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第1章 麻倉 斗和
#13
しおりを挟む「ごちそうさまでした。リッカちゃんもすごい上手になったね。あ、ごめん。上から言ったようになっちゃった」
「ううん、そんなことないよ! でも斗和さんに褒めてもらえて嬉しい!」
「本当に美味しかったです。私もリッカちゃんから教わりたいぐらい美味しかった。あの海老の異常なプリプリ感はどうやって出したの? いくら良い素材を使っていたとしても、私ならあんな食感は出せない気がする」
「はは。さすが雫ちゃんは勉強熱心だね。企業秘密だけどヒントは教えてあげる。海老を茹でる時、水にある何かを入れることで海老の茹で上がりの弾力が格段に上がるんだ」
「そうそう! 父さんの教えてくれた裏ワザのおかげであのアヒージョは完成しました! 今度2人が来てくれた時は、もっと美味しく出来るように頑張るね!」
ディナーを終え、帰る準備を整えてから玄関の前まで見送ってもらった僕らは、いつの間にか帰るタイミングを見失うぐらい話し込んでいた。でも、今師匠が教えてくれた裏ワザは確かに気になる。雫さんは答えが気になっているようだけれど、彼女がこうなっては自分で見つけるまでは聞かない。おそらく今も頭の中で彼女は海老を茹でていて、その水の中に色んなものを入れているはずだ。
「ダメ。頭の中で色々イメージしてみたけど、全くしっくり来ない。悔しいけど、その答えは自分で見つけるね、リッカちゃん」
「えへへ、私が雫さんに宿題をあげちゃった。でも、雫さんならすぐに分かると思うよ。だから、今度は雫さんの作ったアヒージョも食べたい!」
「もちろん! ご馳走させてもらうね。だから今度はぜひ私たちの家にも遊びに来てね」
「はーい! あ、今頃思い出した! それこそ斗和さん! 私、マッサージをしてもらえる所を探してたの。今行ってるクリニックの院長さんが産休で休みに入っちゃうから新しい所を探しててね、ちょうど斗和さんの所がいいんじゃないかって父さんと話してたの」
「うん。ウチはもちろん大歓迎だよ。リッカちゃんさえ良ければね。また予約のメッセージを送ってくれたら調整するね」
「ありがとー! 足の筋肉がすごい疲労溜まってそうだから、本当に来週か再来週あたりにお願いしちゃうかも!」
「うん。いつでもおいで。その時に、雫さんがアヒージョ作ってくれるってさ」
「え、えぇ!? それまでにさっきの海老のボイルの秘密を暴かないといけないんですか? さすがに答え、見つかっていない気がします!」
「あはは。大丈夫だよ。雫さんなら見つけられる。それに、見つけられなくてもさっき師匠が言ってくれたでしょ。気持ちが大事だって。味わってくれる人の顔を笑顔にしたいって気持ちがあれば、きっと大丈夫だよ」
「そ、そうですね……。尽力します……!」
僕と雫さん、リッカちゃんの話が盛り上がっていくなか、師匠はそんな僕らを見守るようにじっと眺めて微笑んでいる。
「ねぇ、今思ったんだけど、今日2人とも泊まってく? もちろん、明日に朝イチで仕事がなければの話だけど」
突拍子もない言葉を不意に出した師匠は、再び家に僕らを招き入れるように手を家の中の方へと向けた。言葉では提案をしている師匠だけれど、顔には泊まっていきなさいと書かれているような笑顔で僕らを見つめている。
「え? さすがに泊まるのは悪いよ。明日、師匠は仕事だろうしリッカちゃんは学校でしょ?」
「は、はい。そもそも着替えも持ってきていませんしね……。私たち」
「着替えはあるよ。リッカのパジャマもあるし、中学の時に使ってたジャージもね。雫さんより身長が大きいからそれでも良ければ入るはず。斗和はおれのスウェットがあるから、それを着てくれたら大丈夫だと思うよ。朝ご飯はおれが作るし、寝床もちゃんと確保出来てる」
