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第1章 麻倉 斗和
#11
しおりを挟む「何ですか。先生がニヤニヤしてたら、ロクなこと考えてない時だって長い付き合いの中で知り尽くしてるんですけど」
取り皿を師匠から受け取った雫さんは、それをテーブルに並べながら徐々に不信感を顔で表しているような表情になってきている。別に隠さなくてもいいことだろうけれど、それを聞いた雫さんがどんな反応をするのかはある程度想像のつく僕は、それを彼女に言うのは躊躇っている。
「ほんとに他愛のないことだから。気にしないで」
「そんなこと言われたら余計気になる性格してるのが私だって先生も長年の付き合いで分かりますよね?」
あぁ。そういうこと言うよね。ついに雫さんはテーブルに皿を並べることをしなくなって僕の目を睨むように見つめている。参ったなぁ。変に溜めすぎたから雫さんも変に気になっているし。ダメだ。これじゃ埒があかない。
「斗和はね、多分雫さんが自分と同じこと考えてたから笑えたんじゃない?」
「いやいや師匠が言ってしまうんかい!」
思わず口に出てしまった僕が一番、自分に驚いている。脊椎反射のように出たツッコミに対して目を丸くする師匠と、時間が止まったように口を開けて止まっている雫さん。もういいや。言われたなら自分から言おう。
「だから他愛のないことだって言ったでしょ。僕の考えていた例えとほぼ同じ例えをしてたからつい笑っちゃったってだけだよ」
口を開けて見つめる雫さんを見つめ返しながらそう伝え、僕は彼女の手元にあった皿を引き継ぐように持ち、テンポ良くそれを並べた。
「な、何ですかっ! 先生!」
「ほらほら。手が止まってるよ。食べるんでしょ。師匠が作ってくれたアヒージョ」
「た、食べますよっ! もちろん!」
慌てた雫さんの指がテーブルに並べた皿にガチャンと音を立てて当たり、それが意思を持ったように宙を舞い、床に落ちそうになったそれを師匠がへらへらと笑いながら空中でキャッチしていた。いや、何その絶妙で地味な神プレー。まぁ皿が割れなくて良かったけれど。
「ははは。相変わらず2人ともリッカと同じくらい素直な性格だよね。おれが2人の好きなところの1つがそこなんだよなぁ」
「斗和さんと雫さんは、いつも思うけど喧嘩するほど仲が良いって言葉がすごくしっくり来るんだよね!」
終いには高校生のリッカちゃんにもへらへらと笑われる僕と雫さん。僕は自分が素直な性格をしているとは全く思えないけれど、雫さんが素直な性格をしているのには納得する。とは言っても、師匠に僕が思っていたことを言い当てられたのが少し悔しいのは否めない。
「ほらほら。仲良しコンビ。いがみ合ってないでこのアヒージョを食べなさい。争いごとなんてどうでもよくなるぐらい美味いから。特に今日はいつもより上手く出来た気がするからヤバいと思うよ」
リッカちゃんに似た笑顔で師匠が底の深いフライパンを慎重に運んできた。いや、違う。リッカちゃんが師匠に似ているんだ。母親であるチハルさんの方に似ているリッカちゃんだけれど、2人の笑っている顔を見ると、師匠にも似ているところがあったんだと今更ながら思った。
「お待たせ。我が家特製の豚肉アヒージョと自慢のパンです。ちょっと多めに作ったからいっぱい食べてね。みんな」
「やば……。確かにめっちゃ美味そう……」
「いや、ほんとに。さっき何のことで言い合ってたんでしたっけ?」
雫さんの記憶が無くなるくらいの美味しさを、食べる前から醸し出しているアヒージョは、僕の口からもヨダレが垂れてしまいそうになるくらい美味しそうだった。ぐつぐつと煮えているオリーブオイルに浸かっている分厚いブロック状の豚肉からも肉汁が溢れ出ていて、それを噛む前から食感が分かりそうなほどプルプルとした弾力があるように見える。それと同じくらいの大きさで存在感を放つニンニクが食欲を刺激するにおいを放ちながら、少し焦げているようなこんがり具合で豚肉と同じようにオイルに浸かっている。他にもエリンギやブロッコリーも入っていたのに、僕の目にはどうしても豚肉やニンニクが映ってしまう。
