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第1話 異世界召喚
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俺の名は御剣《みつるぎ》那由多《なゆた》。
16歳。
自分の事を一言で言うならば――
そう、天才だ。
自分で天才とか調子に乗ってるって?そうでもないさ。
俺は子供の頃から何でも出来た。運動。勉強。どんな事でもほんの僅かな努力で、物によっては見ただけで技術なんかを完璧に習得する事だって出来た程だ。
これを天才と言わずして何と言うのか?
しかも実家は金持ち。見た目もかなりいい方に分類される。なので生まれて16年の間に、女子から告白された回数は100を下らない。更に高校に入ってからはファンクラブなる物まで出来た程である。
正に隙のない完璧な人生といるだろう。
そんな完璧な人生を歩んで来た俺だが、現在、少し困っていた。何故困っているのかと言うと、昨日午後11時に自宅で就寝したはずだった俺なのだが――
目覚めたら意味不明な状況になっていたからだ。
状況を説明しよう。
まず場所。
周囲には白の柱が円を描く形で等間隔に並び、後方は崖――の様に見える。そして前方には、ギリシャの神殿を思わせる建物が建っていた。
それは俺が今まで見た事のない風景で。たぶん日本にこんな場所はないと思われる。
次に人。
鎧を着た兵士の様な格好をした男達と、ローブを身に着けた、ゲームや映画で言う所の魔法使いっぽい奴等が俺を取り囲む様に立っている。囲んでいる割にその視線は此方にはなく。彼らは一様に困ったような表情、である一点を見つめていた。
その視線の先。神殿に近い位置には白のローブを身に着けた老人と、黒のローブを身に着けた中年の男性。それに赤いドレスを身に纏った若い女性。この三人が言い争っている姿があった。
何を言い争っているのかは不明。何故なら言葉が分からないからだ。俺は日本語以外に中・韓・英語も習得しているので、彼らの言葉がその四国語に当てはまらない事は確かである。
ぱっと見は、まるでコスプレ会場なんだが……
変な格好をしているだけなら、謎の言葉を話すただのコスプレイヤーだと思っただろう。だが違う。天才としての直感が、彼らが普通の人間でない事を俺に告げている。
因みに、天才である俺の勘はまず外れない。なので、彼らは間違いなくただの一般人ではないと断言できた。まあ天性の勘なので、どう一般人と違うのかまでは上手く説明できないが。
さて、何がどうなってこんな状況になったのか……うん、まるで分らん。
寝て起きたらこの状態なのだから、本当に意味不明である。取り敢えず、俺は揉めている三人の言葉に耳を傾ける。言葉が分からないのなら意味がないのでは? 普通ならそう思うだろう。だが俺は違う。知らない言語でも、ほんの僅かな時間耳を傾けるだけで理解出来るのだ。
――何故なら俺は天才だから。
暫く傾聴した事で、言語はほぼ理解できる様になった。取り敢えず、彼らの目的と行動の結果を簡潔にまとめると――
異世界から勇者を召喚したら、誤って一般市民クラスの役立たずを召喚してしまった。
――だ。
召喚された役立たずと言うのは、まず間違いなく俺の事だろうと思われる。他に召喚されたっポイ奴らは見当たらないし。
まあ俺を取り囲む様に立ってる兵士やローブの奴らが、一緒に召喚されて来たと言う可能性もゼロではないが……その可能性は限りなく低く感じる。
……やれやれ。役立たずとか、天才に対して失礼極まりない話だ。だがまあ、俺の事を知らないのなら仕方ないか。まあ一旦その事は置いておこう。
――召喚を行った、この場の代表となる人物は神殿前で言い争っている三名。
白のローブを身に纏った老人——アルダース。
