上 下
84 / 105

第83話 魔獣

しおりを挟む
300年前。
大陸の東に、一匹の強大な力を持った魔獣が突如姿を現した。

魔獣の名はライゾン。

その力は強力無比にして性格は暴虐。
本能の赴くままに暴れるその魔獣に抗うだけの力は当時の人類にはなく、瞬く間に東の地は蹂躙しつくされてしまう。

そして東の地を滅ぼした魔獣は、更なる破壊を求め西へと。

魔獣の存在は、正に世界の危機だった。
そのまま放置されれば、本当に人類が滅びる可能性すらあったと言えるだろう。

だがその時、一人の勇者が魔獣の進撃を遮る様に現れる。

「これ以上の乱暴狼藉は赦さんで御座るよ」

その者の名はニンジャマスター・サムライ。
神に選ばれし転生者だ。

魔獣ライゾンと、ニンジャマスターの激しい戦いは三日三晩続く。
戦いは凄まじく、彼らの戦った地は草一本生えぬ砂漠と化してしまう程だった。

「ぐおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」

やがてその熾烈な戦いは、ニンジャマスター・サムライの勝利によって幕が閉じる。

「拙者は影に生き、影に死ぬ存在で御座候」

世界を救ったチョンマゲに黒衣の勇者は、自身の名を語る事無く人知れず闇に消えた。

自らの功績をひけらかさず、ひっそりと影から世界を救う。
それがニンジャマスター・サムライ――日本かぶれの転生者、トーマス・アンダーソンの美学であった。

こうしてニンジャマスターの手によって、多少の傷跡を残しつつも、世界には平穏が訪れる。

だが、ライゾンは死んではいなかった。
虫の息ではある物の、辛うじて生き残った魔獣は遥か地の底に潜って再起を図る。

――それから200年。

大魔王の手先として、魔王アスラスが襲来する。
魔王の目的は世界征服であり、彼女の率いた、何処からともなく現れた魔物の軍勢の大攻勢に各国は苦難を強いられる。

それは正に、魔王と世界の命運をかけた戦い。

そんな中、世界の未来など知った事かと、国の機能が弱体化しているのをいい事に凶事に手を染める賊共くずどもが湧いて来る。
彼らからすれば、世界が滅びるならその時まで好き放題生きてやると言った感じだったのだろう。

その中には、蠍三兄弟と呼ばれる者達が居た。

程なくして勇者タケルの働きにより魔王は倒れ、世界に再び平穏が訪れる。
当然の話だが、戦時中好き放題していた者達は国が正常な状態に戻ればその報いを受ける事となる。

蠍三兄弟もその例から漏れず。
国から逃げ出し、その追跡を巻くため一か八かで東の砂漠へと逃げ込んだ。

――そこはかつて、勇者ニンジャマスター・サムライと魔獣ライゾンが戦った地。

砂漠を数日彷徨い歩いた三人は、死を覚悟していた。
当然だ。
大した備えも無く、広大な砂漠を渡り切れる訳もない。

このままでは待っているのは死のみ。
そんな三人の鼻腔に、突如えも言えぬ甘い香りが漂って来る。

「なんていい匂いなんだ……」

「ひょっとしたら果物か何かが……」

「花でもなんでも口に入れられるならなんでもいい!」

香りを頼りに進む三兄弟。

「うわっ!?」

「不味い!?流砂だ!!」

「嫌だ!こんな所で死にたくねぇ!!」

すると突然の流砂が彼らを襲う。

普通ならそこで命運が尽き然るべき状況だ。。
だがその流砂は普通ではなかった。
巻き込まれた蠍三兄弟は、地下に広がる広大な空間へと放り出される。

――そしてそこには、砂漠に似つかわしくない一本の巨大な木が生えていた。

「な、なんだこりゃ……」

「何でこんな場所にこんな不気味な木が……」

「兄貴……これ、絶対やばいよ……」

血を想起させる禍々しい赤黒い木を見て、三人は恐怖を覚えた。
それが触れてはならない物であると本能的に察したのだ。

慌ててその場から三人が離れようとすると、彼らの鼻腔に再び甘い香りが漂って来る。
それも先ほどよりも遥かに強烈に。

――それは人の理性を狂わせる魔性の香り。

「おい!あんな所に果物が!」

「美味そうだ……」

香りの元を追って三兄弟が視線を上げると、真っ赤な木の枝に淡くピンク色の光を放っている実が三つなっている事に気付く。

普通ならば香りに惑わされていたとしても、それに手を出す様な事はなかっただろう。
だが空腹と渇きで疲れ果てていた三人には、それが自分達の命を繋ぐ奇跡に見えた。

だから彼らは木に登ってそれを手に取り、そして口にしてしまう。
それが魔獣が用意した罠だとも知らずに。

そう、その木は魔獣ライゾンの肉体から生えた物だった。
自分では動けなかった魔獣が、自分の手足となって働く者をおびき寄せる為に用意した罠。

よこしまな人間ほどライゾンの精血で出来た実へと引き付けられ、それを口にした際、より大きな影響を受けてしまう。
当然悪人だった三人は、瞬く間に魔獣の支配下に落ち変異した。

