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第33話 出発

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――コーガス侯爵邸。

「うわー、凄いわ」

地面から数十センチほど宙に浮いている馬車の車体を見て、レイミーが感心する。

3年に一度の、王家が開催する貴族会議。
それに出席する為に用意した馬車には車輪がついておらず、車体が宙に浮いている特殊な物となっている。
まあいわゆるマジックアイテムと言う奴だ。

……意匠も申し分ない。

予想以上の完成度に、俺もタイガの力作に満足する。
因みに、この馬車は車体だけでも飛んでいける様になっているのだが、今回は馬を繋いで引いて行く予定だ。

何故空を飛べるのに態々馬が引くのか?
それは貴族に取って、馬が引く馬車という乗り物が一種の見栄《ステータス》であるためである。

ただそれだけ。
そう、それだけでしかない

正直どうでもいいと思うかもしれないが、だがこれから再興するコーガス侯爵家にとっては、こういった小さな積み重ねが重要になってくる。

「タイガ凄いわ」

「へへへ」

レイミーに褒められ、大河が頭に手をやり締まりなく笑う。
コーガス侯爵家に仕える者としては品のない0点の笑い方ではあるが、まあ屋敷の敷地内なので注意するのは止めておく。
これが外で人目のある場所だったら、確実に説教部屋行きだが。

貴族会議の道中には大河も同行させる。

ああ言っておくが、別に彼の恋心をおもんばかってではないぞ。
そんなつまらない理由で、彼の制作チートの熟練度上げを遅らせたりはしない。
なので本当は置いて行く予定だったのだが、事情が変わったため急遽連れて行く事になったのだ。

その事情なのだが、実は先週――

「仕事を辞めたい?」

「ああ、もう年だからね。コーガス侯爵家は順調に復興が進んで、人手も増えて来た。もうあたしみたいな老人はいらないだろう?」

――バーさんが退職を申し出て来た。

それは突然……と言いたい所だが、以前から様子が変だった事には気づいていた。
かなり分かりやすかったし。

魔法を使ってそれが健康上でない事は確認できていたので、精神的な物だろうと色々彼女の事を影で調べもしたのだが、結局原因は掴めずじまい。
無理に聞き出すのもアレだったので、時間が解決してくれる事を期待していたんだが、世の中なかなか思うようにいかない物である。

で、長年自分達を支えてくれたバーさんの退職申請にレイミーが動揺している様だったので、気を紛らわす相手として大河を同行させたという訳だ。
もちろん俺も細心の注意を払うつもりだが、こういうのは同世代同士の方が良かったりするもんだからな。

「用意が整いました」

執事服を身にまとった魔王が、従者として同行する騎士10名を引き連れやって来る。

「エーツーさん。ありがとうございます」

エーツーには俺の右腕という体で、コーガス侯爵家で仕事をさせていた。
働かざる者食うべからずというからな。

あ、言うまでもないとは思うけど、引き連れて来た騎士は言うまでもなく全部俺の分身だぞ。
なのでこの世で最も信頼できる人員達だ。

まあこの先俺の分身を増やし続けてと言う訳にも行かないので、実は人員の募集自体は既に始めていたりするのだが……真面な領地のない没落貴族の募集では、なかなか集まらないというのが実情だったりする。

まあそれも時間の問題ではあるが。
この貴族会議で、状況を一変させる予定だからな。

「さて、ではそろそろ出発するとしましょうか」

「レイミー様。我ら一同のこの命にかけて、この旅の安全をお約束いたします。どうかご安心ください」

分身である騎士達が、一斉に膝をついてレイミーに向かって頭を下げた。

まあこれは只のパフォーマンスだ。
コーガス侯爵家に仕える騎士としての。

こいつらが全部俺の分身だと知っている魔王辺りには、さぞや滑稽に見えている事だろうが、まあ些細な事なので気にしない。

「皆さん、頼りにしています」

「お、俺も!俺も何かあったら、命をかけてもレイミーを守るから」

大河の奴が急に跪いて、そう叫んだ。
騎士達に笑顔を向ける姿に嫉妬でもしたのだろうか?

「あ、ありがとうタイガ」

「発情期だな」

耳元で、魔王が俺にだけ聞こえる様にそう呟く。

「せめて青春といってやれ」

間違ってはいないが、オブラートに包んで考えてやるのが大人の優しさという物である。

「それじゃあ、行ってきます。家やレイバンの事、お願いしますね」

レイミーが、レイバンの世話などの為に残るバーさんへと声をかけた。
その表情は寂し気だ。

「お任せくださいお嬢様」

俺達は馬車に乗り込み、護衛の騎士達と共に王都へと出発した。
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