名前は出て来てないので分からないが、何らかの宗教の大司教の様である。今いる場所は、千年前に異世界から勇者が召喚された場らしく、現在は教会が管轄している様だ。なのであの白い神殿の様な建物も、教会の所有物となっている。
二人目は、黒のローブを着た魔塔の副塔主——ゴンザス。
今回の召喚の儀において、魔法陣を構築した中心人物が彼の様だ。地面に書かれている、超が付くレベルの複雑怪奇な魔法陣の様な物がそうなのだろう。
そして三人目は赤いドレス姿の若い女性――エナイス。
彼女はどうやら王族の様で、今回の召喚に必要な物資を調達した人物っぽい。
で、この代表三名だが、さっきから何を言い争っているのかと言うと――
一言で言うなら、責任の押し付け合いだ。
大司教アルダースは場所を貸しただけなので、教会には何の落ち度もないと主張し。
副塔主ゴンザスは、場所の管理や召喚の為に用意された物資に問題があって、自分の用意した魔法陣には問題なかったと主張している。
そして王女エイナスは、自分に落ち度はなく、ゴンザスやアルダース側の不備だと言い募っている感じだ。
話の内容から察するに、どうやら異世界からの勇者召喚はコストがかなりかかる。もしくは、色々と条件が複雑だったりするのだろうと思われる。
簡単に召喚出来るのなら、ハズレが来たなら次の召喚に取り掛かればいいだけの話だからな。責任の押し付け合いをしてると言う事は、まあそう言う事なのだろう。
――因みに、俺は本当に異世界から召喚されたってのを前提に思考している。そうじゃないと説明がつかない部分が多いからだ。
俺んちは金持ちで、家のセキュリティはしっかりしていた。外で誘拐されるならともかく、家で寝ていた俺を連れだすのは容易な事じゃない。
そして、平和な日本の一般人からは逸脱した周囲の人間の気配。見た事も無い様な場所。更に聞いた事もない言語——しかも言語としてちゃんと成立している。
俺を騙すための芝居と考えるには、仕掛けが余りにも壮大すぎるのだ。
もちろん、それでも異世界に召喚されるという現象よりも現実的ではあるのだが……物事は常に悪い方を想定して動いた方がいいからな。
状況としては、壮大なドッキリより異世界に召喚されてしまって、しかもハズレ扱いされてしまっている事態の方がより深刻だ。その状態でドッキリと考えて気楽に動いたりしたら、最悪、物理的に首が飛びかねない。そういった事態を避けるため、俺は異世界召喚を前提に判断して行動する。
「ここで言い合っても仕方ありますまい。一旦、この件は持ち帰ると言う事にしませんかな?」
「……そうですな。今この場で言い争っても、失敗の原因が分かる訳でもありませんから。私は戻って、魔塔主様に報告を致すとしましょう」
「よかろう。だが原因追及をしっかりとしたうえで、諸君らにはキッチリと責任を取って貰う。その事は肝に銘じておくがいい」
言い争いが終わり。王女に兵士達が。副塔主にはローブの人物達が従い、この場から撤収して神殿に入って行く。まるで俺の事など眼中にないと言わんばかりに。
まあ実際眼中にないんだろうが……まあとにかく、最悪の事態にはならなかった様で一安心だ。
俺は今の状況に、ほっと胸を撫でおろす。漫画とかだと、失敗した腹いせにその場で処刑だとか、脱出不能のダンジョンに放り込まれたりする事が多い。いくら俺が天才でも、尋常でない気配を放つ大人数に今この場で攻撃されたり、化け物だらけのダンジョンに放り込まれたりしたのでは溜まった物ではないからな。
「ふむ……まあこのまま好きにしろと言うのは、神に仕える身としては心苦しくあるな。付いて来なさい」
大司教アルダースが、俺に向かって手先でちょいちょいと手招きする。言葉が通じていないってのは分かっている様だ。まあ異世界人だしな。とは言え、実際はもう学習して全部理解しているのだが、俺はそのまま言葉が分からないふりを続ける。
何故か?