「我らが神よ。我々は何をすれば宜しいですか?」

変異には三日三晩を擁した。
姿形は人間のままではあったが、本質が変容した蠍三兄弟が木の前で恭しく頭を垂れる。

『――――――』

彼らの脳内に、魔獣の言葉が響く。
それを理解できるのは魔獣の眷属となった物だけだ。

「分かりました」

「我らは黄金を集めればよいのですね」

魔獣ライゾンの復活には大量の黄金が必要となる。
そのための手足として三人は動き出す。

但し、大きな力は得たが、彼らは表立っては行動しない。

警戒したためである。
魔獣が同じニンジャマスター・サムライと同じ匂いを嗅ぎ取った、勇者タケル・コーガスを。

闇で密かに動く、魔獣の眷属となった蠍三兄弟。
その三人が立ち上げた組織は、やがて世界最大の暗殺組織となる。

――そう、彼らこそ勇者タケルの追う『闇蠍』の創設者だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

S級スキル【竜化】持ちの俺、トカゲと間違われて実家を追放されるが、覚醒し竜王に見初められる。今さら戻れと言われてももう遅い

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
ファンタジー
 主人公ライルはブリケード王国の第一王子である。  しかし、ある日―― 「ライル。お前を我がブリケード王家から追放する!」  父であるバリオス・ブリケード国王から、そう宣言されてしまう。 「お、俺のスキルが真の力を発揮すれば、きっとこの国の役に立てます」  ライルは必死にそうすがりつく。 「はっ! ライルが本当に授かったスキルは、【トカゲ化】か何かだろ? いくら隠したいからって、【竜化】だなんて嘘をつくなんてよ」  弟である第二王子のガルドから、そう突き放されてしまう。  失意のまま辺境に逃げたライルは、かつて親しくしていた少女ルーシーに匿われる。 「苦労したんだな。とりあえずは、この村でゆっくりしてくれよ」  ライルの辺境での慎ましくも幸せな生活が始まる。  だが、それを脅かす者たちが近づきつつあった……。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

転生幼女の怠惰なため息

(◉ɷ◉ )〈ぬこ〉
ファンタジー
ひとり残業中のアラフォー、清水 紗代(しみず さよ)。異世界の神のゴタゴタに巻き込まれ、アッという間に死亡…( ºωº )チーン… 紗世を幼い頃から見守ってきた座敷わらしズがガチギレ⁉💢 座敷わらしズが異世界の神を脅し…ε=o(´ロ`||)ゴホゴホッ説得して異世界での幼女生活スタートっ!! もう何番煎じかわからない異世界幼女転生のご都合主義なお話です。 全くの初心者となりますので、よろしくお願いします。 作者は極度のとうふメンタルとなっております…

前世は不遇でしたが、今世では頑張ろうと思います。王子に転生してスキル【領地内政】と【人徳】を武器に異世界を生きる!

しょー
ファンタジー
 主人公磯崎守は、不遇な人生を送っていた。しかし、横断歩道でしゃがんでいる少女を見つけ、助けるために少女を突き飛ばし死んでしまった。  しかし、そんな主人公を不憫に思った神様の手によって、異世界へと転生することになる。目が覚めると、大国の第二王子に転生していて、5歳に行われる【鑑定の儀】が王城で執り行われる。分かったスキルは【領地内政】と【人徳】であった。  前例のないスキルであったが家族に愛されながら成長を始める。どうやらこのスキルは凄いスキルらしく……  前世で不遇だった主人公が、スキル【領地内政】と【人徳】を手にし、異世界で成り上がる(?)物語。

テンプレを無視する異世界生活

ss
ファンタジー
主人公の如月 翔(きさらぎ しょう)は1度見聞きしたものを完璧に覚えるIQ200を超える大天才。 そんな彼が勇者召喚により異世界へ。 だが、翔には何のスキルもなかった。 翔は異世界で過ごしていくうちに異世界の真実を解き明かしていく。 これは、そんなスキルなしの大天才が行く異世界生活である.......... hotランキング2位にランクイン 人気ランキング3位にランクイン ファンタジーで2位にランクイン ※しばらくは0時、6時、12時、6時の4本投稿にしようと思います。 ※コメントが多すぎて処理しきれなくなった時は一時的に閉鎖する場合があります。

二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?

小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」  勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。  ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。  そんなある日のこと。  何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。 『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』  どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。  ……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?  私がその可能性に思い至った頃。  勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。  そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……

処理中です...