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第2章 碓氷 雫
#28
しおりを挟むカァン。カァン。カァン。
ハルカさんにアドバイスをもらった私は見事にコツを掴んだらしく、その後も気持ちの良い当たりが続き、テンポ良く金属音が響き渡った。電光掲示板の数字が消えたと同時に前にあるマシンの駆動音も無くなった。ネットをくぐりハルカさんの元へ戻る頃には自信たっぷりの顔を見せつけるように彼女へ向けた。
「めっちゃドヤ顔じゃん」
見事ハルカさんが発する言葉を誘発できた私のドヤ顔が入り口のドアのガラス越しに分かり、私は自分のその顔がとても鼻についてすぐにその顔をやめた。ちょっと休憩しよっかと言うハルカさんの提案に賛成した私たちがドアを開け、受付カウンターのある部屋へ戻ると、そこを管理していた赤い縁のメガネをかけている髪の毛が真っ白のおじいさんが私たちに近づいてきた。
「お疲れさん。さっき、ホームラン打ったろ。おめでとう。どっちの子?」
目玉だけが眼鏡の縁の中できょろきょろと動き、私とハルカさんを交互に見るその人の視線が右手を上げたハルカさんの方をじっと見つめた。
「はい! 私です!」
「おめでとう。これ、ジュース無料券ね。そこの自販機で使えるから」
そう言って差し出してきたのは、クレジットカードくらいの大きさのカードで「ホームランドリンク」と書かれた文字の隣に野球のボールに炎が纏っているイラストが書かれている、何とも……うん。今風に言うならエモいカードがハルカさんに手渡された。
「ありがとうございます! やったぁ! 何飲もっかなぁー!」
「カードの差し込み口、向きがあるから注意してね」
「分かりましたぁ!」
「ちなみに一番人気はリンゴの炭酸ジュースね」
「へぇ。あんまり見たことないかも……。あ、これですか?」
「そうそう。俺も毎日飲んでる。美味いから」
「へぇー! え、でも色々見たことないジュースあるかも……」
「わぁ、ほんとですね……」
「マンナップル強炭酸!」マンゴーとパイナップルが混ざり合った炭酸ジュース。「ピーチレンジ」ピーチとオレンジが混ざった炭酸。「チョコバナナ」チョコバナナのジュース。これは炭酸ではなかった。そこに並んでいるのは私たちが普段見ることのないような名前で販売されているものばかりだった。そんなミックスジュースが並んでいる下の段に、一際目立つ真っ赤なラベルのジュースがあった。「極み林檎。超越」と書かれたリンゴの炭酸ジュースがあった。このおじいさんが言ったリンゴの炭酸ジュースだろうか。
「おじいちゃん、一番人気のリンゴジュースってこれ?」
「そうそう。それそれ。これがねぇ、美味いんだよ。わしも毎朝、飲んじゃうんだよね。これがないと1日が始まらない」
もうそれ押してみなさい。そうやって言われているようにすら聞こえるおじいさんの言葉に促されるようにハルカさんはそれが出てくるボタンを押した。ガコォンと豪快な音を立てて缶が出てきた。取り出すと、見本で並べられているそれよりも随分と大きなサイズの缶が出てきた。横幅が特に大きく、500mlサイズのペットボトルよりも量が入ってそうに見えた。
「何この缶。ドラム缶みたいだね。大きさとか色合いとか」
「確かに……。見本のよりも赤茶っぽい色してるし、横幅も大きいし」
「そう。それも良いところなんだよ。何か得した気分になるだろ? 騙されたと思ってひと口、飲んでみなさい」
「そうね、ちょうど喉渇いてるし。いただきまーす!」
ハルカさんはくいっとそれを傾け、喉を鳴らしながらそれを飲み込んでいく。一気飲みしてしまうかと思うほどゴクゴクし、プハーッ! と言って小刻みに首をふるふると振ってから私に視線を戻す頃には、さっきデザートでシャーベットを食べていた時のような幸せそうな顔をして微笑んでいる。
「やっばい、雫ちゃん! これ、おじいちゃんの言った通り、めちゃくちゃ美味い! 普通に売ってる自販機のジュースの10倍は美味しく感じる!」