彼らは勇者を召喚しようとしていた。
当然勇者に求められるのは武力。
そう、戦いだ。
下手に優秀である事を相手に悟られでもした日には、勇者の代わりにと戦いを求められるのは目に見えている。なのでここは無能なふりをしておく。よく分からない世界で戦いを強制されるなど、御免こうむりたいからな。
まあ追い詰められれば話は別だが、この状態からそうなる可能性は低いだろう。
「すいません、なんて言ってるのか分からなくて。でもその動きって、こっちに来いって事ですよね?」
愛想笑いを浮かべつつ、日本語で話しかけてアルダースの方へと俺は歩き出す。
「ついて来なさい」
アルダースは俺の言葉には答えず、もう一度手招きしてから神殿に向かって歩き出した。返事がなかった事から、日本語が全く通じていない事を俺は確認する。
どうやら魔法でこっちの言語——日本語を理解したりは出来ない様だ。まあ勇者じゃないから、魔法自体を使っていない可能性も考えられるが。
取り敢えず、俺は黙ってアルダースの後に続く。
神殿に入ってそこをそのまま真っすぐ抜けると、その先には大きな神殿が三つ程建っていた。
サイズ的には、神殿に入る前に見えていてもおかしくないのだが……謎だ。
ひょっとして、あの神殿を境に別空間にでも移動したのだろうか?魔法や異世界召喚のある世界なら十分あり得る話である。
「ここの建物は、ディバイン教会の本殿じゃ」
その中で最も大きな神殿の前で一旦立ち止まり、アルダースが此方を振り返る事無くそう言う。言葉の分からない俺に言っても意味がない訳だが……まあ恐らく、一応ちゃんと紹介したって感じの自己満足か何かなのだろう。
その本殿に入ると、結構な数の人間が忙しそうに動き回っていた。そのうちの若い一人を捕まえ、アルダースが俺をどこかの部屋に連れて行く様そいつに指示する。言葉が通じない旨も。
「えーっと、私について来てください」
男にジャスチャーで手招きされ、俺はその後を付いて行く。連れていかれた場所はこじんまりとした小部屋で、室内にある椅子を――
「そこで座って待っていてください。って、言っても分りませんよね」
――ゆび指されたので、俺は理解した旨を頷いて伝えそこに座る。
そのまま男が部屋から出て行ったので、俺は独り言ちた。
「さて……」
これからどうなるのか?
椅子にもたれ掛りながら先の事を考える。
「あの大司教様がどこまでしてくれるかで、大分変わって来るよな」
理想は元の世界に返してもらう事だが、まあそれは無理だろう。召喚が気軽にできない様な物なら、仮に送還の魔法があっても、これまた気軽に行えないだろう事は容易に想像できる。
ハズレだからと俺を放って帰った姫様や魔塔の人間は、絶対協力なんかしないだろうし。
「良くて教会で保護。無難な所で、この世界で生きていくための最低限の教育を施して放逐って所かな」
そこから待つ事30分ほど。小部屋のドアが開き、先ほど俺を此処にあんないした男性が戻って来た。その手には小さな小袋が握られている。
「これは当座の――そうですね。一般家庭なら一月ほどの生活資金になります。これを貴方に渡す様、アルダース様から申し付かりました」
「……」
俺は男が差し出した袋を黙って受け取る。どうやら金だけっぽい。
「では、出口までご案内します」
生活の基盤となる金は渡す事で、神に仕える身としてやるべき事はやった。って考えなんだろうな。きっと。
言葉も分らない相手に金だけ渡す。それはやった事の補償には遥かに足りない所か、もはや補償とすらいえない行動だ。ファッション善意も良い所である。まあそれでも、放置して帰った他の二人よりかは幾分かマシではあるが……
言うまでもいとは思うが、この行為に感謝などは一切しない。
まあいいさ。むしろ保護されると言われるよりも有難い位だ。何せ俺は天才だからな。一月所か、一週間もあれば余裕で一人立ちできる自信がある。そう考えると、束縛の発生する教会に保護されるよりよっぽど生きやすい。
……とは言え、やっぱり憂鬱ではあるが。
適応する自信があるとは言え、よく分からない世界にいきなり放り出されて楽しい訳もない。しかも下手をしたら、一生をここでとか笑えない話も良い所だ。
……取り敢えず、この世界に適応しながら元の世界に返る方法を探すとしようか。
「あそこがここから一番近い町になります。それとこれを……」
大神殿の外まで案内してくれた男から、一枚の、謎のマークが刻まれた金属製の小さな板を手渡される。金属でできた名刺っぽい物と言えば分かりやすいだろうか。
「これがあれば、各地で我々ディバイン教徒と同じ扱いを受ける事ができます。きっとあなたの役に立つかと」
どうやら身分証代わりの物をくれる様だ。この世界でどの程度の価値があるのかは分からないが、くれると言うのなら遠慮なく貰っておくとしよう。
「って、言っても分かりませんよね。えーっと……」
男がどうにかして、言葉の分からない俺に身振り手振りで言葉の意味を伝え様としてくるが、ジャスチャーで伝えるには少し無理がある内容だ。見ているだけ時間の無駄と判断した俺は、「オーケーオーケー」と胡散臭い外人風に答えてその場を離れた。
「貴方に神のご加護を!」
背後から男の声が聞こえて来る。果たして異世界の人間である俺に、この世界の神様は加護などくれるのだろうか?
