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第1章 麻倉 斗和
#15
しおりを挟む「やっぱり斗和さんはモテモテだね。何で彼女作らないの?」
お風呂上がり、牛乳を3回おかわりしているリッカちゃんは好きなおつまみらしい少し辛味のあるチーズを頬張りながら僕に大きくてくりっとした瞳で見つめる。いや相変わらず乳製品好きすぎでしょ。と言いたくなりながらも昔から思っていたことだから特に今更口にすることはない。
「んー、仕事が忙しいからそれどころじゃないっていう言い訳が通じるならそう言いたいな。まぁそもそも、人を好きになるっていうのがこの歳になってもイマイチ分かんないんだよね」
「斗和は昔からそう言ってるもんな。気づけばもうすぐそこに誕生日迫ってるもんな。まぁ、まだまだ余裕で20代に見えるけど」
「若く見える師匠の弟子だから僕も若く見えるのかな」
「先生と私が同い年だと思い込むクライアントも1人や2人じゃないですもんね」
「ふーーーーん」
僕の返答に対して明らかに納得していない顔をするリッカちゃんは、次々とチーズを口の中に入れて力強く咀嚼している。咀嚼しながら牛乳を飲んでいるのを見て、昔ご飯をかき込みながら牛乳でそれを流し込んでいた師匠の姿を頭の中で思い出した。やっぱり似た親子だな、2人。いや、似てないか。
「リッカちゃんは好きになったことあるの? てか、今好きな人とかいるの?」
「いるよ! JK真っ只中だよ! 恋しなきゃどうすんの? って言いたいぐらいだよ!」
僕が質問を言いきる前に大きな声でそう言ったリッカちゃんは、その相手のことがとっても好きなのだろう。青春ってやつなんだろうな。そういう感情を人に抱くリッカちゃんを素直に羨ましいと思った。
「リッカの好きな人は1つ歳上で同じ陸上部あの子だよな。タクヤくんだっけ?」
「そうだけど父さん、斗和さんや雫さんがいる前で言っちゃダメだよ。恥ずかしいじゃん!」
「ん? あぁ、ごめんごめん」
「私はさっき、お風呂でリッカちゃんから直接聞きましたけどね。リッカちゃん、そのタクヤって人のどういうところが好きなの?」
「どういうところ? んーそうだな、いつも私に笑顔で話してくれるところかな。私が練習で疲れた時とかトレーニングでヘトヘトになっていた時に、スポーツドリンク渡してくれて笑いかけてくれるところとか! こういうところが好きって言い出すと色々出てくるからキリがないと思うよ!」
「はは。まぁそれだけリッカちゃんがその子のことが好きっていうのが伝わってきたよ」
「斗和さんは、これまでにもこの人のこういうところ、好きだなぁとか思ったこと無いの?」
「そうだねぇ。まず、僕自身が人に対してバリアを張っちゃうところがあるからさ」
「先生はクライアントに対しては、すごく気にかけたり優しくしたりするのに、仕事以外で他人と接する時は、ビックリするほど距離を取りますもんね」
雫さんが笑いながらリッカちゃんから貰ったチーズを頬張っている。そうなんだよね。自分でも自分の気持ちや心境が分からなくなったりするのが現状だ。それでも、僕は今の生活に満足しているし、これからも僕の人生に誰かが関与してくるのは全く想像出来ない。
「そうだなぁ……。ひとつ言えるのは、僕もリッカちゃんも違う過ごし方をしているけど、お互い自分の好きな時間を過ごしてるってことだね」
「自分の好きな時間……?」
「そう。僕は今の生活が好きだ。自分の家があって、やりがいのある仕事があって。助手の雫さんがいてくれて、僕を必要としてくれるたくさんのクライアントの疲れを癒せる生活がね。だからね、好きっていう感情があるとしたら僕の人生が好きかな。リッカちゃんがタクヤくんのことを好きって想っているみたいにね」
タクヤくんの顔は分からないけれど、名前を出した途端に顔を真っ赤にするリッカちゃんに、これほど想ってもらっているタクヤくんはこの時点で幸せ者だろう。そしてそのタクヤくんがとても素敵な男の子なんだとリッカちゃんを通して伝わってくる。
