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第3章 故郷
#39
しおりを挟む「雫さんが声を荒げてた理由ってそこなの?」
「当たり前じゃないですか! 京子ちゃんと写真を撮るのが嫌なんて全く思いません! てか、何で先生、気づかないんですか! こんな鬼みたいな形相の私、見ること少ないでしょ!?」
ごめん。そこそこあるんだよね。これが。そう出かかった言葉を喉元までで留め、僕は咄嗟に笑顔を作る。多分、今思ったままのことを言ったら雫さんはブチ切れる。僕には分かる。そう思ったのもありながら、京子ちゃんと写真に撮られることはいいんだという、謎のほっこりした気持ちが再び心の中に芽生えた。
「はは。僕はこういう表情の雫さんも人間味があって良いなって思うんだけどな。ほら、普段はクールでビューティーなんだから」
「なんかバカにしてますよね、絶対!? ねぇ、先生!」
これぐらいの茶化し方なら雫さんも本気では怒らない(はず)。力強い眼差しを僕に向けながら、彼女は僕のスマホを指差した。
「……どうせ写真を撮るならちゃんとしたタイミングでお願いします」
「ちゃんとしたタイミング?」
「カウントダウンくらいは言ってほしいです!」
「……じゃあ一回、カウントダウン入れながら撮ってもいい?」
「……好きにしてください」
「分かった。京子ちゃんも、いい?」
「もちろんいいよ! でと私もさっきの写真の雫さん、良いなって思ったんだけどなぁ」
火に油。再び火を灯すような発言で雫さんを煽る(無意識なのか?)京子ちゃんは、そんなこと言いながら雫さんの体にぐっと身を寄せた。露骨に困ってみせた雫さんは京子ちゃんが近づいた距離と同じくらいの間隔を空けた。
「何で離れるの、雫さん。先生にちゃんとした写真撮ってもらうんでしょ? じゃあ、くっついて撮ろうよ」
「きょ、距離が近過ぎます……! そんな至近距離で写真を撮ろうもんなら、気が散ってさっきみたいな顔になってしまいます!」
これほどワガママを言い、これほど慌てる雫さんを見るのは久しぶりだ。京子ちゃんをこれほどまでに意識する理由が何かあるのだろうか。不思議に思いながらも口には出さず、僕はいつも使っているカメラアプリを起動した。まだ撮っていないにも関わらず、やっぱり2人の写る写真はどんなタイミングで撮っても良い画になると確信する。
「ほらほら。そろそろ撮るよ。雫さんが言った通りさ、タイミング取るから。いい? 2人とも」
「斗和さん。私はいつでも大丈夫だよ!」
「わ、私もこの距離なら……!」
「はーい。じゃあ撮るよ。3、2、1」
指を押そうとした瞬間、京子ちゃんは雫さんにぐいっと距離を詰め、彼女の右頬にキスをした。僕のスマホはそのタイミングを的確に捉え、その一瞬を1枚に残した。可愛らしく目を閉じてキスをしている京子ちゃんも魅力的だが、それを受け取った(不意打ち)雫さんの顔も、照れと驚きが入り混じったような、まさにこの一瞬でしか出せないような表情をカメラに収めさせてくれた。確信を持って言える。この1枚は最高の写真だと。
「っ……!」
声にならない声を出す雫さんは勢いよく京子ちゃんを引き離し、目がバキバキに見開き、頬は熟れたりんごみたいに赤く染まっている。
「へへ、雫さん、天邪鬼だからしたくなっちゃった」
「きょ、京子ちゃんっ! セクハラですよ! それは!」
「雫さん、これはスキンシップだよ。そんな風に受け取らないでよ」
顔を赤くしたまま怒る雫さんを飄々とした様子で受け流す京子ちゃんに、色んな意味で余裕を感じた。よく海外旅行へ行くらしい京子ちゃんだから、そういうコミュニケーションもするのだろうか。それにしても、雫さんのこんな表情も京子ちゃんの幸せそうな笑顔も見ることができて僕としてはとても満足している。
「全く! 年上をからかわない! 先生からも何か言ってくださいよ!」
「ははは。前よりも仲良くなっている2人が見れて、僕としてはとっても嬉しいけどね」