そんな事を考えながら、俺は少し離れた場所にある街へと向かうのだった。
16歳。
自分の事を一言で言うならば――
そう、天才だ。
自分で天才とか調子に乗ってるって?そうでもないさ。
俺は子供の頃から何でも出来た。運動。勉強。どんな事でもほんの僅かな努力で、物によっては見ただけで技術なんかを完璧に習得する事だって出来た程だ。
これを天才と言わずして何と言うのか?
しかも実家は金持ち。見た目もかなりいい方に分類される。なので生まれて16年の間に、女子から告白された回数は100を下らない。更に高校に入ってからはファンクラブなる物まで出来た程である。
正に隙のない完璧な人生といるだろう。
そんな完璧な人生を歩んで来た俺だが、現在、少し困っていた。何故困っているのかと言うと、昨日午後11時に自宅で就寝したはずだった俺なのだが――
目覚めたら意味不明な状況になっていたからだ。
状況を説明しよう。
まず場所。
周囲には白の柱が円を描く形で等間隔に並び、後方は崖――の様に見える。そして前方には、ギリシャの神殿を思わせる建物が建っていた。
それは俺が今まで見た事のない風景で。たぶん日本にこんな場所はないと思われる。
次に人。
鎧を着た兵士の様な格好をした男達と、ローブを身に着けた、ゲームや映画で言う所の魔法使いっぽい奴等が俺を取り囲む様に立っている。囲んでいる割にその視線は此方にはなく。彼らは一様に困ったような表情、である一点を見つめていた。
その視線の先。神殿に近い位置には白のローブを身に着けた老人と、黒のローブを身に着けた中年の男性。それに赤いドレスを身に纏った若い女性。この三人が言い争っている姿があった。
何を言い争っているのかは不明。何故なら言葉が分からないからだ。俺は日本語以外に中・韓・英語も習得しているので、彼らの言葉がその四国語に当てはまらない事は確かである。
ぱっと見は、まるでコスプレ会場なんだが……
変な格好をしているだけなら、謎の言葉を話すただのコスプレイヤーだと思っただろう。だが違う。天才としての直感が、彼らが普通の人間でない事を俺に告げている。
因みに、天才である俺の勘はまず外れない。なので、彼らは間違いなくただの一般人ではないと断言できた。まあ天性の勘なので、どう一般人と違うのかまでは上手く説明できないが。
さて、何がどうなってこんな状況になったのか……うん、まるで分らん。
寝て起きたらこの状態なのだから、本当に意味不明である。取り敢えず、俺は揉めている三人の言葉に耳を傾ける。言葉が分からないのなら意味がないのでは? 普通ならそう思うだろう。だが俺は違う。知らない言語でも、ほんの僅かな時間耳を傾けるだけで理解出来るのだ。
――何故なら俺は天才だから。
暫く傾聴した事で、言語はほぼ理解できる様になった。取り敢えず、彼らの目的と行動の結果を簡潔にまとめると――
異世界から勇者を召喚したら、誤って一般市民クラスの役立たずを召喚してしまった。
――だ。
召喚された役立たずと言うのは、まず間違いなく俺の事だろうと思われる。他に召喚されたっポイ奴らは見当たらないし。
まあ俺を取り囲む様に立ってる兵士やローブの奴らが、一緒に召喚されて来たと言う可能性もゼロではないが……その可能性は限りなく低く感じる。
……やれやれ。役立たずとか、天才に対して失礼極まりない話だ。だがまあ、俺の事を知らないのなら仕方ないか。まあ一旦その事は置いておこう。
――召喚を行った、この場の代表となる人物は神殿前で言い争っている三名。
白のローブを身に纏った老人——アルダース。
名前は出て来てないので分からないが、何らかの宗教の大司教の様である。今いる場所は、千年前に異世界から勇者が召喚された場らしく、現在は教会が管轄している様だ。なのであの白い神殿の様な建物も、教会の所有物となっている。