「斗和。今、頭の中で豚肉の食感をイメージしてたでしょ」
「え? 何で分かったの? 師匠、心の中、読めるの?」
「はは。そういうの出来そうなのはむしろ斗和でしょ。豚肉をガン見しながら口を開けてるから、色々想像してんだろうなって思っただけだよ」
へへへと笑いながら師匠は、僕らの取り皿に慣れた手つきでアヒージョをよそってくれている。ダメだ。さっきの程よい距離感でも食欲が刺激されていたのに、こんなに至近距離でこのにおいを嗅いでしまっては、僕はもう我慢が出来なくなってしまう。
「あはは。斗和さんも雫さんも食べるのを我慢できないって顔に書いてあるぐらい食べたそうになってるよ!」
「わ、私はまだ我慢できますっ! 確かにカケルさんが私の分は少し多めに入れてくれないかなって思ったりはしましたけど……!」
「はは。やっぱり素直だよね。もちろん、そんな雫さんには豚肉とニンニクも多めに入れてあげるよ」
「あ、ありがとうございます……」
赤ちゃんをあやすような優しい声で雫さんの分を分け、その皿を彼女の目の前に置くと、彼女は口をあんぐりと開けて本当にそこからヨダレが垂れてきそうなほど衝撃を受けている。それをまじまじと見たカケルさんは彼女を見つめてニヤニヤと笑っている。
「じゃあ雫さんの我慢が限界を超える前に食べちゃうよ。みんな、手元に全部揃ってる?」
目の前には早く食べてくれと言わんばかりに食欲を刺激してくるアヒージョ。こんがりと焼き上がっている見ただけでサクサクと食感が伝わってきそうな、ちょうどいい具合に焦がされている食パン。あとは小さなビールジョッキぐらいはありそうなグラスにジンジャーエールが注がれる。これには雫さんじゃなくても我慢は出来ない。僕も早く食べたくて、徐々に瞼に力が入っていくのが自分で分かった。
「あるよ。そんで、みんなも揃ってるよ」
「オッケー。じゃあ、いよいよ食べますか。みんな、両手を合わせて」
師匠の声かけで僕は胸の前で両手を合わせた。同じように師匠もリッカちゃんも雫さんも両手を合わせて師匠を見つめる。
「いただきます」
「いただきまあぁーす!」
「いただきます」
「い、いただきます!!」
リッカちゃんと雫さんの叫び声が部屋で反響する。それと同時にそれぞれ思い思いの食べたい物へ手を伸ばした。僕はアヒージョのオイルの中に浸かっているニンニクの欠片とサイコロみたいな形の豚肉を、雫さんは僕の豚肉よりも大きなブロック状の豚肉を、リッカちゃんは食パンを一口サイズにちぎり、それをオイルにくぐらせてそのまま口へ運んだ。僕らは同じタイミングで口へそれらを運んだ。次の瞬間、リッカちゃんと雫さんは頬がこぼれ落ちそうなほどうっとりした表情で口をもぐもぐと動かし味わっている。自分がどんな表情をしているかはあまり分からないけれど、僕の口の中でも彼女たちと同じような感動が巻き起こっているのは事実だ。
「う、うんま……」
「カケルさん……。この豚肉、美味しすぎませんか? どこから取り寄せている豚肉なんですか?」
「美味しいでしょ! 私の友達のお父さんとお母さんが経営してる養豚場で育った豚肉なんだよ。他の所よりも甘味と弾力が優れてるんだって。私は昔からこの豚肉、大好きなんだよね」
ドヤ顔で話すリッカちゃんを見守るように笑っている師匠も、僕らを見てどこか安心しているような笑顔のように思えた。
「そうそう。リッカの言う通り、この豚肉はリッカの同級生の親御さんからもらったものなんだ。僕もここの豚肉、大好きなんだよね。他の県の高級豚肉とか、特に最高級の牛肉や鶏肉よりも圧倒的に。ほんとに魔法みたいな食材だよ」
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