燃え上がっている木々の中に材木を投げ入れたような気持ちになりながら雫さんを見てそう言ってみると、案の定、彼女の顔はさらに赤くなっているように見えた。
「先生がそうやって甘やかすから京子ちゃんも好き勝手やるんですよ! 分かってますか!?」
「雫さんだって完全に嫌がってるわけじゃないじゃん。僕には分かるよ。何年の付き合いになると思ってんの」
「そうそう。私だって雫さんをからかってるんじゃないよ。私なりに距離を近づけたくてやってるんだから」
「距離って……! 、そんな距離の詰め方しなくても、私だって京子ちゃんのことは友人だと思いながら接しているつもりです! さっきのはあれだ! 心臓に悪いの! だから、もっと……! あぁ、もう! フランクにして!」
必死に頭の中で言葉を選ぶように歯切れ悪くなりながらも声を大きくする雫さんを見ている京子ちゃんは、満面の笑みを浮かべてもう一度彼女の両手をゆっくりと握った。それに反応した雫さんは、再びぎょっとした顔になって瞳が大きくなった。
「しし。ありがとう。雫さん。私はそれが聞けて嬉しい」
「そ、そうやって甘えていいのは私だけです! 先生にそうやってキスしたり手を握ったりしてはいけませんからね!」
「え? ダメなの? 先生も大事な友だちのように私は思ってるんだけどなぁ」
「ダメなものはダメです! こんなにひょろひょろして見えても先生だって男ですよ。若い女の子にキスでもされたら、どうなるか分からないでしょ!?」
「雫さん、ナチュラルにちょっとディスるのやめてくれる? まぁ、さすがにぼくもキスされるのはちょっと恥ずかしいかなぁ」
「むー。分かったよ。でも、私なりに誠意をこれからも伝えてくからさ! それを否定はしないでね。雫さん」
「……それのやり方によります!」
終始主導権を握られたままのような会話は、気づけば20分以上過ぎていてとっくに施術の時間は超えていた。珍しく雫さんもそれに気づいていないようで、僕は2人の会話を遮るように頭の上で両手を力強く合わせた。ぱぁんという破裂音が思っていた以上に部屋の中で響いた。その音に反応した2人が同じタイミングで僕の方を見た。
「はーい。じゃあ続きはまた今度の時間だね。京子ちゃん、これからも雫さんとさっきみたいなコミュニケーション交わしていってね。彼女が嫌がらない程度に」
「もちろん。私はもっと仲良くなりたいって思ってるから。もちろん、斗和先生もね。時間、過ぎちゃってごめんなさい」
「とんでもない。今日もここへ来てくれてありがとうね。京子ちゃん」
心に余裕のあるような穏やかな笑顔で笑う京子ちゃんを見ていて安心した。つられて笑顔になった僕の横では、口をムッと閉じながらも妹を見守る姉のような眼差しで京子ちゃんを雫さんがじっと見つめている。
「……京子ちゃん」
「何? 雫さん」
「こ、今度、2人で食事にでも行かない?」
意外。瞬時に頭の中に浮かび上がった二文字。カウンセリングが延びてしまったことに対して彼女が怒っていなかったことではなく、京子ちゃんを自分から食事に誘うということが。自分から誰かを食事やお出かけなどに誘ったりはしなかった彼女が自ら京子ちゃんを食事に誘った。僕と出かけた時もそうだ。彼女は自ら行動を起こしていた。最近の彼女の中に少しずつ変化があるのだ。
「……もちろん。ぜひ行きましょ! 雫さんは何料理が好き?」
京子ちゃんは満面の笑みと一緒に、その言葉を雫さんに届けた。不意に放たれた質問に対して彼女はうーんと唸りながら腕を組んだ。
「さ、最近は韓国料理かな……?」
「え、いいじゃん! 私も好き! じゃあ食事に行く時は韓国料理食べに行きましょ! 私、お気に入りの場所があるんだ!」
「え、えぇ。ぜひ。楽しみにしてるね」
「私も!」
いつの間にか喧嘩はなくなっていて、食事の約束までしてしまう2人の関係性に、側で癒しをもらいながら僕は2人の様子を見守った。京子ちゃんがここを出ていき、京子ちゃんの乗った車が見えなくなるまで雫さんはじっとその姿を見つめていたのが頭の中に強く残った。
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