「そうじゃろそうじゃろ。流通していないからこそ、余計にこの林檎ジュースが貴重で美味く感じるんだ」
2人してそうやって言うものだから私も俄然、このジュースがどんな味なのか気になってきた。
「あはは。雫ちゃん、めっちゃ飲みたそうだね。顔に書いてあるよ」
「え? い、いや! そんなつもりじゃなくて……」
「雫ちゃんも飲んでよ。ほんとに美味しいから。美味しさ共有しよ!」
ぐいっとハルカさんが差し出してくれているその缶ジュースを見つめていると、それはもう小さなドラム缶にしか見えなくなってきた。
「え、ハルカさん。いいんですか? もらっても」
「もちろん! ほんっとに美味しいから!」
そこまで勧めるならむしろ少し怖い。ハルカさんを見つめながら恐る恐るそれに口をつける。くいっと傾けてみると、冷たい液体が唇とぶつかった。思っていたよりもとろっとしたそれに驚きながらも口を開けてみる。すると、口の中に林檎ジュース、というよりもカクテルのような味が広がり、その後から追い抜いていくように爽やかなシュワシュワが口の中に訪れた。なんて言えばいいかな。……。上手く表現は出来ないけれど、確かに林檎ジュースの中でトップに君臨しているような貫禄が伝わってくるように思えた。
「お、美味しい……。すごく濃厚……」
「美味しいよね! おじいちゃん、このジュース、どこで仕入れてるの? ていうか、この自販機ってどこの会社が置いてってるの? あんまり見たことのない社名とタレントの写真が使われてるけど」
缶が出てきた出入口の上には『EveryDrinks』と、おしゃれな字体で書かれた文字と一緒に綺麗な広告タレントが幸せそうな顔で笑っている写真が貼られている。
「ふふふ。お嬢ちゃんたちがこれからもここに遊びに来てくれたらいつか話してあげるよ」
優しく、犬や猫をあやすような声で笑うおじいさんがそうやって言うものだから、俄然販売元がどこなのか気になってきた。けれど、おじいさんはそれ以上は口にする気は無さそうで、自分もお金を入れてその林檎の炭酸ジュースを買った。カシュッと気持ちの良い音が聞こえ、おじいさんは自分の腰に手を当てると、ゴクゴクと喉を派手に鳴らしながら一気にそのジュースを飲みきった。
「え!? おじいちゃん、一気に飲んじゃったの?」
「あぁ、わしはいつもこれを飲む時は一気に飲み干すぞ。早く飲まんと炭酸が抜けてしまうからなぁ。うぅっぷ!」
カエルよりもカエルっぽい鳴き声のようなゲップを盛大に響かせながらおじいさんは満足げに微笑みながら飲み終わったその空き缶をゴミ箱に放り投げた。
「すっご……。私も飲むのはけっこう早い方だと思うけど、あんなに一気に飲むのは出来ないな……。炭酸もそれなりに強かったし」
「ハルカさん? まさか、おじいさんに対抗心燃やしてるんですか?」
「……当たり前じゃん! 目の前であんな飲みっぷりをされちゃったら! 私もグビッといくしかないでしょ!」
ハルカさんの生態。その7。人を魅了する圧倒的な才能を目の当たりにした時は、それを超えるべく闘争心を燃やし勝負に挑む。今回の圧倒的な才能は、目の前にいるこのおじいさんの炭酸の飲みっぷりだ。圧倒的なのかは分からないけれど、ハルカさんにも勝機がないことはないのではないだろうか。自分なりにそう分析していると、ハルカさんはいつの間にか2本目の林檎の炭酸ジュースを買っていた。
「雫ちゃん、一杯目のはあなたにあげるね!」
「あ、ハ、ハルカさん……! ちょっともう! 私はもう飲めませんよ!」
「ん? どうした、お嬢ちゃん。2杯目かい? まぁ確かにめっちゃくちゃ美味いってのはわしも思うが……」
「私! さっきおじいちゃんが飲み干す速度よりも早くジュース飲み干すから! 飲み干せたら私と雫ちゃんがもう一回バッティング利用できるようにしてよ!」
「ふふ。挑戦的なお嬢ちゃんじゃの。だが、わしはそういう女子が可愛らしく思う。その挑戦! 受けて立とうかのぉ!」
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