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第1章  あの頃と今

5.

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 「森内タクヤくんでしたよね」
 「あぁ、やっぱり覚えてる?」
 「もちろん覚えてますよ。あんなに身長も技術も格段に伸びた子は僕も見たこと無かったですからね」
 「そうだね。あいつは私がバレーを教えた生徒のなかで一番上手い選手だよ」
 「おぉ。尾形先生にそこまで言わせる」

そう言って私を見る谷口の目が、今彼の食べているうずらの卵のように丸くなった。

 「日本代表に選ばれるセンスぐらいは本当にあったんじゃないかな」
 「僕らのチームも、彼のトスワークはいくら研究しても全く解決策は見出せませんでしたからね」
 「言うならば、あいつは努力の天才だ」

酒が回ってきたのか、谷口の顔が赤くなり始め口角もヒクヒクと不自然に上がり始めた。

 「なんだよ、その顔は」
 「いやぁ、尾形先生にそこまで言わせるなんてすごいなぁと思って」
 「私もそんな大したもんじゃないよ」
 「そんなに言う彼の今も、尾形先生は知っているんですか?」
 「いや、それが全く知らないんだ」

今度は豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔になって谷口は私を見た。

 「え?知らないんですか?一番知ってそうなのに」
 「逆だよ。一番分からない。実際、指導している時も学習能力が驚くほどあったし技術的にも圧倒的だったけど、私はあいつが本当は何を考えているか分からなかった。まるで遠くにある何かを見つめ続けているようだった。そこに何があったのか未だに分からないしね」

谷口はへぇーーー、と長めに伸ばして腕を組んだ。ビールを飲む速度は緩めない。
 
 「森内くん、高校は星堂高校でしたよね」
 「あぁ、県下最強の星堂高校だよ。正セッターだったし大したやつだった」
 「僕もそこまでは知ってます。じゃあ尾形先生もそこからは知らないと?」
 「あぁ。知らない。あいつ、親が父親だけなんだよ。母親が幼い頃に亡くなってさ。親父さんも大人しい人だったから、私も話す機会なくて。ひょっとしたら県外に行ってたりするかもなぁ」

私も谷口に負けじとビールを煽る。味に飽きたので店員に日本酒を頼んだ。ここの店の日本酒と軟骨の唐揚げは、私の体の何割かを作っていると言っても過言ではないぐらい世話になっている。

 「そうだったんですね。てっきり尾形先生なら知ってると思ってました」
 「何で森内について聞いたんだ?」

そう聞いた谷口は、今度はニヤニヤしたいやらしい顔で私を見た。こいつの表情はほんとにコロコロとすぐに切り替わる。

 「尾形先生、松岡サンダーバーズの真柴監督と昔から仲良かったですよね?」
 「あぁ、柴やんか。もちろん。ただ、ここ数年は全然会ったりしてないけどね」

柴やんは私と大学が同じで、お互い一発で教育採用試験に合格した戦友のようなやつだ。ただ、今は教師を辞めてこの県にあるバレーボールチームである、「松岡サンダーバーズ」の監督をやっている。プロ一歩手前のリーグで上位に位置するチームで、毎年プロの下位チームと入替戦をしたりする強豪だ。だが、安定感に難があり今一歩決め手に欠けるチームの印象を私は持っている。

 「真柴監督とちょうどこの間、こうやって飲みに行った時に言ってたんですよ。どこかにチームを固めさせるセッターがいないかって」
 「それが森内だと」
 「ええ。その通りです心当たりが一人って伝えたんですけど。尾形先生も知らなかったかぁ。彼は今何してるんでしょうね」
 「ヘタしたらバレーもやってないかもな」
 「え?何で分かるんですか?」
 「いや、ただの勘だけど。何にせよ力になれなくてごめんな」
 「いえいえ。僕の方こそ急に聞いてしまってすみません。飲み直しましょうか」
 「もう顔、ゆでだこみたいになってるからそろそろ終いにしよう」
 「えー!これからなのにー!」

あははと笑う私と谷口の声は、いつの間にか客が誰もいない店の空間に大きく響き合った。懐かしい名前を聞いて私も十年前の記憶が頭の中に蘇っていた。
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