日わき腹とか太ももとかちょっとした筋肉痛になってたからね」
「次の日に筋肉痛が来るのは、まだまだ体が若い証拠ですね」
「えー? そうかなぁ。僕最近、ちょっと体動かしただけで筋肉痛とか筋肉張ったりするんだけど。ケアとかストレッチはしてるつもりなんだけどね」
「……」
雫さんは僕の声に答えようとはせず、施術台を掃除用の雑巾を使いながら綺麗にしていく。
「今日の仕事後……」
「ん? 雫さん、なんか言った?」
僕に背を向ける雫さんが何かを言った気がして問いかけた。
「今日の仕事後、もし空いている時間があれば、私が先生を施術しましょうか?」
「……マジで?」
何をそんな不思議そうな顔をしているんですか? そんなことを言いたげな顔を見せる彼女はじっと僕を見つめる。
「どうしてそんなに不思議そうな顔するんですか?」
思っていた通りのことを言われて笑いが溢れた。「なに笑ってるんですか?」と追い打ちをかけられ、それがかえって笑いのツボにハマり、さらに笑えてしまう。徐々に機嫌の悪い顔になっていく雫さんに対して、「ごめんごめん。ちょっと変な笑いのツボに入っちゃって」と言うと、彼女は「先生はいつも笑いのツボは変です」と、軽く悪口を言われた。
「じゃあお言葉に甘えちゃおうかな」
「はい。今日の先生はいつもより疲れていそうな気がしますので」
「……そうかな? 自分ではそう思わないけど」
「以前よりも技術は向上していますので、仕事後を楽しみにしていてください」
「へへ。自分でハードル上げちゃうなんて、相当自信があるんだね」
「そういうつもりはありません。ただ、先生にリラックスしていただきたいので」
「ありがとう。じゃあ楽しみにしておくね」
彼女にはサラッと言ったつもりだったけれど、いざ仕事をしていると早く今日の仕事が終わったらいいのにと、そんなことばかり考えていた。もちろんクライアントひとりひとりに合った施術は行っていた。それなのに、僕の心の中には仕事を終えたその時間を楽しみにしている僕がいた。
*
「今日もお疲れ様でした、先生」
「雫さんもおつかれさま。いやぁ、今日は長かったなぁ、1日」
「そうですか? 私はいつもより早く感じましたが」
「うん。早く雫さんにカウンセリングしてもらいたいなーって思ってたから」
店を閉め、今日の仕事を全て終えた僕は達成感を感じたまま僕の中で思っていたことをそのまま伝えた。それを聞いた雫さんは僕に背を向け、手際よく施術の準備をしていく。
「そんなこと思いながらクライアントと向き合わないでください。ひとりひとりとは真剣に向き合いましたか?」
「もちろん。ちゃんとひとりひとりに合ったベストな施術をしたよ。頭の片隅に楽しみに置いてあったんだ」
へへへと笑ってみても彼女は僕の方を向いてくれない。僕に背を向け続けてポットを温めている彼女。怒らせてしまったかな、そう思って直接顔を見て謝ろうと彼女の前に回り込んだ。
「今日頑張ったご褒美を楽しみにしてたってことだよ」
「ば……! 前に回り込まないでくださいっ! 火を使ってるので危ないでしょ!」
結局怒られてしまった。なかなか彼女と視線の合わないまま準備が整えられていく。一瞬だけ見えた彼女の顔はリンゴのように赤くなっていた。よっぽど怒っていたのか、これ以上ふざけるのはよくないのかもしれない。
「ごめんごめん。思ってたことを言っただけなんだけど。それにしても雫さん、顔赤くない? 体調は平気?」
「大丈夫です! お構いなく!」
「ならいいんだけど。無理はしなくていいからね」
「……」
ごおぉーとエアコンが起動した音が聞こえ始めた。
「先生は本当に……」
「え? 雫さん、何か言った?」
背中を向けている雫さんが何かを言った気がした。問いかけても彼女はこちらを向くことは無く、施術に使う器具の電源を入れた。
「何も言ってませんよ。さぁ、準備ができましたよ」
「……? ありがとう。じゃあ雫さん、よろしく!」
「こちらこそです。全身のマッサージからさせていただきます」
「ぜひぜひ!」
「よろしくお願いします」
振り返り、僕と向き合う彼女の顔は元の色に戻っていて、声のトーンもだいぶ落ち着いていた。エアコンの影響で部屋が涼しくなったからか、時間が経ったからか、何にせよ彼女が落ち着いてくれてよかった。
「先生に施術するのって久しぶりですよね」
「ほんとだね。あ、そこそこ。あー、ふくらはぎ張ってるね」
「今日は立っていることが多かったですからね。疲れ、溜まってます」
「おー、いい感じ。雫さんにマッサージしてもらうのっていつぶりだっけ?」
「どうでしょう、しばらくしてませんでしたもんね。本当に何年かぶりだと思いますけど」
「やっぱりでも雫さんは頼れる助手だ。疲れている箇所がすぐに分かってるし、どれくらいの力加減でやればいいのかも分かってる。どんどん腕、上げてくね」
「……恐れ、いります」
彼女の施術は僕よりも質の高いものになっている。施術を始めて5分ほどで自分の体がリラックスできているのが分かる。僕の助手として働き始めて長くなるけれど、彼女の技術は止まることを知らない。以前よりも確実にレベルの高いものになっていて嬉しく思えた。ただ少し、負けていられないなとも思った。すると、
「先生」
「どうしたの? 雫さん」
施術をしている時は滅多に口を開かない雫さんが口を開いた。
「頼れる助手は卒業できますか?」
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