「わ、私もタクヤくんと同じ時間を過ごせてる今が好きだな……」
「そうそう。だから僕もリッカちゃんも、同じように充実してるってことだ」
「……まぁ斗和さんが雫さんを大切にしてるってことが分かったから私は嬉しいよ!」
「雫さん? うん、今言ったけど、とても大切な人だよ。唯一無二の頼れる助手だからね」
「恐れ多いですが、先生からそう言っていただければ、また明日からも頼れる助手でいられそうです」
鼻の頭を数回撫でながら微笑む雫さんを見ていると、僕もつられて笑いが溢れる。それを見ている師匠もニヤニヤしながら手元にあるチーズを口に運んだ。これだけみんながチーズを食べていると、その芳醇な香りで僕もつい手を伸ばしてしまう。
「斗和も雫ちゃんもリッカもみんな、リラックスできてるようで良かったよ。明日からもみんな、自分の時間を生きてこうな。時間は無限じゃないし、みんなに平等にあるわけじゃないからね」
「お、師匠が久しぶりにまともなこと言ってる。メモさせてもらおうかな」
「斗和、今のはちょっとバカにしたろ」
「はは。そんなことないよ。さ、2人とも。チーズも底をついたしそろそろ寝るよ。僕も歯、磨かないとな」
あえてわざとらしいことを言いながらその場を逃げるように僕は洗面所へ向かった。結局この後、いい歳こいたオジサン2人のチームと、女子高生2人のチームと分かれた枕投げを繰り広げ、すっかり酒の抜けた状態で夜が明ける手前の時間まで枕を投げ合った。いまいちルールは覚えていないけれど、寛大なオジサン2人は美少女2人に勝利を譲ったことだけは覚えている。
✳︎
「師匠、昨日と今日の朝とほんとにありがとう」
「お世話になりました。枕投げをしていた時は、私もリッカちゃんと同じ年齢ぐらいに戻った気持ちになりました」
「へへ。2人とも楽しめてたみたいでよかったよ。な、リッカ」
「うん。あれだけ楽しかったから、2人が帰っちゃうの普通に寂しいけど次の楽しみにとっとくね!」
腕時計に目をやると、7時を少し過ぎた頃。こんなに早い時間でも師匠はもちろん、リッカちゃんも早起きして僕らの出発を見届けてくれている。リッカちゃんに関しては、テレビに映るアイドルが持ち歌を歌っている時くらい爽やかな笑顔をこんな時間から僕らに向けてくれる。いやぁ、若いって素晴らしいな。まぁうちの助手も朝イチとは思えないほど顔を整え、髪の毛を整えているからリッカちゃんに負けないポテンシャルを秘めているのは確かだ。
「昨日も言ったけど、今度は僕らの家に来てね。その時は僕らが腕によりをかけて2人をおもてなしするからさ」
「おぉ、それはハードルを上げて楽しみにしてるよ。おれもリッカみたいに次の楽しみに取っとくよ」
「うん。ぜひぜひ。じゃあ雫さん、そろそろ行こっか」
「はい。いつでも行けます」
「じゃあ師匠、リッカちゃん。行ってきます。またね」
「お邪魔しました。行ってきます」
「いってらっしゃい。日曜日だけど頑張れよ。無理し過ぎずな」
「行ってらっしゃぁーい! また会おうねー!」
バックミラーを覗くと、僕らが見えなくなるまで2人は手を振って僕らを見送ってくれた。リッカちゃんじゃないけれど、昨日はあれだけ楽しかったから突然2人になると当然静かになるし寂しさもある。そういや、何で昨日最後、枕投げをする流れになったんだっけ。
「楽しかったですね。先生」
枕投げのいきさつを思い出していると、雫さんがリッカちゃんみたいに明るい笑顔を見せて僕を見つめていた。朝イチからこんなに明るい笑顔の雫さんを見るのはとても珍しい。今日はいいことがあるかもしれない。それを口に出して言うと、人の顔で1日を占うようなことを言うなと言われそうだったので、僕は喉元まで出かかっていた言葉を引っ込めながら雫さんに言葉を返しながら笑顔を返した。
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