二人目は、黒のローブを着た魔塔の副塔主——ゴンザス。
今回の召喚の儀において、魔法陣を構築した中心人物が彼の様だ。地面に書かれている、超が付くレベルの複雑怪奇な魔法陣の様な物がそうなのだろう。
そして三人目は赤いドレス姿の若い女性――エナイス。
彼女はどうやら王族の様で、今回の召喚に必要な物資を調達した人物っぽい。
で、この代表三名だが、さっきから何を言い争っているのかと言うと――
一言で言うなら、責任の押し付け合いだ。
大司教アルダースは場所を貸しただけなので、教会には何の落ち度もないと主張し。
副塔主ゴンザスは、場所の管理や召喚の為に用意された物資に問題があって、自分の用意した魔法陣には問題なかったと主張している。
そして王女エイナスは、自分に落ち度はなく、ゴンザスやアルダース側の不備だと言い募っている感じだ。
話の内容から察するに、どうやら異世界からの勇者召喚はコストがかなりかかる。もしくは、色々と条件が複雑だったりするのだろうと思われる。
簡単に召喚出来るのなら、ハズレが来たなら次の召喚に取り掛かればいいだけの話だからな。責任の押し付け合いをしてると言う事は、まあそう言う事なのだろう。
――因みに、俺は本当に異世界から召喚されたってのを前提に思考している。そうじゃないと説明がつかない部分が多いからだ。
俺んちは金持ちで、家のセキュリティはしっかりしていた。外で誘拐されるならともかく、家で寝ていた俺を連れだすのは容易な事じゃない。
そして、平和な日本の一般人からは逸脱した周囲の人間の気配。見た事も無い様な場所。更に聞いた事もない言語——しかも言語としてちゃんと成立している。
俺を騙すための芝居と考えるには、仕掛けが余りにも壮大すぎるのだ。
もちろん、それでも異世界に召喚されるという現象よりも現実的ではあるのだが……物事は常に悪い方を想定して動いた方がいいからな。
状況としては、壮大なドッキリより異世界に召喚されてしまって、しかもハズレ扱いされてしまっている事態の方がより深刻だ。その状態でドッキリと考えて気楽に動いたりしたら、最悪、物理的に首が飛びかねない。そういった事態を避けるため、俺は異世界召喚を前提に判断して行動する。
「ここで言い合っても仕方ありますまい。一旦、この件は持ち帰ると言う事にしませんかな?」
「……そうですな。今この場で言い争っても、失敗の原因が分かる訳でもありませんから。私は戻って、魔塔主様に報告を致すとしましょう」
「よかろう。だが原因追及をしっかりとしたうえで、諸君らにはキッチリと責任を取って貰う。その事は肝に銘じておくがいい」
言い争いが終わり。王女に兵士達が。副塔主にはローブの人物達が従い、この場から撤収して神殿に入って行く。まるで俺の事など眼中にないと言わんばかりに。
まあ実際眼中にないんだろうが……まあとにかく、最悪の事態にはならなかった様で一安心だ。
俺は今の状況に、ほっと胸を撫でおろす。漫画とかだと、失敗した腹いせにその場で処刑だとか、脱出不能のダンジョンに放り込まれたりする事が多い。いくら俺が天才でも、尋常でない気配を放つ大人数に今この場で攻撃されたり、化け物だらけのダンジョンに放り込まれたりしたのでは溜まった物ではないからな。
「ふむ……まあこのまま好きにしろと言うのは、神に仕える身としては心苦しくあるな。付いて来なさい」
大司教アルダースが、俺に向かって手先でちょいちょいと手招きする。言葉が通じていないってのは分かっている様だ。まあ異世界人だしな。とは言え、実際はもう学習して全部理解しているのだが、俺はそのまま言葉が分からないふりを続ける。
何故か?
