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第3章 絶望と希望
29.
しおりを挟む「でもね」
柴やんは口に入っている串カツをゆっくりと噛みながら私の目を見つめる。柴やんが話している時、口には絶対に何か入っている。それが私の甥っ子の幼少期に見た顔と重なって少し笑えた。
「おがっちゃん、真面目な話」
「いや、分かってるよ。ただ真剣な顔をしながら口を動かし続ける柴やんにちょっと笑えてさ」
「あぁ、悪いね。最近の悪い癖がついちゃったみたいで」
「構わないよ。私もビール飲みながら聞いてるし」
笑いながら本題に入ろうとしない僕らに見兼ねた谷口が肩をムズムズ動かして落ち着かなくなっていた。
「真柴先生!森内くんがどうなんですか?」
「あぁ、悪い。焦らしちゃったな。そう、彼に良い指導者が今出来ればもっと磨くものを持っていると感じたよ」
「柴やんが面倒を見るってことか?」
「そうなっても俺は構わないと思ったよ。まぁ俺じゃなくても、そういう指導者が彼の前に現れれば、彼のレベルは飛躍的に上がるだろうね」
「あー、私もあいつのプレー久々に見たかったなぁ」
「尾形先生、じゃあ今度は僕と森内くんのバレーを見に行きましょうよ!」
「あのなぁ、あんたももちろんだが私はそんなにヒマじゃないんだよ。特に今年の、木村の代は森内たちの年代と近いものを感じるから楽しみなんだ」
「おいおい。おがっちゃん。俺もそんなにヒマじゃないんだよ」
「はは。柴やんに言ったつもりはないさ」
私はそう言い残し、一旦席を離れてトイレに行った。トイレの鏡で自分の顔を見ると今日はなかなかに酒が回っていることが一瞬にして分かった。だがまだ理性はあるし、記憶力も問題はない。足取りも悪くなければ胃腸の調子だって良さそうだ。もうしばらく、酒を飲んでもバチは当たらないかもな。久々に自分を甘やかしてトイレを出た。席に戻ると、柴やんの顔も赤いのはもちろんだが、何故か谷口も顔が赤くなっているのに気づいた。
「おい、谷口。顔、赤いよ」
「あぁ、多分店内が温かいからですよ。酒は飲んでないんで安心してください」
「飲酒運転なんかしたら本当に笑えないからな」
大丈夫ですって、と笑いながら谷口はジンジャーエールに手を伸ばした。すると、そんなことよりと柴やんが私の方を見た。
「何だ?柴やん」
「良い案をさっき思いついたんだが興味はあるかい?」
「さっきの話に関して?」
「そうだね」
「あぁ、それならあるよ」
「オッケー。なら言うけど、おがっちゃん。今の教え子たちを全員次のクラブチームの大会に連れてったら?」
「あぁー、それなぁ。さっき私も思ったんだけど試合会場に行く足が無かったり、確実に全員が行けるか分からなかったりして微妙かなって思ってたんだよ」
確かに一理はある案だが、そもそも私の車は四人乗りの普通車だ。今のバレー部員は全員で十六人もいる。この人数を一気に会場へ送るのには流石に無理がある。親御さんたちの協力も残念ながらウチの部活はあまり意欲的ではないのが現実だ。
「じゃあ俺がその日、教え子たちを乗せてってやるよ。俺、移動用の小型バスなら運転出来るし」
「は?柴やん休みの日はチームで忙しいんじゃないのか?」
「ところがどっこい、視察に行く目的がある日は優秀なコーチがウチにはいるから一任出来るんだ。ま、そのコーチも俺が有意義な時間を過ごすのが狙いだから尚更構わないよ。どうだろ?おがっちゃん」
次の試合の日程も、実は谷口くんに教わってるからさと柴やんはまたガハハと笑った。相変わらず勝手に提案して、勝手に結論に至る。昔と何も変わっていない。
「見返りは?」
「そんなの求めてないよ。まぁ強いて言うなら、またすぐにこの三人で飲み会を開きたいくらいかな」
「ふふ。本当に酒が好きだな。柴やん」
「承諾したってことで大丈夫?」
「あぁ、分かったよ。ただ、生徒たちにも伝えないといけないからまた近いうち柴やんに連絡入れるよ」
「あぁ、待ってるよ」
「その日、僕のチームの子たちも連れて行きます!僕はバス運転出来るんで!」
「あぁ。その方が生徒たちも楽しめるだろうからな」
「何か遠足に行く計画みたいになってるね」
「本当だよ。まぁたまにはそんな日もあっていいかもな、谷口」
「全くです!じゃあまた打ち合わせしましょう!」
「話のキリはいいけど、俺はまだ飲み足りないからまだまだ席は立たないよ?」
「分かってるよ。まだこちとら話し足りないからな」
「尾形先生、明日の遠征は大丈夫ですか?」
「あー、大丈夫だろ。明日は明日の私が何とかするよ」
「ハハ!いつもながらカッコいいですね」
「今日を引きずって明日、体育館で吐いたりしちゃダメだよ」
「するか、そんな谷口みたいなこと」
「お、尾形先生!ぼ、僕だってそんなことしないですよ!」
「谷口くん、その動揺は心当たりがある人間の反応だよ」
今日は谷口もいてくれたおかげで、いつにも増して楽しく酒を飲むことが出来た。そしてアイツを見に行く予定も立てることが出来た。さぁ明日の私よ、しんどくても明日を乗り越えろよ。時計を確認すると、針は一時を指していたが私は気にせず二人とその後も森内の話題で盛り上がった。もし明日の私が音を上げたら、真っ先に森内を恨むとしよう。
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