もちろん、朝イチで仕事はある。今日ほどじゃないけれど、午前中もクライアントの予約が数件入っている。それでも僕の頭の中はここの家で寝させてもらう気持ちにしかベクトルが向かなくなっていた。無理もない。師匠があんなに誘惑してくるからだ。むしろ、帰っちゃったら寂しいよと師匠に言われているような気さえしてしまう。僕は雫さんと目を合わせると、彼女も色んなことを考えてそうだけれど師匠の誘惑には勝てなさそうな表情をしていた。
「どうする? 雫さん」
彼女に問いかけると、彼女は腕を組み唇を尖らせて僕を見た。
「午前中に予約が入っていますし、その準備もしないとですが……、私はもうここで宿泊していきたい気持ちになっています」
尖っていた唇をプルプル震わせながら話す雫さんを見ると、僕は思わず大きな声を出して笑ってしまった。
「はは! そういうところ、雫さんらしいね。そう思うのなら師匠の言葉に甘えようよ、雫さん。大丈夫だよ、明日は明日の僕らが頑張ってくれるさ」
「そうそう。斗和の言う通りだ。朝食はおれが特製のフレンチトーストを作ってあげるからさ。今日はおれの言葉に甘えなさい」
「わ、分かりました……。じゃあ先生、今日はお世話になりましょう。カケルさん、リッカちゃん。改めてよろしくお願いします」
リッカちゃんに軽く頭を下げると、リッカちゃんの目がキラキラと輝きそのまま雫さんの手に巻きつくように彼女にくっついた。
「やった! 雫さん! じゃあまずは一緒にお風呂入ろ! 私の恋バナいっぱい聞いてもらうからね」
「うん。よろしくね、リッカちゃん」
手を繋いだまま家の中へと再び戻っていく2人の後ろ姿はまるで仲の良い姉妹のように見えた。
「ごめんな、斗和。何か断れないように仕向けたみたいになっちゃったけど」
2人が見えなくなってから師匠は小さな声で僕にそう言った。そう言いながらも師匠もどこか嬉しそうに笑っているのが師匠らしくて僕もつられて笑った。
「ううん。いいんだよ。ひょっとしたら泊まっていく流れになるかなぁって心のどこかで思ってた気がするし。むしろお世話になりっぱなしでごめんね」
「いやいや。それこそいいんだよ。おれやリッカは2人がいてくれる方が嬉しいし。特にリッカは雫ちゃん大好きだから一緒にいてやってくれてるとおれまで嬉しくなってくる」
「……ありがとう。今度は僕の家で師匠とリッカちゃんも泊まっていってね」
「あぁ、そうするよ。その時は、斗和に夜ごはん作ってもらうからな」
「……分かった。期待に添えられるように頑張るよ」
「はは、そんなプレッシャーかけるつもり無いから。いつも通りの美味しい料理を楽しみにしてるからな」
「その言葉がプレッシャーなんだよ」
あははと笑いながら僕の肩を軽く叩く師匠と足並みを揃えて僕らも師匠の家の中へと再び戻っていった。2階からはリッカちゃんと雫さんがはしゃいでいるような声が聞こえてくる。いつも真面目に働いてくれる雫さんが、こんな風に羽を伸ばしているところを見たり聞いたりするのは間違いなく貴重だ。何だか僕まで嬉しい気持ちになりながら師匠の後をついていく。すぐに師匠の着替え部屋に着き、そこで師匠は徐に僕の目の前に少し黒に近いグレーのスウェットを持ってきてくれた。
「どう? 斗和。これ、ちょっと大きめなんだけど入る? 着てみてくれない?」
「うん、ありがとう。ちょっと待ってね」
シャツを脱ぎ、裸の状態でそれを上のスウェットを着てみると、まるで毛布に包まれているような暖かみとフワフワとした感触が僕を包み込むように伝わってきた。何だこれ。こんなの着てたら明日の朝、絶対起きれない気がするんだけど。
「師匠、これめっちゃ着心地いいんだけど」
「お、ほんと? 気に入ってくれて良かったよ。じゃあそれ、そのまま斗和にあげるよ」
「え? ウソでしょ? 何で?」
「何でって、斗和。もうすぐ誕生日でしょ? だから、ちょっと早いけど師匠からの誕生日プレゼント。あ、ポケットの中にもプレゼント入ってるから家に着いてから読んで」
師匠に言われたまスウェットのズボンのポケットを探っていくと、何だか掌サイズぐらいの紙袋が入っているのが分かった。
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