彼らは勇者を召喚しようとしていた。
当然勇者に求められるのは武力。
そう、戦いだ。
下手に優秀である事を相手に悟られでもした日には、勇者の代わりにと戦いを求められるのは目に見えている。なのでここは無能なふりをしておく。よく分からない世界で戦いを強制されるなど、御免こうむりたいからな。
まあ追い詰められれば話は別だが、この状態からそうなる可能性は低いだろう。
「すいません、なんて言ってるのか分からなくて。でもその動きって、こっちに来いって事ですよね?」
愛想笑いを浮かべつつ、日本語で話しかけてアルダースの方へと俺は歩き出す。
「ついて来なさい」
アルダースは俺の言葉には答えず、もう一度手招きしてから神殿に向かって歩き出した。返事がなかった事から、日本語が全く通じていない事を俺は確認する。
どうやら魔法でこっちの言語——日本語を理解したりは出来ない様だ。まあ勇者じゃないから、魔法自体を使っていない可能性も考えられるが。
取り敢えず、俺は黙ってアルダースの後に続く。
神殿に入ってそこをそのまま真っすぐ抜けると、その先には大きな神殿が三つ程建っていた。
サイズ的には、神殿に入る前に見えていてもおかしくないのだが……謎だ。
ひょっとして、あの神殿を境に別空間にでも移動したのだろうか?魔法や異世界召喚のある世界なら十分あり得る話である。
「ここの建物は、ディバイン教会の本殿じゃ」
その中で最も大きな神殿の前で一旦立ち止まり、アルダースが此方を振り返る事無くそう言う。言葉の分からない俺に言っても意味がない訳だが……まあ恐らく、一応ちゃんと紹介したって感じの自己満足か何かなのだろう。
その本殿に入ると、結構な数の人間が忙しそうに動き回っていた。そのうちの若い一人を捕まえ、アルダースが俺をどこかの部屋に連れて行く様そいつに指示する。言葉が通じない旨も。
「えーっと、私について来てください」
男にジャスチャーで手招きされ、俺はその後を付いて行く。連れていかれた場所はこじんまりとした小部屋で、室内にある椅子を――
「そこで座って待っていてください。って、言っても分りませんよね」
――ゆび指されたので、俺は理解した旨を頷いて伝えそこに座る。
そのまま男が部屋から出て行ったので、俺は独り言ちた。
「さて……」
これからどうなるのか?
椅子にもたれ掛りながら先の事を考える。
「あの大司教様がどこまでしてくれるかで、大分変わって来るよな」
理想は元の世界に返してもらう事だが、まあそれは無理だろう。召喚が気軽にできない様な物なら、仮に送還の魔法があっても、これまた気軽に行えないだろう事は容易に想像できる。
ハズレだからと俺を放って帰った姫様や魔塔の人間は、絶対協力なんかしないだろうし。
「良くて教会で保護。無難な所で、この世界で生きていくための最低限の教育を施して放逐って所かな」
そこから待つ事30分ほど。小部屋のドアが開き、先ほど俺を此処にあんないした男性が戻って来た。その手には小さな小袋が握られている。
「これは当座の――そうですね。一般家庭なら一月ほどの生活資金になります。これを貴方に渡す様、アルダース様から申し付かりました」
「……」
俺は男が差し出した袋を黙って受け取る。どうやら金だけっぽい。
「では、出口までご案内します」
生活の基盤となる金は渡す事で、神に仕える身としてやるべき事はやった。って考えなんだろうな。きっと。
言葉も分らない相手に金だけ渡す。それはやった事の補償には遥かに足りない所か、もはや補償とすらいえない行動だ。ファッション善意も良い所である。まあそれでも、放置して帰った他の二人よりかは幾分かマシではあるが……
言うまでもいとは思うが、この行為に感謝などは一切しない。
まあいいさ。むしろ保護されると言われるよりも有難い位だ。何せ俺は天才だからな。一月所か、一週間もあれば余裕で一人立ちできる自信がある。そう考えると、束縛の発生する教会に保護されるよりよっぽど生きやすい。
……とは言え、やっぱり憂鬱ではあるが。
適応する自信があるとは言え、よく分からない世界にいきなり放り出されて楽しい訳もない。しかも下手をしたら、一生をここでとか笑えない話も良い所だ。
……取り敢えず、この世界に適応しながら元の世界に返る方法を探すとしようか。
「あそこがここから一番近い町になります。それとこれを……」
大神殿の外まで案内してくれた男から、一枚の、謎のマークが刻まれた金属製の小さな板を手渡される。金属でできた名刺っぽい物と言えば分かりやすいだろうか。
「これがあれば、各地で我々ディバイン教徒と同じ扱いを受ける事ができます。きっとあなたの役に立つかと」
どうやら身分証代わりの物をくれる様だ。この世界でどの程度の価値があるのかは分からないが、くれると言うのなら遠慮なく貰っておくとしよう。
「って、言っても分かりませんよね。えーっと……」
男がどうにかして、言葉の分からない俺に身振り手振りで言葉の意味を伝え様としてくるが、ジャスチャーで伝えるには少し無理がある内容だ。見ているだけ時間の無駄と判断した俺は、「オーケーオーケー」と胡散臭い外人風に答えてその場を離れた。
「貴方に神のご加護を!」
背後から男の声が聞こえて来る。果たして異世界の人間である俺に、この世界の神様は加護などくれるのだろうか?
そんな事を考えながら、俺は少し離れた場所にある街へと向かうのだった。
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